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7大丈夫の裏側

カラン


「クッ、痛い、痛い、痛い!」

私は必死な思いでナースコールを鳴らした。


ガチャガチャ!


「空音ちゃーん?大丈夫ですか?」

意外にも記憶は鮮明に残っている。看護師さんは意外と落ち着いていて、丁寧に対応してくれていた。

私は朝ごはんを食べている途中に胸の痛みが最高潮に達した。痛さで気がおかしくなりそうだった。意識が徐々に遠のいていくのを感じる。

「空音?気をしっかり待て!」

「せん、せい‥‥。」

先生が来てくれた安心のせいで、私は意識を失ってしまった。



「あの、空音は?!」

私は空音が意識を失ったと聞き、学校を飛び出して来た。勉強なんてどうでもいい。成績なんてどうにかなる。今は、空音のところに行かないと。



ピー、ピー、ピー、ピー


「うそ‥‥‥。」

私は、集中治療室にいる空音を窓越しから見ていた。医療関係者以外は立ち入り禁止なんだって。

「そらね、そらね、そらね。」

私はその場に座り込んだ。昨日まで、笑ってたのに。共通の嫌いな先生の悪口をいっぱい言って笑い合ってたのに。空音の指に、マニキュアをしてあげたのに。

「うぅ、うぅ‥‥!」

私は、泣くことしか出来なかった。

「君、大丈夫?」

肩に誰かの手が触れた。私は顔をそちらに向けた。

そこには、空音が言っていた小林がいた。いきなりこの人に会ってしまい私は居ても立っても居られなかった。

「もしかして、はなちゃん?」

なぜかこいつは私の名前を知っていた。

「何で名前知ってんの?」

「だって、空音ちゃんから聞いたんだもん!身長が高くてスラっとしてて丸眼鏡をたまにつけてるって!」


『じゃあ、葉那のこと話しておくよ。』


まさか、本当に?

私は興奮気味になってしまい、余計に涙が溢れた。

「ちょい待って!落ち着いて。一回、あっちに行こう。」

私は小林に連れられて人気の少ないラウンジに着いた。人の気配がまるでしなかった。

「大丈夫?ほれ、ティッシュ。」

小林は箱ティッシュを差し出してきた。

「ズルルルルル!ありがとうございます。」

小林は、腕と足を組み、ため息をついた。

「空音ちゃんね〜。本当に意識戻ってよかったよ。」

「うん、本当によかった。」


プルルルル!


