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円満に婚約解消した悪役令嬢ですが、巫女姫様が言いがかりをつけてきます!?  作者: 7E


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道案内


 「マースデン伯がどうして……」

 「知り合いかい?お嬢様」

 「え……ええ。あのかたは冒険家のエドワルド・マースデン伯爵様。母の古い友人ですわ」

 どこか上の空で答えるわたくしに、エリスさんは難しい顔をしました。

 「あいつ……ドリーが厄介になってる家のオッサンの仲間だよ」

 「まあ!そうなんですの?!」

 「多分……。カーラたちが話してるのを聞いたんだ。お嬢様をとっとといけに……じゃない、『神の花嫁』にするためにはどの道を通るのがいいかって相談してたら、あのオッサンが特別な近道を教えてくれたって。そこを通れば国境も素通りできて、信じられないくらい早くセレステへつけるし、道案内も手配してくれるから、って」

 「それが……マースデン伯だということですか……」

 つまり、マースデン伯はモンテナ伯の一味だということ……?

 そういえば、初めてお会いした時もマースデン伯はモンテナ伯とご一緒でしたわね。あのときはモンテナ伯の言動を窘めておいででしたが……マースデン家は伯爵家の中でも比較的こじんまりした家のはず。侯爵家への仲間入りを目論む裕福なモンテナ家の傘下に入ったとしても不思議ではありません。

 ああ、それにしても。


 「本当にわたくしを亡き者にしたくてたまりませんのね、あの狸親父様」

 そんなことをしても、あれほど王妃様に嫌われているベアトリス様が次期王妃に迎えられることなど、あり得ないと思うのですけど。


 呆れ果ててため息をついたとき、ちょうどアランジェロさんと馬を並べてこちらへ向かってきたマースデン伯と目が合ってしまいました。


 「これはこれは……アリアドネ嬢」

 「お久しぶり……というほどでもありませんわね。マースデン伯。こんな再会で残念ですわ」

 「なんだ、あんたら知り合いかよ?」

 帽子を取って挨拶するマースデン伯に厭味ったらしいくらい丁寧な淑女の礼を返すと、御者台でカーラさんが眉を顰めました。

 知り合いかって……あなたが冬祭りで巫女様に毒を盛った時、わたくし、マースデン伯と話していたではありませんの。見ていなかったの?


 「あんた、まさかあのクソ王妃や侯爵家の回し者じゃないだろね?」

 「おお……これは随分と元気のいいお嬢さんだ」

 食って掛かるカーラさんに、マースデン伯は驚いたように目を丸くして見せます。

 「私は道案内として雇われたのです。次回の東方遠征のスポンサーとなってくださるモンテナ伯にね?ランバウム家やましてや王家とは何の関係もございませんよ?」

 「……本当かい?」

 「本当ですとも。ヤ(・)ー(・)グ(・)・エ(・)・デ(・)ィ(・)ン(・)・ア(・)リ(・)デ(・)ラ(・)……契約は守りますよ。余分なことをして、せっかくのスポンサーをふいにしたくはありませんからね」

 「カーラ、いい加減にしろ。どっちにしろ、近道を通るにはこの人が必要なんだ。貴族だからってむやみに突っかかるのはよせ」

 呆れたようなアランジェロさんに窘められ、カーラさんはしぶしぶ矛先を収めたようでした。

 「それで!?どっちへ行くんだい!?このまま左の道を行って、ポーラーを目指せばいいのかい?」

 いらいらと手綱を鳴らし、マースデン伯を睨みます。

 「村でポーラーへ行くと言ったんでしょう?なのに、逆に行ったら怪しまれます。まずはこのまま左に。しばらく行くと分かれ道がありますから、そこで進路を変えましょう」

 カーラさんの態度に気分を害した様子もなく、マースデン伯は先導するかのようにアランジェロさんと馬を並べて先に立ちました。

 「……大丈夫かい?お嬢様」

 「……ええ。ありがとう」

 背を向けられてようやくほっと肩の力を抜いたわたくしに気付いたのでしょう、エリスさんが心配そうにわたくしを覗き込みます。それに頷き返しながらわたくしは先ほどのマースデン伯の言葉を頭の中で反芻していました。


 先ほどの―――ヤーグ・エ・ディン・アリデラという言葉。

 あれは、古代語で『私は味方です』という意味です。あれはいったいどういうことだったのでしょう。わたくしに対して言ったの?それとも、カーラさんを宥めるため?

