# 閑話8 ある研究室
……今回は視点を変えて、とある研究室のお話です。
本編ではあまり語られていない、ある研究の裏側。
まあ、研究といっても色々あるわけです。
そんな感じのお話です。
〔抜粋〕
……
龍鱗草は、その名の通り、葉の表面に龍の鱗を思わせる模様を持つ希少な薬草である。
薬の材料として高い価値を持つが、生育する場所は極めて限られており、人工栽培も難しい。そのため市場に出回ることは少ない。状態の良いものは四肢の欠損すら治すと伝えられており、一本100万を超える値が付くことも珍しくない。
もっとも、龍鱗草そのものが危険な植物というわけではない。
問題は、その生育地にある。
龍鱗草が自生する地域の近郊には、例外なくドラゴンの住処があると言われている。
ゆえに、その一葉を求める者は心得なければならない。
龍鱗草を手にするということは、すなわち龍の領域へと足を踏み入れることに等しいのである。
……
――研究室・研究資料より抜粋 著:**********
とある研究室。
机の上には、いくつもの器具と資料が並べられていた。
その中央に置かれているのは、小さな容器。
一人の研究者がそれを手に取り、中身を慎重に確認する。
「……よし」
しばらく観察を続けていた研究者の口元に、満足げな笑みが浮かんだ。
「この出来であれば問題ない」
机の上に広げられた記録へ今回の結果を書き加えながら、研究者は何度も頷く。
今回使用した素材は龍燐草。
その性質については、これまでにも様々な研究が行われてきた。
だが、この研究者が求めているのは、一般的に知られている効果だけではなかった。
「前回よりも安定しているな……」
以前の記録と見比べながら、研究者は目の前の成果を慎重に確認する。
素材の量。
加工する時間。
組み合わせる材料。
わずかな違いによって、完成したものの性質は大きく変化する。
「これならば、摂取した者の精神に、より大きな作用が期待できる」
研究者は容器を机へ戻すと、記録していた数値へと目を落とした。
単純に作用を強くすればいいというものでもない。重要なのは、それぞれの性質を損なわず、最も良い状態へと整えることだった。
「さらに調整を加えれば、本人だけではない。周囲にいる者へ与える影響も、今まで以上に大きくできるだろう」
その声には、確かな手応えがあった。
これまでにも配合を変え、加工する時間を変え、何度となく試行錯誤を繰り返してきた。
悪くはないが、何かが足りない。
そう感じるたびに記録を見直し、条件を変えては再び確かめる。
そしてようやく、今回は満足できるものが完成した。
「さて……」
研究者は姿勢を正すと、容器を手に取った。
記録だけでは十分ではない。
最後は、自ら確かめる必要がある。
その中身をゆっくりと口へ運び、目を閉じる。
しばらくの間、研究室には静かな時間が流れた。
「……素晴らしい」
やがて研究者は満足そうに息を吐いた。
その表情からは、先ほどまでの張り詰めたものが消えている。
「うむ。実に素晴らしい!」
目を開いた研究者の顔には、先ほどまで以上の笑みが浮かんでいた。
「うわはははは! 今回の龍燐草で作った茶も、実に良い出来ではないか!」
豪快な笑い声が研究室に響き渡る。
研究者――チェッペリン3世は、手にしていた容器を満足そうに眺めた。
ここはチェッペリン邸。
その一室に設けられた、彼専用の紅茶研究・開発室である。
チェッペリンは完成したばかりの茶をもう一口味わうと、深く頷いた。
「前回よりも心が安らぐ。龍燐草の量をわずかに増やしたのが正解であったか」
続いて、部屋に漂う香りを確かめるように大きく息を吸い込む。
「そして、この芳香……! 飲んだ者だけではない。この場にいる者の心まで穏やかにするとは。うむ、周囲への作用も申し分ない!」
チェッペリン本人は、至って真面目だった。
「これならば、今度のお茶会でも皆に喜んでもらえるであろう」
今回の結果を記録し終えたチェッペリンは、机の端に置かれていた一冊の冊子へ手を伸ばした。
表紙には大きく、
『龍鱗草研究資料』
と記されている。
数ページめくったところで、チェッペリンの手が止まった。
「……ふむ」
そこに書かれているのは、龍鱗草の生育地についての記述だった。
しばらく文章を眺めていたチェッペリンは、何かが気に入らなかったのか眉を寄せる。
「やはり、ここは少々弱いな」
筆を取ると、一度書いた文章へ手を加えていく。
『龍鱗草が自生する地域の近郊には、例外なくドラゴンの住処があると言われている』
その下へ、新たな一文を書き加える。
『ゆえに、その一葉を求める者は心得なければならない』
さらに続ける。
『龍鱗草を手にするということは、すなわち龍の領域へと足を踏み入れることに等しいのである』
「……うむ」
読み返す。
もう一度読み返す。
やがて、満足そうに大きく頷いた。
「これでよい」
研究成果が増えたわけではない。
龍鱗草について新しい事実が判明したわけでもない。
ただ、先ほどより格好よくなった。
それだけである。
なお、『龍鱗草研究資料』という仰々しい名前が付けられてはいるものの、この冊子はチェッペリンが個人的に書き、自分の紅茶研究・開発室に置いているだけのものである。
出版されているわけでもなければ、どこかの研究機関で参考資料として使われているわけでもない。
当然、先ほど書き加えた文章にも研究上の意味はない。
本人が気に入っているだけである。
「うわはははは! 研究も進み、資料もまた完成へと近づいた! 今日は実に良き日ではないか!」
紅茶を片手に、チェッペリン3世は大いに満足していた。
チェッペリン3世の日常の一コマである。
〔抜粋〕
……
龍鱗草は、その名の通り、葉の表面に龍の鱗を思わせる模様を持つ希少な薬草である。
薬の材料として高い価値を持つが、生育する場所は極めて限られており、人工栽培も難しい。そのため市場に出回ることは少ない。状態の良いものは四肢の欠損すら治すと伝えられており、一本100万を超える値が付くことも珍しくない。
もっとも、龍鱗草そのものが危険な植物というわけではない。
問題は、その生育地にある。
龍鱗草が自生する地域の近郊には、例外なくドラゴンの住処があると言われている。
ゆえに、その一葉を求める者は心得なければならない。
龍鱗草を手にするということは、すなわち龍の領域へと足を踏み入れることに等しいのである。
……
――紅茶研究・開発室 個人研究資料より抜粋
著:チェッペリン3世
ちなみに、王都で一般に用いられている資料に記された龍燐草の説明は、もう少し簡単である。
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龍燐草
大変薬効の高い薬草として知られている。
主な効果:リラクゼーション効果
用途:主に紅茶の原料として使用される。
特にチェッペリン氏によって製造・販売される
「チェッペリン印・龍鱗茶」は大変希少で人気も高く、
高値で取引されている。
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