# 第7話 依頼報告
テンパール草原から戻ったかか志たちは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
扉を開ければ、朝と変わらない喧騒が二人を迎える。依頼書を眺める者、受付で職員と話している者、昼間から酒らしきものを飲んでいる者までいる中を抜け、かか志は受付へ向かった。
二人の姿を見つけた受付嬢は、一瞬だけ目を見開いた。
「お帰りなさいませ。……無事に戻られたんですね」
「はい。薬草もちゃんと採れましたよ」
かか志が採取した薬草を差し出すと、受付嬢はわずかに表情を緩めた。
「ありがとうございます。では、確認させていただきますね」
受け取った薬草を机の上へ並べ、一つずつ状態を確認していく。手際よく作業を進めながらも、その視線は時折ヨルへ向けられていた。ヨルもそれに気づいている。何か言いたそうな受付嬢と一度だけ目が合ったが、今は互いに何も言わない。
「はい。問題ありません。必要数も揃っていますので、これで依頼達成となります」
「おお……」
「今回の依頼報酬は3,000Gです。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
差し出された硬貨を受け取り、かか志は手のひらに乗せて眺めた。
「これが……初報酬か」
「初めての依頼でしたものね」
「そうなんですよ。なんか、こう……ちゃんと仕事した感じがします」
会社員だった頃とは仕事の内容がまるで違う。朝から草原へ出て、地面を見ながら薬草を探し、それを持ち帰って金を受け取る。ずいぶん原始的な気もするが、仕事を終えて報酬を受け取るという部分だけなら、元の世界とそう変わらない。
「ちなみに、3,000Gって結構いい金額なんですか?」
「そうですね……そのあたりは、これから少しずつ覚えていただければ」
「ああ、やっぱりまだ相場が分からないんですよね。もらって喜んでいいのかどうかも微妙で」
「依頼を達成したのですから、そこは喜んでいいと思いますよ」
「じゃあ、喜んどきます」
かか志が硬貨をしまう。その様子を見届けてから、ヨルが声をかけた。
「山田野殿。申し訳ありませんが、少しだけ待っていていただけますか?」
「はい? 別にいいですけど」
「すぐに済みますので」
「分かりました。じゃあ、その辺にいます」
特に理由を聞くこともなく、かか志は受付から少し離れた。その背中を確認すると、受付嬢はすぐにヨルへ身を寄せる。
「……ヨルさん。ウルフの群れと遭遇したんですよね?」
「ご存じでしたか」
「少し前に、フラッグ森林から逃げてきた冒険者が知らせに来たんです。百匹近いウルフが狂暴化して、テンパール草原へ向かったと。山田野さんたちが向かった直後でしたから……討伐依頼の準備をしていたんです」
受付嬢は声を潜めたまま、ちらりとかか志を見る。
「それなのに、お二人が普通に戻ってこられたので」
「……普通、ですか」
「少なくとも山田野さんは、薬草採取を終えて帰ってきたようにしか見えません」
ヨルもつられるようにかか志へ目を向けた。当の本人は、初めて受け取った報酬をまだ気にしているらしい。
「それで……何があったんですか?」
「報告にあった通りです。フラッグ森林から流れてきたウルフは、およそ百匹。狂暴化した状態で、山田野殿へ一斉に襲いかかりました」
「やっぱり……。それで、どうやって?」
「それが……私にも分からないんです」
受付嬢の眉が寄る。ヨルはしばらく黙ったあと、あのときの光景を思い出すように口を開いた。
「群れが山田野殿へ襲いかかった、その直後です。山田野殿へ近づいたところで、全てのウルフが突然動けなくなりました。そのまま、次々と倒れていったんです」
「……山田野さんが何かしたんですか?」
「少なくとも、私にはそう見えませんでした」
「では、ヨルさんが?」
「いえ。私も何も」
受付嬢はすぐには返事をしなかった。少し離れたところでは、その山田野本人が暇そうにギルドの中を眺めている。
