# 第10話 龍燐草を求めて
ギルドを出たかか志とヨルは、昨日とは反対側の城門へ向かっていた。
「昨日とは逆方向ですね」
「はい。こちらの門を出ると、東側の街道へ出ます」
城門を抜けると、昨日向かったテンパール草原とは反対方向へ、広い街道がまっすぐ伸びていた。王都に繋がる道だけあってよく整備されており、荷馬車同士がすれ違えるほどの幅がある。人や馬車の往来もそれなりに多い。
「この道をずっと行けば、龍燐草があるんですか?」
「正確には、依頼主の屋敷があります」
「屋敷? 草を採りに行くんですよね?」
「はい。このドラゴンロードを進み、ブレーカー平原を抜けるとドラゴンビレッジがあります。その山の麓に、依頼主の屋敷があります」
「なるほど……その屋敷に行けば龍燐草がある、と」
ヨルが頷く。かか志は歩きながら依頼書を取り出した。
そこに書かれた龍燐草の報酬は、最低でも一本100万G。何度見ても、昨日の薬草採取とは桁が違う。
「それにしても、一本100万ってすごいですよね。昨日も薬草を採ったばかりですけど、こっちは一本で100万か……やっぱり、それだけ珍しい草なんですかね?」
「おそらくは」
「おそらくって……ヨルさんも詳しくは知らないんですか?」
「龍燐草が非常に希少なものであることは知っています。ただ、私も実物を見たことはありません」
「へえ……じゃあ、ヨルさんも初めてなんですね」
「そうなります」
それなら聞いても分からないか。かか志は依頼書をしまった。
採取依頼なのだから、現地へ行って見つけたら採ればいい。昨日の薬草採取と基本的には同じだろう。
二人はそのまま、東へ伸びる街道を歩いていった。
◇
しばらく進むと、街道の周囲から建物が減り、やがて視界いっぱいに平原が広がった。
「ここがブレーカー平原です」
「広いですね。昨日のテンパール草原も広かったけど、こっちはまた違う感じだな」
街道は平原の中をまっすぐ先へ続いている。見渡す限り遮るものもなく、道を外れなければ行き先を間違える心配はなさそうだった。
「このまま街道を進めば、ドラゴンビレッジへ着きます」
「それなら迷うことはなさそうですね」
そのまま平原を抜けていくと、遠くに見えていた山々が次第に近づき、やがてその麓に集落らしきものが見えてきた。
「あれがドラゴンビレッジですか?」
「はい」
「名前だけ聞くと、すごいところに来た感じがするな……」
かか志は遠目に集落を眺めてから、ヨルへ顔を向ける。
「普通の村なんですよね?」
「山の麓にある集落です」
「そこは普通なんだ」
少し拍子抜けしながら集落を越え、さらに山の方へ進んでいくと、一軒の屋敷が見えてきた。
「……もしかして、あれですか?」
「はい。依頼主の屋敷です」
「思ったよりちゃんとした屋敷だな……草を採りに来ただけなんだけど」
改めて考えると、やはり妙な依頼だった。それでも、ここまで来た以上は行くしかない。二人は街道を外れ、その屋敷へ向かった。
◇
屋敷の庭では、一人の男が植物の手入れをしていた。
長い黒髪に整った顔立ち。細身の身体を屈め、一株ずつ確かめるように丁寧に手を入れている。その中には、龍燐草もあった。
「……今日も元気そうだな」
男は満足そうに呟くと、手入れを終えて立ち上がった。
最近この屋敷を訪れるのは、昔からの知己や顔見知りが多い。特に用事もなく、ただ顔を見せに来る者までいる。それはそれで、男にとって嫌なことではなかった。
だが時折、冒険者が龍燐草を求めてやって来る。
そういう時には、少しだけ心が躍る。
「さて……今回は、どんな者が来るのだろうな」
男は立ち上がり、遠くを見る。まだ姿は見えない。だが、近づいてくる気配は感じていた。
「……来たか」
男の表情に、ほんのわずかな緊張が走る。すぐに、いつもの落ち着いた表情へ戻った。
――挑戦者が、来る。
◇
屋敷の前まで来ると、門のところに一人の男が立っていた。
「……冒険者か?」
「はい。龍燐草の採取依頼で来ました」
かか志が答える。
「そうか」
男は二人を見た。その視線が、一瞬だけかか志で止まる。
「私はチェッペリン3世だ。この屋敷に住んでいる」
「……ああ」
かか志は一瞬だけ考えた。依頼書に書いてあった名前。確か、そんな名前だった。
「あの……依頼を出された方ですね」
「そうだ」
「山田野かか志です。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
チェッペリンは静かに頷いた。
かか志は改めて庭を見る。色々な植物が植えられているが、どれが龍燐草なのかは分からない。
「龍燐草って、どれですか?」
「あちらだ」
チェッペリンが庭の一角を指差す。そこには、他の植物とは少し違う草が生えていた。
「これですか」
「そうだ」
かか志は近づき、龍燐草を見る。
「……普通の草に見えるな」
もちろん、普通の草ではないのだろう。一本100万Gなのだから。
かか志はしゃがみ込み、龍燐草を一本採った。
「これでいいですか?」
「……ああ」
チェッペリンの返事は、ほんのわずかに遅れた。
かか志は採った龍燐草を確認する。一本。依頼書には、一本100万Gからと書かれていた。
「じゃあ、頂いて帰ります」
「……そうか」
「ありがとうございました」
かか志は頭を下げた。チェッペリンも静かに頷く。
「気をつけて帰るといい」
「はい」
かか志とヨルは屋敷を後にした。
しばらく歩いたところで、かか志がぽつりと呟く。
「……なんか、変な依頼でしたね」
「……そうですね」
「自分の庭に生えてる草を、わざわざ冒険者に採らせて、ギルドに納品させるって」
かか志は手元の龍燐草を見る。
「まあ、一本100万Gですし。相当珍しい草なんでしょうけど」
ヨルは何も答えなかった。
かか志は少し考えたあと、肩をすくめる。
「まっ、いいか」
とりあえず、依頼は終わった。あとは王都へ戻って、ギルドに納品するだけだ。
「帰ったら、100万かぁ……」
かか志は少しだけ楽しそうに呟き、ヨルと並んで街道を歩いていった。
その背中を、屋敷からチェッペリンが静かに見送っていた。
その表情は、いつもと変わらない。
ただ。
ほんの少しだけ、困惑していた。
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