間話 『十二星冠』
大変お待たせしました。
次章の構想がだいぶまとまったので、ようやく書き始められそうです。
人類の至宝、魔導文明の結晶。千年の歴史を誇るアルカディア王国の王都ガレリアの心臓部であり、その象徴である、白亜の巨塔が夜空を突く。夜空さえも魔導灯の残光で黄金に染め上げる不夜城である。
その中心部に鎮座する、王国最高意思決定機関「星天閣」。
街の賑わいとは裏腹に、その最上階にある円卓の間には、呼吸をすることすら躊躇われるほどの重圧が立ち込めていた。
アーリスでの表彰式を終えたその足で、魔導馬車に揺られ王都へ招集されたシルヴィアは、星天閣の巨大な門の前に立ち、天を仰いで深く、重い溜息を吐き出した。
「……本当、ここに来るのだけは慣れないわね」
《暁の羽根》・閃槍姫 シルヴィア・オルディス
目の前に現れた、星の運行を象徴する十二の星刻が刻まれた巨大な黒檀の扉。
彼女が重い扉を左右に押し開くと、その先には広大な円卓の議場が広がっていた。
王国が誇る十二の最上位のクランの長が集う聖域。通称――『十二星冠』。
彼らの席次は、単なる武力ではなく、国の貢献度、経済規模、戦力によって序列を定められている。ゆえに、この円卓に座る者達は、この国における「力」の頂点に君臨する怪物たちの集いである。
扉が開くと同時に、濃密な魔力と殺気の奔流がシルヴィアを襲った。
円卓には既に数名のリーダーが着席しており、不在を示す空席がいくつか点在している。
「あら、ようやくお出ましね、閃槍姫ちゃん。田舎の虫遊びにしては随分と時間がかかったじゃない?」
最初に口を開いたのは、第8位《万魔の夜》の総師『深淵の魔女』モルガナだ。彼女は紫の煙管をくゆらせ、挑発的な笑みを浮かべた。
「モルガナ、あなたのその質の悪い煙を私の前で吸わないで。それと、。あんたが行ってれば、今頃アーリスは更地になってたでしょうね」
シルヴィアが毅然と言い返すと、横から荒々しい声が割って入った。
「カカッ! 閃槍姫サマも相変わらず気が強えなあ。女王だかアリだか知らねえが、Sランクのお前がいて何でそんなに時間がかかったんだ? ああ? ご自慢の閃槍が錆び付いてたのかよ」
第3位《紅蓮の牙》の頭、『暴帝』バッツ。逆立った赤髪に野性味溢れる装飾品を纏った彼は、円卓に足を投げ出し、チンピラさながらの態度だが、その身から溢れる血生臭い闘気は、並の冒険者なら気絶するほどだ。
「俺が行ってりゃ、その巨大アリも今頃難なくぶっ飛ばせたのによ。それより俺は、その『仮面の野郎』が気に入らねえ。手柄を全部持っていて、正体不明、出所不明。クソッ、獲物を独り占めしやがって!」
「バッツさん、お行儀が悪いです。貴方の品性のなさは今に始まったことではありませんが、会議の席では足を下ろしなさい」
落ち着いた、しかし冷徹な声で嗜めたのは、第2位《白銀の聖域》の団長『聖剣姫』アルテミスだ。彼女は非の打ち所がない真面目さと、規律を重んじる若き女剣士であり、その眼光だけで並の冒険者は失神すると言われている。
「シルヴィア。貴女の帰還を歓迎します。ですが、報告書にある『全長100km』という数値……これが事実であれば、王国の存亡に関わる事態です。正確な情報を提示してください」
「……ええ、分かっているわ。アルテミス」
シルヴィアが自分の席、第9位へと腰を下ろすと、部屋の奥から幼い、しかし生意気な声が響いた。
「フン、お堅いねー。オバサンたちは理屈ばっかりで。……後、シルヴィアのオバサン。報告書が遅すぎるよ。効率を考えて行動してくれない? 現場のデータ収集なんて僕の使い魔でももっと早く終わらせるけど」
第10位《禁忌の魔導院》の学長『神童』レオ。若干12歳にして魔導の真理に片足を突っ込んだ天才少年は、浮遊する魔導書から目を離さずにシルヴィアを「おばさん」呼ばわりした。