 ああ、判らない!あの方は本当に敵なの?それとも……?


 「……言葉が足らないにもほどがありますわ、マースデン伯……」

 「えっ?なんだい?」

 ぼそっと呟いた愚痴を聞き返すエリスさんになんでもないと首を振り、わたくしは半ば無意識に本を開きました。そのままぼんやりと紙面に指を滑らせていると、遠慮がちにエリスさんが覗き込んできます。

 「何読んでるんだい?……えーと……」

 身を折るようにして本の表紙を覗き込み、タイトルを音読したエリスさんに、わたくし、失礼ですがびっくりしてしまいました。


 「まあ!エリスさんは読み書きがおできになるのですね?」

 「……ちょっとだけね。書く方はさっぱりだけどさ」

 「いいえ、それでも大したものですわ。……でも、そうですわよね。旅芸人をなさっていたんですもの、台本を読んだりなさいますものね」

 字が読めることに驚いたのが恥ずかしくて、わたくしは素直に頭を下げました。


 「見下したような言い方をしてしまってごめんなさい。平民の方は字を習う機会に恵まれない方が多いと伺っておりましたので、読めないものと決めつけてしまって。本当に失礼でしたわ。申し訳ございません」

 「えっ!いやそんな!謝ってもらうほどのことじゃありませんって!……もう、調子狂うなあ……」

 慌てたように首を振るエリスさんは頬を搔きながら困ったように苦笑します。

 「あたしも、シャルとドリーに教えてもらったようなもんなんだ。あたしがいた孤児院は酷いとこで、学校なんかとても行かせてもらえなかったからさ……」

 「まあ……」


 そういえばエリスさんたちはみんな孤児院から逃げてきたとあのかたがおっしゃってましたわね。では3人とも同じ孤児院出身?


 「いや、みんなバラバラさ。正確には、孤児院から逃げてきたのはあたしだけなんだ。アランジェロは身売りされそうになって逃げ出して行き倒れたところをドリーに助けられたんだし、カーラは家族をどっかの貴族のお遊びで殺されて、一人逃げ延びたとこを親父さん……ドリーのお父さんに拾われてさ」

 「そんな……」

 あのカーラさんにそんな辛い過去が……貴族を目の敵にするのはそのせいですのね……。


 「それに比べりゃ、あたしはまだマシなほう。アランジェロが親父さんに頼み込んでくれたおかげで、こうして無事生きてるんだしね」

 しんみりしてしまった空気を振り払うように明るくそう言って、エリスさんはわたくしの膝の上の本を取り上げました。

 「これ、シャルの宝物と同じ奴だろ?……へえ、本になってるとこんななんだ……シャルのはばらばらになっちゃって、ただの紙の束だからさ」

 「そういえば……巫女様はこれと同じ本を誰かからお借りしているのでしたわね?」

 「うん。表紙もなくなっちゃってるけどね……あ、すごい。このハ(・)ン(・)コ(・)も(・)お(・)ん(・)な(・)じ(・)だ」

 「え……?」

 楽しそうにページをめくり、蔵書印をなぞるエリスさんにわたくしは息を飲みました。


 「お嬢様?」

 「エリスさん………同じって………その蔵書印が、巫女様の本と同じですの?」

 「……うん?」

 不思議そうにわたくしと蔵書印を見比べ、エリスさんは頷きました。


 「間違いないよ。この印。シャルに、何の印?って聞いたんだ。そうしたら桜の花だって。とっても、とってもお優しいかたの印なんだって」

 「そんな……」

 ぐらり、と眩暈がして、思わずわたくしはその場に手をつきました。


 「お嬢様!?どうしたんだい!お嬢様!?」

 驚いたエリスさんが肩に取り縋りますが、とても返事などできません。

 この蔵書印はお母様から譲り受けたもの。もちろん、お母様の蔵書にはすべてこの印が捺されています。

 お母様亡き後、その蔵書はすべてわたくしが受け継ぎましたが……ただ一冊、行方が分からなくなっている本がございました。それこそが―――あの童話の、上巻なのです。


 この本は、お母様の死後新たに買い求めたもの。それなのに、ああ、巫女様が桜の蔵書印のある同じ本を持ってるということは。


 「お嬢様!?」

 エリスさんの声を遠くに聞きながら、わたくしの意識は急速に遠のいていきました。


 お母様の本を、巫女様が持っている。

 あの蔵書印の主を、お母様を知っている。


 ああ、お母様。お母様と巫女様はお知り合いだったの?いつ?どこで?わたくしはな(・)ぜ(・)そ(・)れ(・)を(・)知(・)ら(・)な(・)い(・)の?


