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迫る魔の手と「質問」と

……どうしてこうなったのだろう。


「そこの君、是非水切り部へ! 一緒にアマゾン川を超える記録を出そうじゃないか!」

「いいえ! そんな美しい石を無駄にする部活なんかより、大切にコレクションする河原で石拾い部へ入部するべきだわ! さあ、ここに名前を書くだけで全ては終わるのよ!」


部活勧誘と言えば聞こえはいいだろう。僕は今、3階の教室を出たところで二人の先輩に囲まれていた。実際に行われているのはただの脅迫なのだが。面倒なので、僕は二人の視線が外れたのを見計らって全力で走り出した。


「逃げたぞ! 石拾い部、ここは一緒に追おうではないか! 兼部という形で手を打とう!」

「河原で石拾い部よ! その話、乗ったわ。階段を封鎖して追い詰めましょう!」


後ろで好き勝手話している眼鏡の男子生徒と女子生徒。男の方が水切り部、女の方が河原の石拾い部という部活の部長らしい。


「部員の確保がここまで過激だとは想定外だよ……先輩の言う通りだったなあ」


時間は現在放課後、こうなった理由は昼食後の五、六限を使った生徒会のレクリエーションまで遡る。校長先生の挨拶から始まり学校行事の説明や部活動の紹介が行われたのだが、この高校では部活動は設立するだけなら自由らしく、部員が一名や二名といった少数の部活が乱立しているらしい。現在進行形で僕を追いかけ回している二人も部長一人の過疎部活だ。


部員が増えれば使える部費も増えるらしく、どの部活も新入生を入部させようとあの手この手で囲い込んでくる。大体の人はバスケ部や陸上部などのどこにでもありそうな部活に入るが、断り切れない人を中心に幽霊部員となるそうだ。


一気に階段まで走ると、階段を封鎖する女子生徒が三人。手に持っている段ボールの看板から演劇部だ。彼女達は走ってくる僕を見かけると廊下を封鎖して大声で話してきた。


「そこの一年生の君、演劇部に入らない!? 今だったら部員は女の子ばかりだし、男子だってその内入る予定よ! だからお願い入って! 男子が来なくて演目の幅が狭いの、入る? 入るわよね? さあここに貴方のクラスと名前を!」


血走った目をしてよく通る声で話す演劇部の女子生徒。流石演劇部と賞賛を贈りたいところだが、三人とも男(の部員)に飢えた目だ、捕まったら逃げおおせる事は不可能だろう。僕は走るペースを落として歩くようにして演劇部の女子生徒へ近づいた。


丁度、後ろからの男子が追い付く頃だ。


「フハハハハ、追い詰めたぞ! 大人しく水切り部と河原で石拾い部へ入るのだ!」

「先輩、すいません!」


僕は姿勢を低くして方向を切りかえて過疎部活の先輩二人の脇を通り抜け、背中を押した。勢い余って止まらなかった先輩二人ははスクラムを組んでいた演劇部の壁へと突っ込んでいく。


「待ちなさい! ああでもあなたでも構わないわ、二人とも彼を部室へ連行しなさい! 怪我はさせないように!」

「分かりました、部長!」

「止めろ、離せぇぇ! 私は彼を水切り部に……」

(ありがとうございます…先輩の犠牲は忘れません)


がっちりホールドされて演劇部に連行されていく男子の先輩に心の中でお礼を言い、僕は反対側の階段を目指す。女子の先輩ははその場に放置されていて、逃げる僕を見ると慌てて立ち上がった。


「待ちなさい! 水切り部のかたきを討たせてもらうわよ!」


さて、後ろからの追っ手をどう撒こう。幸い距離はかなりあるから階を跨いで走り続ければ逃げ切れるだろう。


――焦っていたのが、原因だったと思われる。階段に辿り着き下りようとしたとき、曲がり角の所で上がってきた人にぶつかってしまった。


「っ、すいません! 大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫だよー……って、後輩君だ!」


返ってきたのは呑気な声、よくよく見るとそこには埃を払いながら立ち上がる先輩がいた。先輩は僕の顔を見ると右手を掴み、階段を上がり始めた。


「事情は分かるよ、足音を立てないで私に付いてきて」

「ちょっ、どこに向かうんですか!?」

「ぽいっ、と」


先輩は途中ポケットから鉛筆を一本取り出し、下の方へ放り投げた。良く響く音がドップラー効果のように遠ざかるのを階段を上りながら僕と先輩は上の階へ上がった。


「後輩君、ここで待ってて」


下の階から見えないところまで来ると、そう言って先輩は下を覗き込む。階段に座り込んでしばらくすると走る音が近付いてきて、荒い息と共にさっき避けた石拾い部の先輩の声が聞こえる。