「レオ……。後でその本、全部燃やしてあげましょうか?」
「やれるもんならやってみなよ、無駄足踏みの閃槍姫サン」
「レオ君、そのあたりにしておきましょうネ」
第6位の《影踏みの蛇》のリーダー『糸目の凶刃』レイ・ファンが扇子で口元を隠しながらなだめる。細められた瞳の奥で、彼は楽しげにその場を観察していた。
場が険悪な空気に包まれる中、円卓の上座、影に隠れた王国冒険者ギルド最高責任者であり、王都の執政官でもある老紳士、ベラルド。彼が杖を静かに叩くと、場は静まり返った。
「――そこまでだ。諸君、私闘は慎め。本題に入ろう」
ベラルドの言葉と共に、円卓の中央にホログラムの魔導映像が浮かび上がる。
「……さて、全員揃ったわけではないが、シルヴィア殿。ロッキド鉱山にて発生した『古代石喰らいの女王』の覚醒、そしてマフィア《赤犬》の壊滅。さらには……正体不明の『仮面の男』。これらについて、詳細な審議を始めよう」
シルヴィアは重い口を開いた。
「まず、女王の強さについてよ。……正直に言うわ。私を含めた《暁の羽根》が総力でぶつかっても、勝てる確率は五分以下。いえ、もっと低かったかもしれない。彼女の再生能力と質量は、私たちの知る魔物の域を完全に超えていたわ」
その言葉に、円卓に緊張が走った。Sランク上位の実力を持つシルヴィアが「勝てない」と断言したのだ。
「そこで聞きたいの。――ヴァイス。あなた、あの戦いを見ていたわよね? なぜ援護に来なかったの?」
シルヴィアが詰め寄った先には、眼鏡の奥で不気味に瞳を輝かせる研究者系の男、《真理の探求者》『叡智の目』ヴァイスがいた。彼は手元の羊皮紙に計算式を書き殴りながら、悪びれる様子もなく答えた。
「ああ、実に興味深いデータが取れたよ。感謝しているよ、シルヴィア殿。……だがね、私一人が行ったところで状況は変わらないと判断した。私の魔法特性とあの巨大生物は相性が悪い。それより、あの特異な現象を観測し、記録することの方が国益になると判断したのさ。忙しかったんだよ、データの収集でね」
「……相変わらずね。あなたのその合理主義には吐き気がするわ」
シルヴィアが呆れると、レナードは僅かに唇を吊り上げた。
「結果として、君は生きている。……それより、興味深いのはあの若造だ。カイルだったか」
議題は、カイルの覚醒へと移る。
「カイル・ヴァルハイト……。無所属のAランクパーティー《黒鋼の翼》のリーダーか」
第12位《不撓不屈》の長、『鋼の正義』アイアンが、頑固そうな眉を寄せた。
「報告によれば、彼は最後、無意識下でSランクに匹敵する魔力出力を見せたというではないか。……気合の入った若者は嫌いではない。無所属ならば、我がクランで預かってもよいぞ。正義の鉄槌を教え込んでやろう。」
「はっ! 暑苦しいジジイのところにカイルが行くわけねーだろ。あいつはうちみたいな荒っぽい所の方が合うんだよ」
「お二人とも、誘うのは構いませんが、ここは会議の場です。その話はあとにしてください」とアルテミスが冷静に突っ込む。
話題は、この事件の裏側で起こった――マフィア《赤犬》の壊滅へと移った。
「まさか、首領ルガス・グリードを筆頭に暗躍していた《赤犬》が、たった一日で壊滅するとはな」
ベラルドの声が重く響く。
「ここ一年で急激に勢力を拡大し、人身売買、違法麻薬、果ては貴族との癒着による暗殺。王国の喉元に突き刺さった棘だったあの一団が消えたことは、この国にとって計り知れない利益だ」
そこで、今まで沈黙を守っていた第11位の《鉄血の巨像》のリーダー、『不落要塞』フーゲンスが重々しい鉄の音を響かせ、途切れ途切れの声で魔導拡声器から発信した。
「……ルガス……。一度……対峙シタ……。厄介ナ……男ダッタ……。影魔法ト……魔道具ヲ……悪用スル……実力者。ソレガ……無惨ニ……処刑サレタト……?」