「……百匹近いウルフが襲ってきて、誰も何もしていないのに倒れた。それで、お二人はこうして普通に戻ってきた、と」
「……はい」
受付嬢はもう一度かか志を見る。
「山田野さん、随分と落ち着いていますね」
「本人は、何が起きたのかよく分かっていないようです」
「ヨルさんは?」
「私も分かっていません」
「……そうですか」
何とも言えない表情を浮かべた受付嬢だったが、まだ聞かなければならないことがある。
「それで、倒れたウルフはどうしたんです?」
「安全のため、とどめを刺そうとしました。ですが、その途中で意識を取り戻した個体がいまして」
「では、そこで戦闘に?」
「いえ。山田野殿を見た途端、逃げました」
「……逃げた?」
「一匹だけではありません。目を覚ました個体から次々と。狂暴化も、いつの間にか解けていました」
受付嬢はしばらく黙っていたが、やがて眉間を押さえた。
「すみません。報告を聞く前より分からなくなりました」
「大丈夫です。私もですから」
実際にその場にいたヨルですら、何が起きたのか説明できない。二人が揃って黙り込んだところへ、少し離れた場所からのんびりした声が飛んできた。
「ヨルさーん。そろそろ戻りません?」
「あ、はい。今行きます」
ヨルが反射的に返事をする。受付嬢はそんなヨルと、その向こうにいるかか志を交互に見てから、小さく息を吐いた。
「……お気をつけて」
「ありがとうございます」
ヨルが受付を離れるとかか志も歩き出し、二人はそのままギルドを出た。
◇
王宮への帰り道。行きには何とも思わなかった道が、今は少し長く感じる。
「今日は……結構歩きましたね」
「そうですね。初めての依頼としては、十分だったのではないでしょうか」
「薬草採るだけなら楽だと思ってたんですけどね。ずっと下見て歩くのも意外と疲れるなあ」
かか志は歩きながら軽く腰を伸ばし、ふとポケットに入れた硬貨の重みを確かめた。
「でも、これで3,000Gか……」
「どうかされましたか?」
「いや。仕事して金もらったんだなと思って。依頼を受けて、薬草採って、それを持って帰ったら報酬が出る。分かってはいたんですけど、実際にもらうとちょっと違いますね」
「嬉しくありませんか?」
「嬉しいですよ。初めて自分で稼いだ金ですし……ああ、こっちに来てからですけど」
「ふふっ。それでも初めてには違いありませんね」
「ですね。まあ、初めての依頼としては悪くなかったかな。薬草もちゃんと採れましたし」
「……そうですね」
ヨルの返事がほんのわずかに遅れ、かか志が横を見る。
「途中でウルフが大量に出ましたけど」
「そこを忘れていたわけではないのですね」
「さすがに百匹くらいいたら忘れませんよ。まあ、結局何だったのか分からなかったですけどね。襲ってきたと思ったら倒れるし、起きたと思ったら逃げるし」
かか志は笑っているが、ヨルとしては笑える話ではない。
「異世界のウルフって、ああいうものなんですか?」
「違います」
「ですよね」
即答され、かか志もあっさり頷いた。
それ以上は考えても答えが出そうにない。今日のところは、初めて受けた依頼を無事に終えた。それで十分だった。
王宮へ戻ると、かか志は用意されている自室へ向かった。扉を開け、ベッドへ腰を下ろした途端、思っていた以上の疲れが身体に残っていることに気づく。
「……やっぱ歩いたなあ」
そのまま仰向けに倒れ、天井を見上げる。
初めての依頼は薬草採取。報酬は3,000G。途中で大量のウルフに襲われたが、なぜか勝手に倒れ、起きたあとは逃げていった。改めて並べてみると、普通だったのかどうか少し怪しい。
「……まあ、依頼は終わったし」
考えても分からないものは分からない。今日はもう疲れた。
かか志は目を閉じた。
一方、ヨルは自室へは戻らなかった。
テンパール草原で何が起きたのか。自分でも説明できない出来事を、そのまま報告するために。
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