 声にならない疑問を抱えたまま、わたくしの意識はぶつりと途絶えたのでございます。

 



      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 わたくしが意識を取り戻したのは、月がすっかり高くなってからのことでございました。


 「!!お嬢様!よかった、気が付いたかい!?」

 「………エリ……ス………さん……?」

 ぼんやりと瞳を開けると、すぐそばに付き添っていてくれたらしいエリスさんがすかさず声をかけてくださいます。

 「わたくし………?」

 「本の話してたらいきなりぶっ倒れちゃったんだよ!熱があったらしくてさ……よかった、熱も下がったみたいだね」

 「ほん……」


 ああ……そうでした。

 巫女様がお母様の本を持っていると知って……わたくし、何が何だか分からなくなって、気を失ってしまいましたのね……


 まだぼんやりしたわたくしは、エリスさんの手を借りて身を起こし、木箱によりかからせていただきました。

 「ここは………?」

 「荷馬車の中だよ。もう夜になっちまって、野営してるとこ。どうだい?なんか食べられそうかい?」

 「……ちょっと……難しいですわね……」

 朝から何も食べていないはずですが……とても食欲はありません。

 あの固いパンをもう一度食べるかと思うと………


 「おう、なんだ、目が覚めたのか」

 そのとき、いきなり幌が開き、アランジェロさんが顔を出しました。


 「手間かけさせやがって。これだからお貴族様ってのは……」

 ぶつぶつ文句を言いながら、謝ろうと身じろぎしたわたくしの鼻先に突き出されたのは、ほかほかと湯気を立てる木製のカップ。

 「どうせ、平民の飯なんざ食えねえって言うんだろーが。また倒れられても厄介だしな。スープだけでも飲んどけ!」

 「あ……ありがとうございます……」

 「どうしたんだよ!優しいじゃないか、ジェロ!」

 「うっせ!!俺だって好きで世話焼いてんじゃねーよ!ただ、ロビンのやつが……」

 半ば押し付けるようにカップを渡され戸惑うわたくしは、アランジェロさんの視線につられるようにテールゲートに目をやりました。


 「まあ!」

 なんとそこには、テールゲートに顎を乗せるようにして馬車を覗き込むロバさんの姿があったのです!


 「ロバさん!!」

 「ロビンだ!」


 思わず喜ぶわたくしをアランジェロさんは怒鳴りつけて。あら?でもこれ、ロバさんのお名前を教えてくださったのかしら?


 「……ったく、勝手に人のロバを手懐けやがって……」

 「ロビンはお嬢様が倒れた時、大声で鳴いてみんなに知らせたうえ、断固として動かなかったんですよ。手当てをするまで動かない、って!」

 「まあ………!!」


 わたくし、感動してしまいました!!なんて……なんて優しい子!!


 「ありがとう、ロバさ……いいえ、ロビンさん。知り合いになったばかりのわたくしを気遣ってくださったの?本当に賢くて優しい子ねえ」

 テールゲートににじり寄り、そっと鼻面を撫でると、ロビンさんはぐいぐいと鼻面を押し付けてきます。

 「まあ!なんて人懐っこい!アランジェロさんにたいせつにされているのがよくわかりますわ!!」

 「るっせえ!褒めんな!」

 「アランジェロさん、この干し草差し上げてもよろしくて?」

 「だから、人の話を聞け!!」

 昨日作った干し草お布団から引き抜いた干し草を片手に問うと、アランジェロさんはいらいらと怒鳴ったあと、大きなため息をつきました。


 「……ロビンにゃあたっぷり餌を与えてる。勝手に餌付けすんな、このロバ貴族」

 「ロバきぞく……」


 なんだかすごい言われよう……。え、それって悪口?悪口なんですの?


