# 第21話 夜、更ける
冒険者ギルドを出たあと、ヨルはかか志を宿まで送り届けた。宿の前まで来たところで、ヨルは足を止める。
「山田野殿、一つよろしいでしょうか」
「はい?」
「先ほど、ギルドで話されたことについてです」
そう言われて、かか志も足を止めた。
「山田野殿は、あの話を内密にしてほしいと仰っていました」
「ああ……はい」
「もちろん、私も可能な限りその意向に沿うつもりです。ただ――」
ヨルは少し言葉を選んだ。
「内容が内容です。陛下には、今日分かったことをお伝えしておいた方がよいと考えています」
「……国王様に、ですか」
かか志の返事が、わずかに遅れた。できれば知られたくない。そもそも内密にしてほしいと頼んだのも、そこが大きかった。
LV:1000という数字に見合うだけの実力が、自分にはない。そのことが国に知られた場合、自分がどう扱われるのか分からない。これまで何かをされたわけではないし、ヨルを疑っているわけでもない。それでも、自分をこの世界へ召喚したのがこの国である以上、何の不安もないとは言えなかった。
「無理にとは申しません。ですが、山田野殿の今後にも関わることです。陛下には知っていただいた上で、今後の対応を考えていただいた方がよいと、私は考えています」
「……ヨルさんは、伝えた方がいいと思うんですよね?」
「はい。少なくとも陛下は、山田野殿の不利益になるようなことはしないと断言します」
ヨルは迷わず答えた。そこまで言い切るヨルを見て、かか志はしばらく考え込んだ。
「……分かりました」
「ありがとうございます」
「ただ、できれば他の人には知られたくないんですけど……」
「承知しています。この件については、陛下と宰相までに留めます」
「宰相様にもですか?」
「はい。陛下に報告する以上、宰相にも共有しておく必要があると考えています」
かか志は少し迷ったあと、頷いた。
「……分かりました。その二人だけなら」
「ありがとうございます」
ヨルは静かに頭を下げた。
「それでは山田野殿、私はこれで失礼します」
「はい。今日もありがとうございました」
宿へ入っていくかか志を見届けると、ヨルは王宮へと戻った。すでに日は落ち、昼間は人で賑わっていた城下町も、この時間になると随分と静かになっている。
◇ ◇ ◇
王宮へ戻ったヨルは、そのまま執務室へ向かった。扉の前で一度姿勢を正し、軽くノックする。
「ヨル・フケールです」
「入れ」
「失礼いたします」
扉を開けると、執務室にはフラグオール10世と宰相がいた。机の上には、まだいくつもの書類が積まれている。どうやら、こちらも今日の仕事を終えてはいないらしい。
「戻ったか、ヨル」
「はい、陛下」
「ご苦労。それで、山田野殿の様子はどうであった?」
「はい。そのことで、ご報告しておきたいことがございます」
ヨルは一度言葉を切った。
「ただ、これからお話しする内容については、山田野殿から他言を控えてほしいとの希望がございます。陛下と宰相への報告については、先ほど本人から了承をいただいております」
「そうか」
フラグオールの表情がわずかに引き締まる。
「では、聞こう」
「はい」
ヨルは今日、冒険者ギルドで行われた話し合いについて報告を始めた。かか志自身が、自分にはLV:1000という数字に見合うだけの実力がないと考えていること。戦うための技術や経験についても、元いた世界で特別に身につけていたわけではないこと。そして、大きなレベル差がある者は、かか志に危害を加えようとしても、その行動自体が抑えられる可能性があること。
ヨル自身が行った確認や、ギルが示した見解についても、事実と推測を分けながら説明していく。
「――ということらしいです」
報告を終えると、執務室にしばし沈黙が落ちた。
「……であるか」
フラグオールは椅子の背へ身体を預け、腕を組んだ。しばらく考え込んでから、重い息を吐く。
「まさか、見た目通りの実力だとは……」
召喚された当初から、山田野かか志という男の姿は、ごく普通の人間にしか見えなかった。だが、鑑定紙に示されたLV:1000という数字が、その印象を否定していた。何か、自分たちには分からない力を持っている。そう考える方が自然だった。
「それは確定しておるのか?」
「少なくとも、山田野殿本人はそう認識しているようです」
ヨルはそこで一度言葉を区切った。
「これまでの行動を見る限り、戦うための技術や経験を隠しているようにも思えません。ただし、LV:1000という数字が山田野殿自身にどのような影響を及ぼしているのか。それについては、現状では何とも言えません」