「はぁっ、はぁっ、やっぱり男子って足が速いのね……どうやら下に逃げたみたいだし、休みながら捜しましょう……」


疲労困憊の声が反響してこちらへ届く。

……仕方なくやったこととはいえ、流石に申し訳ないな。勧誘期間が終わったら謝りに行こう。


音が聞こえなくなると、先輩は僕の隣に座った。


「どう? 合ってたでしょ、昨日の良いこと」

「ええ、助かりました。でもなんで1年の階に来たんですか?」

「んー、何となく、かな? 何か面白そうなことが起きる気がしたから、図書館から歩いてきたんだ。こうして忠告を受け取った君に会えたんだから大正解。今移動しても他の部活に捕まるだろうし、この上で話そう」


上、と言ってもこれより上は屋上しかない。勿論扉と脇の窓には鍵が掛かっていて、外に出れるはずもない。


「フッフッフ、別に扉から入る必要はないのだよ、こうすればいいのだ」


先輩は懐からプラスドライバーを取り出して、窓鍵のネジを外し始めた。唖然としている僕を余所に先輩はテキパキと作業を続け、ものの2~3分で外してしまった。


「はい、私が先に行くと下着が見えちゃうからお先にどーぞ」

「分かりました」


窓をくぐり抜けて屋上へ出ると、微かに暮れた空と勧誘に勤しむ生徒の群れが眼前に広がった。自分と同じくらいのフェンスに囲まれ、風が吹く度軋む音を奏でていた。


「さて、後輩君に質問です」


いつの間にか先輩が、施錠されたドアに寄りかかっている。髪やスカートが風に揺れて、夕暮れも相まって何というか、思わず見とれてしまうくらいには綺麗だった。


「もし新しく部活を作るとしたら、君はどんな部を作る?」

「……何ですか、急に」

「決まってるでしょ、昨日言った『もしも』の話だよ。ほらほら、教えてよ-」


新しい部活動、か。どんな部活があるかちゃんと聞いていなかった僕は、思いついた物を適当に挙げていくことにした。


「ドミノ部、とかはどうですか? テレビでやるような大きな長いドミノを作れたらきっと楽しいと思います」

「となると、放課後人がいなくなった所で急ピッチで作らないといけないね。運動部とかが廊下をランニングしてたら振動で倒れそうだし、ストレス溜まりそうー」


ケラケラと笑いながら先輩は言う。


「でも、もうあるんだよね。ドミノ部」

「…………マジですか」

「はい、マジです! 以下の資料をご参照くださいっ」


先輩は最初に配っていたレクリエーションの紙を取り出して僕に見せた。計4ページの内1ページが部活動の名称でビッチリ埋まっており、珍妙な部活動が多々見受けられた。何だよ遅刻部って。サボる気満々じゃあないか。


「この決闘部、ってなんですか?」

「ああ、決闘部ね。端的に言えばTCG、トレーディングカードゲームをやってる部活動だよ。地味に人数が多いし、やろうとなると下手な運動部よりお金が掛かるからお薦めはできない部活動だね。あと、皆うるさいよ!」


「ハルトオオオオオオオオオオオオオ!」

「っ!?」

とか、意味もなく叫び出すしね。と先輩はポケットからカードを一枚取り出した。ああ、アニメを見たことはある。カードなんて触ったことはないしこれからもないだろう。しかし屋上で叫ぶなど目立ってしょうがない、先生に見つかったらどう説明するつもりなのだろう。