「はい。了解でーす。それじゃ、俺はこれで。」

「あの!お名前を、」

「小林悠二!」

小林は駆け足でどこかへ行ってしまった。

初めて二人で話せた。

小林の顔は、めっちゃかっこよかった。



ガチャ


「‥‥はぁ。」

深いため息をついた。

俺は空音の手を優しく握った。

「帰ってこいよ。」

あっちは何も言えないから俺は何でも言える。

俺は夜通し空音のそばにいた。ただひたすら手を握っていた。小さくてすっぽり握れてしまう手は可愛らしいと思う。

「空音‥‥好きだ。」



3週間後

「うぅ、う、」

「空音?空音?!」

私の見えている空間は、薄暗い景色から明るみを帯びた景色へと変化した。

横には、お父さんがいた。

「先生!先生!空音が‥‥!」

お父さんは走ってどこかへ行ってしまった。

あれ?そっか。わたし、意識失ったんだ。胸が痛くて痛くて仕方なかったの。死ぬかと思ったの。でもまた目を覚まして生き返った。

全身が筋肉痛のように痛い。動かそうとしても動かせなかった。まぁその内動けるようになるだろう。


ガチャン


「白夜さん!よかったぁ。」

そこには、息を荒くした先生とお父さんがいた。私は先生の目を見て少しばかり目を見開いた。

「ほんと、ほんとよかった。」

先生は心配そうに私を見つめた。

「本当に、ありがとうございます。」

お父さんは先生に謝意を見せた。なぜか禿げない頭は少し羨ましい。

「いえいえ、本当によかったです。」

「空音、父さん、仕事が信じられなくらい残ってるから行ってくるな。また来るから!」

そう言って私の手を握った。

「それじゃ、よろしくお願いします。」

お父さんは早歩きで部屋を出た。

部屋の中は、先生と私だけになった。

「空音‥‥。よかった。本当によかった。」

先生はパイプ椅子をこちらに近づけて腰を下ろした。

私は、安心を覚えたくて、手のひらを先生に向けた。

先生は、少し困惑して、すぐに微笑んだ。

そして、両手で私の手を握った。

私も笑った。

「先生。ありがと、ございます。私、もう、ダメかと思った。でも、先生がいたから頑張れました。」

「そっか。俺も君に生きててほしいって思ったから頑張れたよ。」

「へへ、何それ。」

私は、久しぶりに本心から笑った。先生といると笑っていられる。大丈夫だと思える。

でも、大丈夫の裏側には私一人では抱えきれない恐怖がある。

でも、私の周りにはそんな恐怖を吹き飛ばしてしまうほどの幸せがある。その幸せがあるから私は生きていられる。絶対に死なないでやる。たくさん生きてやる。

「それじゃあ、患者さんの診察があるから、また。」

「お気をつけて。」

先生は私の頭を撫でて部屋を後にした。その瞬間、なんとも言えない孤立感に襲われた。人間一人がいなくなるだけで、こんなにも悲しいのか。


コンコンコン


「空音ちゃーん?ゼリー持ってきたからよかったら食べてね。」

「ありがとうございます。」

私はゆっくりと自分の体を起こした。目を覚ました時よりかは体は軽くなった。それでも全身が痛い。

「いただきます。」

私はすくったりんごゼリーを口に運んだ。


カランコロン


「はぁ。」

いくら軽いスプーンとはいえ、私にとってはとても重く感じた。食べようとしてもすぐに落としてしまう。

私は拾うのが嫌になり、しばらくスプーンを見つめた。


コンコンコン

「空音ー!!!!」

驚いた。いきなり葉那が部屋に入ってくるから。

私は視線をスプーンから葉那にうつした。すると、葉那とスプーンと視線が合致したのだ。

「はいこれ。」

「ありがと〜。」

私は葉那にお礼を言った。

「大丈夫なの?これ、食べれる?」

私は首を横に振った。そのまま葉那の母性に甘えた。

「何か看護師みたいだね。」

葉那はニコッと笑った。彼女の笑顔は誰にも負けないくらい素敵だった。

「えへへ〜。てかさ!クラスの河原がさ〜‥‥」

私たちは二人の時間を満喫した。



面会時間が終わり、葉那は帰宅した。夕食前の検診を終えて今から夕食を食べる。

今日のご飯は何かなー。楽しみ。


コンコンコン


「空音ちゃ〜ん。夕食持ってきました〜。」

今日は鳥と野菜のトマト煮込みだった。トマトは苦手だった。でも、病院食のありがた迷惑で好きになってしまった。今では大好物の一つだ。

「いただきます。」

一人で食べるトマト煮込みは、とっても美味だった。



次の日の朝

「空音ちゃ〜ん。検診だよ〜。」

私は看護師が来る前に髪の毛を整え歯を磨いた。

「うん。今日も大丈夫。」

先生はいつも通り先生だった。少し寝癖のついた頭が笑えてくる。

私は朝食を食べ終え、食器を返却した。

そのままの足で中庭に出た。いつものベンチに、って今日はいつものベンチには座れないな。いつもの紙とペン。今日はどんなことを描こうかな。

父親について?葉那について?先生について?お題がたくさんあって嬉しいな。

「やっほー。」

「先生!」

「最近驚かなくなったな。」

「先生が何回も驚かすからですよ。」

先生は純白の白衣をちらつかせながら横に座った。

「外は気持ちいいでしょう。暑さも和らいだし。」

「そうですね。ずっと外にいたいです。」

「そっか。ちょっと、病院内散歩でもしない?」

「はい。」

先生は慣れた手つきで車椅子を押し出した。私は紙を急いでポケットにしまった。

空気の澄んだ自然とはまた違う気持ちよさが感じられる。館内はたくさんの人で賑わっていた。賑わっていい場所なのかは分からないけれど。

「苦しくない?」

「大丈夫です。」

先生に車椅子を押してもらっているこの状況。不甲斐にも嫌ではなかった。

私の病室がある4階に来た。なんだかここのフロアがやけに忙しそうだった。

私は通りすがった看護師さんに聞いてみた。

「あ、あの‥‥」

「空音ちゃん!空音ちゃん!」

話しかけようとしたその瞬間に、別の看護師に話しかけられた。彼女は山おじちゃんの担当の看護師だった。話しかけられるなんて初めてだった。

「山本さんが、今‥‥」



「やま、おじちゃん‥?」

看護師に連れられるがままに山おじちゃんの病室に来た。目の前には、冷たくひんやりした山おじちゃんがいた。

「え、うそ」

「山さん、最後まで空音ちゃんのこと話してたのよ。『空音ちゃんに伝えておいてって。』これを渡してきたの。」

それは、健康おまもりだった。

「自分に買いなよ、山おじちゃん、やま、やまおじちゃぁぁぁぁん!!!」

私は、車椅子から転げ落ちるように泣き崩れた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



「すみません。こんなところまで。」

私がたくさん泣いた後、少し落ち着いたところで先生が人気の少ないところまで連れて行ってくれた。

「落ち着いたら部屋に戻ろっか。」

先生は優しい声で近くの椅子に座った。

「先生。」

「ん?」

「私、もう少し長く生きられないでしょうか。山おじちゃんのことで、もう、怖くて怖くて仕方ないんです。明日には目を覚まさないかもしれないって、思うと怖くて寝れないんです。私、もっと生きたいです。」

私は山おじちゃんの死を堺に、恐怖のうちを打ち明けた。先生はただこちらを見て頷くだけだった。

そして、ゆっくりと立ち上がり、私を起こして私を強く抱きしめた。

「先生‥‥?」

「そんなこと言ったら、お前と居られなくなる。」

温かい先生の手は私の頭を撫でた。

「え?」

先生は一旦顔を離し、再び顔を近づけた。徐々に先生の顔が私の顔に近づいてくる。

「先生?!」

「しー。」

これはもう、身を委ねるしかないのかもしれない。



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