「ふむ……」
フラグオールが再び考え込む。その隣で話を聞いていた宰相も、難しい表情を浮かべていた。
「まさか、そのようなことがあるとは……。神の悪戯とでも言わねば、説明がつかんな」
「神の仕業かどうかはさておき……」
フラグオールは小さく息を吐いた。
「それが本当であれば、やむを得なかったとはいえ、山田野殿には不憫なことをしてしまった」
「陛下」
宰相が口を開く。
「陛下が気に病まれる必要はございません。あの時点では、我々にも知りようがなかったことです」
「いや」
フラグオールは静かに首を振った。
「経過がどうであろうと、召喚を行うと決定したのはこのわしだ。であれば、その責任はわしにある。違うか?」
宰相は何も答えなかった。ヨルもまた、言葉を挟むことができない。
召喚を行うに至った事情は、二人とも知っている。あの決定が、フラグオール一人の思いつきでなされたものではないことも。それでも、最後に決断を下したのが国王であることに違いはなかった。
「ヨルよ」
「はっ」
「そなたにも苦労をかける。今しばらく、山田野殿の対応を頼む」
「陛下、恐れ多きお言葉です」
ヨルは姿勢を正し、頭を下げる。
「陛下の命とあらば、しかと務めさせていただきます」
「うむ。頼んだぞ」
「はっ」
ヨルはもう一度、深く頭を下げた。
「さて……」
フラグオールは机の上の書類へ視線を戻しかけ、ふと思い出したようにヨルを見る。
「山田野殿は、明日は資料室で調べものをすると言っておったな。認識阻害の研究であったか?」
「はっ。過去に行われていた研究のようですが、当時は有用な用途が見いだせず、中止されたものと聞いております」
「まさか、そのような研究がここにきて使い道を見つけるとはのう……」
フラグオールはしばらく考えたあと、宰相へと顔を向けた。
「セバス」
「なんでしょうか」
「その研究が山田野殿にとって有用であり、再開するために資金が必要となるようであれば、国費から出せるようにしておけ」
その言葉に、ヨルは思わず顔を上げた。
山田野殿を悪いようにはしない。そう確信していたからこそ、先ほど本人にもそう伝えた。だが、まさか研究に必要な費用まで国が負担するとは思っていなかった。
宰相も一瞬だけ目を見開いたが、すぐに居住まいを正す。
「陛下。お考えは理解いたしますが……そこまでなさるおつもりですか?」
「無論だ」
フラグオールは迷うことなく答えた。
「山田野殿の事情も考慮せず、こちらの都合で勝手に呼び出したのは我々だ。であれば、少なくとも山田野殿がこの国で普通に暮らせるようになるまでは、こちらにも責任があろう」
宰相はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……承知いたしました。そのように取り計らいます」
そう答えると、今度はヨルへと顔を向ける。
「ヨル」
「はっ」
「今後、山田野殿の件で必要となった経費については、経理を担当する部署へ申告しておけ。こちらから話は通しておく」
「承知いたしました」
「それと、金額は気にするな。必要なものであれば申告せよ。よいな?」
「……はっ」
ヨルは返事をしながら、改めてフラグオールへと目を向けた。
先ほどの言葉は、決してその場限りのものではなかったらしい。自らが決めたことだから、自らが責任を負う。そのために必要であれば、国の金を使うことさえ躊躇しない。
宿の前で、かか志に「陛下は山田野殿の不利益になるようなことはしない」と断言した。その考えに間違いはなかった。
ただ――ここまでしてくれるとは、ヨル自身も思っていなかった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
宿へ戻ったかか志は、明日の予定を考えながら寝る支度をしていた。
明日は王宮の資料室へ行き、認識阻害について調べることになっている。過去に中止された研究とはいえ、ギルの話では自分の置かれている状況を変える手掛かりになるかもしれない。
もっとも、実際に使えるものが残っているかどうかは、調べてみなければ分からない。
「明日は資料室か……何か見つかるといいな」
とりあえず、今考えていても仕方がない。明日考えることは、明日考えればいい。
かか志はそのままベッドへ潜り込んだ。
「寝よ」
こうして、王都の夜は静かに更けていった。