 それでもロビンさんが干し草をみて欲しそうに鼻を鳴らしたせいでしょうか。文句を言いながらもアランジェロさんは干し草を与えるのを許可してくださいました。


 「……それから、これ。持っとけ。次の町を通るのに必要になるかもしれん」

 いただいたスープを飲みながら(ロバより先にてめえの飯を食え!と叱られてしまいました……)ロビンさんの食事を見守っていると、なにやら疲れたように肩を落としつつ、アランジェロさんは何かを放ってよこします。

 ぽとり、と膝に落ちたそれを見ると、8センチ×3センチほどの平たい紐細工。色とりどりの細い紐で編まれたその中央には幅2センチほどの木の板が編み込まれています。


 「これは?可愛らしい細工ですわね」

 「何って……ブランシェッタだよ。知らないのかい!?」

 拾い上げた細工物を矯めつ眇めつしながら伺うと、エリスさんが驚いたように目を丸くしました。

 「ブラン……?」

 「ブランシェッタ!生まれた時に親が編んでくれる、御護りみたいなもんさ。真ん中の板には村の名前が書いてあって、どこの村の者(もん)かすぐわかるようになってんだ。よっぽどの訳アリでない限り、平民ならみんな持ってるよ」

 「まあ!そうなんですのね!」

 生まれてすぐ渡されるお護り……貴族で言う、護り刀みたいなものなのでしょうか。


 「言われてみれば、マリナ様もご家族からいただいたという御護りを持っていらっしゃいましたわ。形が全然違いますけど。出身地によって違うのかしら」

 「え、でもあんた……」

 「エリス!」

 何か言いかけたエリスさんを、アランジェロさんがびしりと制しました。

 その声の強さに驚いて顔を上げたわたくしに、ふん、と鼻を鳴らし、アランジェロさんは干し草を食べ終えたロビンさんの引き綱を手に背を向けます。


 「まあ、念のためだ。持っとけ。万が一馬車の中を調べられたとき、ブランシェッタを持ってなかったら怪しまれるかもしれん」

 「判りましたわ。お借りいたします。あと、スープもありがとうございました」

 去っていく背中にお礼を言い、わたくしはお借りしたブランシェッタをポケットにしまい込みます。……いいですわね、これ。護り刀より嵩張らなくて。


 「お嬢様……ほんとにこれ、見たことないのかい?」

 「ええ。初めて見ましたわ。エリスさんのは色違いなのですね。アランジェロさんやカーラさんのもそうですの?」

 「……うん……」

 なんだか歯切れの悪いエリスさんに内心首をかしげたものの、わたくしは取り立てて追求せずに話を終えたのでした。

 



 翌朝。

 昨日と同じようにわたくしたちは夜が明けてすぐに出発しました。とはいえ、途中で気を失ってしまったわたくしには、今どこを走っているか見当もつきません。


 ―――今頃お兄様たちはどこにいるのかしら。王都へ帰還した?それともまだ帰還の途中?もうわたくしの所在についてバルバロイ修道院に問い合わせたのかしら?


 ガラガラと走る馬車の車輪に合わせるように、胸にはどんどんと不安が広がっていきます。

 「………駄目ね。今はくよくよしていてもしかたありませんわ」

 首を一振りして悲観的な思いを振り払い、わたくしは本を開きました。


 「本当に本が好きなんですね。何度も読んだものをまた読んで、飽きませんか?」

 ただなんとなく紙面を眺めていると、エリスさんが横から本を覗き込んできます。


 「……お嬢様、これ、なんて字ですか?」

 「これ?これは『し』という字ですわ」

 指さされた字を読むと、エリスさんは唇の前で人差し指を立て、ちらりと御者席のカーラさんに目をやりました。まるで―――声(・)を(・)出(・)す(・)な(・)というように。

 ハッとするわたくしの前で、エリスさんは次々と文字に指を走らせました。


 ―――し・ず・か・に お・っ・と・ー・は・み・み・が・い・い


 『静かに、オットーは耳がいい』ですわね!

 まあ!ではオットーさんが御者席に座っているのは交代要員ではなく、わたくしとエリスさんの話を盗み聞きするためでしたの!?