円卓のメンバーたちも、これには同意の頷きを見せた。しかし、誰もが分かっていた。その「壊滅」をもたらしたのが、王国の騎士団でも、十二星冠でもないということを。
「……して。問題の『仮面の男』だ」
その名が出た瞬間、議場の空気が極限まで冷え込んだ。Sランクのリーダーたちが、一様にその正体不明の存在に興味を抱いていた。
「女王を……、全長100kmの巨躯を、子供をあやすように弄んでいた。最後には、この世界の魔力法則とは根本的に異なる銀河の魔法で消滅させた。……信じられませんね」
第2位のアルテミスが、静かに自身の剣の柄に触れた。
「ヴァイス、貴方の『眼』でも捉えきれなかったのかしら?」とモルガナが問う。
「ああ……。女王を葬り去った後、彼は忽然と姿を消した。私の超望遠観測魔法の網からも、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せたのだ。残っていたのは、見たこともないような美しい光の粒子だけ。……あれは隠密魔法の類ではない。空間そのものを掌握されているような、異質な感覚だった」
シルヴィアも、その男の正体については何も知らない。それが空であることを知っているのは、この場にはいないエドガーとカイル、そしてその周辺の極一部のみ。
Sランクのリーダーたちは、一様にこの「仮面の男」への興味を隠さなかった。
「おばさん、本当に何も知らないの? もしかして、実は隠してるだけなんじゃないの?」レオが煽る。
「本当に知らないわよ。会ったことさえないんだか
ら。……ただ、あの男が現れた時、戦場そのものが彼の『庭』になったような……そんな圧倒的な差を感じたわ」
「面白い。実に面白れえじゃねぇか」
バッツが身を乗り出す。
「女王を赤子のように扱い、挙句の果てにはヴァイスの監視すら撒く。こんな奴が野放しになってちゃ、俺たちの面目が立たねえな」
「もし見つけることができたら、無理にでも拘束し、話を聞くべきですね。王国の安寧にとって、制御不能な強大すぎる個体はリスクでしかありません」
アルテミスが落ち着いたトーンで断言する。
ベラルドが厳かに宣言した。
「正体不明、目的不明。だが女王を赤子のように扱い、国を影から救った存在。……彼を王国の最高警戒レベル――『特別監視対象:仮面男』に選定する。もしどこかで目撃情報あれば、あらゆる手段を用いて接触し、その真意を探れ。……必要であれば、王の御名において懐柔も辞さない。無理にでもこちらの対話の場へ引きずり込み、彼が味方なら救世主だが、敵に回れば……十二星冠が総出でかかっても、この王都を守りきれるか分からん」
「カカッ! 腕が鳴るな!」と笑うバッツ。
「規律を乱す存在は、許容できません」と目を細めるアルテミス。
「ボクのオモチャになってくれるといいな」と呟くレオ。
十二星冠の怪物たちが、それぞれの思惑を胸に、仮面の男という「獲物」を狙い始める。彼を味方に引き入れようとする者、その力を恐れて排除を画策する者、そして研究対象として解剖したいと願う者。
しかし。
彼らはまだ気づいていない。
自分たちが「特別監視対象」として選定し、捕らえようとしているその男が、今まさに、一人の老執事を連れ、のんびりと王都へ向かう馬車に揺られていることを。
王都ガレリア。
千年の平和を維持してきたこの街が、一人の「退屈な神」によって根底から揺さぶられる刻は、もう目前に迫っていた。
円卓の会合は、未知の脅威への決意を固めて閉会した。
しかし、解散していくリーダーたちの背中には、既に逃れられぬ神の影が、静かに落ちていた。
夜のガレリアは、嵐の前の静けさを湛えたまま、不敵な神の到来を待っていた。
次回から2章スタートです。
ぜひお待ちください。