 驚くわたくしの前で、エリスさんは次々と文字を指し示します。


 ―――つ・か・ま・る・ま・え げ・ど・く・ざ・い ひ・と・つ わ・た・し・た


 「!!」

 わたくしは上げそうになった声をすんでのところで呑み込みました。

 解毒剤?解毒剤って、あの……カーラさんが言っていたエリスさんの裏切りの件ですわよね!?失敗したのではなかったの!?


 『リディア』の文字が見つからず、挿絵の騎士を指さして聞くと、エリスさんは小さく頷きます。

 ああ!!では、解毒剤はリディア様の手に渡っているのですね!?


 それならばきっと巫女様は快方に向かわれるはず!!

 巫女様の意識さえ戻れば、きっとこのとんでもない容疑も晴れ、殿下だって復調なさるでしょう!!

 ああ……よかった……本当に良かった!!


 「お…おい、泣いてんのか……?」

 安堵のあまり溢れた涙を拭っていると、御者席の方から慌てたようなオットーさんの声がしました。

 顔を上げると、険しい顔のカーラさんの横でオットーさんが身を捩るようにしてこちらを見ています。

 「ふん!お気楽貴族サマがようやく自分の置かれた立場を自覚したんだろ!いい気味だよ!むしろ、今まで泣きもしない方がおかしかったんだ!」

 「で……でもよう……」


 おろおろとわたくしとカーラさんを見比べるオットーさん。

 ……絆で結ばれた仲間と言っても、人により随分と温度差があるのですね。

 少し意外に思いつつも、わたくしは涙を拭き、彼に頭を下げました。


 「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません、オットーさん。お気遣い、感謝いたしますわ」

 「お……おう……」

 帽子を取ってぺこりとお辞儀するオットーさんの隣でカーラさんが大きく舌打ちをします。

 それでも何も言うことなく馬車を進め……数分が経った頃でしょうか。先導するアランジェロさんの合図で不意に馬車が止まりました。


 「……どうしたのかしら……」

 「休憩……ですかね?」


 そっと幌をめくりあたりを見回しても、休憩ができるような村も、泉も、木陰すらありません。

 あたりは荒れた岩場と石ころだらけの地面が広がるばかり……目の前の岩の上には寺院か何かだったと思われる廃墟が佇んでいるだけ。高い空を大きな鳥が一羽、弧を描いて旋回しています。


 「どうしたんだい!なんでこんなところで止まるんだよ!?」

 「ここから近道に入るんだ!」

 御者台から叫ぶカーラさんに、叫び返すアランジェロさん。

 ……近道?でも、道は一本道ですわ。どこにも道なんて……。


 そう思った、途端。


 突然大きな地響きのような音が上がり、見る間に廃墟の下の岩が真っ二つに割れたのです!!


 「まあ!」

 「さ、お進みください。馬車のまま、馬のままで結構」


 驚くわたくしたちを後目に、マースデン伯は悠然と割れた岩の間に馬を進めます。


 「こ……これが近道……?」

 「たまげたね、こりゃあ……」


 驚きながらもカーラさんは馬車を進め、ロビンさんも不平そうに鼻を鳴らしながらもそれに従います。でも、岩の奥は思ったよりも狭く、しばらく進むと行き止まりになってしまいました。


 「なんだよ!近道なんかないじゃないか!!」

 「やれやれ、せっかちなお嬢さんだ。今道を繋げますから少々お待ちください」

 怒鳴るカーラさんに肩をすくめ、マースデン伯は手に持った青い小箱のようなものに手を翳します。


 「道(・)を(・)……繋(・)げ(・)る(・)……?」

 どこに?と言おうとしたその瞬間。

 不意にわたくしたちのいる地面が青く光りました。


 「なっ……なんだこれ!?」

 「なにっ!?」

 「きゃあ!!」


 馬とロバと、人の悲鳴。青く光る、不思議な文様。がくん、と足元が沈むような感覚―――そして。


 「ほら、もう大丈夫。着きましたよ」

 落ち着き払ったマースデン伯の声に、おそるおそる閉じていた目を開くと、そこには。


 「そんな………」


 こんもりと茂った木々、緑の下草。細い日差しと鳥の鳴く声。

 先ほどまでの岩場とは打って変わった、豊かな森が広がっていたのです!



お読みいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいのですが。

また、評価やリアクションなどいただけると励みになります!

よろしくお願いいたします!

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