「心臓に悪いので、急に叫ぶのは勘弁してもらえませんか」

「にゃはは、ごめんごめん。結構叫んでみるとすっきりするんだよね」


それにしてもこの先輩、キャラにブレがあるな。ボーイッシュになったと思ったら素に戻ったり突然叫んでみたり、昔演劇部とかに入ってたんだろうか。


「先輩、少し訊いてもいいですか?」

「おーっ? 私に何か質問?」

「はい。先輩って何の部活に入っているんですか? あるいは昔、どんな部活に入っていたとか」


僕が言ったのと同時に先輩の表情が微かに強張った、気がした。


「部活動か-。確か小学校は帰宅部、中学校は陸上部、だったかな?」


先輩は笑いながらそう言うが、どこか歯切れが悪い。会って2日とはいえ、初対面の時とは明らかに様子が違う事はよく分かった。まるで、何かを隠しているみたいだ―――


「今は、部活に入っているんですか?」

「ううん、入ってないよ。入りたい部活がないし、」

「……ないし?」

「ほら、見ての通り。私、いつも一人だから、ああいう中に紛れるのって苦手で。中学校も幽霊部員で、最初の部活動組織会以外は顔出してないんだ」


先輩は、申し訳なさそうに笑った。僕の望む回答を答えられなかったとでもいう風に、その身体を縮こまらせながらゆっくりと地べたに座り込む。


(迂闊だった、あんまり踏み込んじゃいけない内容だったか)


無言の時間が、流動的なはずの空気すら押し固めている気がする。知らぬ間に空は暮れ始め、肌寒くなってきた。

どう話し掛けようかと足踏みしていると、風に攫われそうな声で先輩が話し始めた。


「私はきっと、機会と運がなかっただけなんだって思ってる。いや、足りなかったのは努力かも。自分の運命を決めるのは自分だもの、努力次第で何にでもなれるのが人間だから、人との関わりを避けた私がいけなかったのかな。本当の自分を拒絶されるのが怖くて、好きな物で塗り固めてたらああなってた」

「…………」

「でも昨日図書館で君を見つけたとき、こう言っちゃうと失礼だけど、「君ならイケる!」って思ったんだ。すっごく優しそうな顔をしてたから、仲良くしてくれるかなーって」


何故初対面に等しい僕に、―――初対面だからこそ話せるのか。

ふと、いい案を思いついた。

全てを吹き飛ばせる名案を。


「先輩。だったら、僕達で新しい部活動を立ち上げましょう。そうですね、「雑談部」なんてどうですか? ただ集まって好きなことを話すだけの部活です」


きっと形があればこの先輩は安心する。ただ見ず知らずの知り合いとして接するよりはこうしたほうがいい。


「先輩が部長で、僕と先輩が部員です。えっと、あー、その、先輩が好きな、『もしも』の話をいっぱいすれば、いいんじゃないでしょうか」


我ながらなんて説明下手なんだ。ちゃんと伝わってくれただろうか先輩はしばらくポカンとしていたが、時間が経つにつれて表情が明るくなっていく。


「……うん! そうしよっか! 私、先生から手続きの紙を貰ってくるよ! 面倒なことはやっておくし、もう遅いから後輩君は帰っても大丈夫だよ。また妹ちゃんからメールとかきたら大変でしょ?」


あー……もう妹の特徴が少し見抜かれている。なんて考えているとポケットの携帯が激しく揺れる。開けばやっぱり妹からのメールだ。


「お兄ちゃん、今日は早く帰ってきてよね! あんまり遅くなると寂しくて泣いちゃうから(´;ω;`)」


どうやら普段より帰りが遅いのがかなり堪えているらしい。もう少し先輩に付き合おうと考えていたが、さっさと帰った方が良さそうだ。


「その妹から丁度メールが来ました。早く帰ってこいとのことなので、お言葉に甘えてお先に失礼します」

「うんうん、家族を大切にするのはいいことだよ。それじゃあまた明日、図書館で大丈夫?」

「はい、そうしましょう。ではまた放課後に、図書館で」


僕は階段へ戻り、一階へ向かう。初日の部活を終えて疲弊した他の1年生も続々と帰っている。

部活動をするにあたって妹がかなりの障害になりそうだし、帰ったら説得しようか。


自転車に乗りながら僕は、そんなことを考えていたとき、


「見つけたぞおおお! よくも私をこのような目に遭わせてくれたなあああああ!」


後ろから亡者のように歩いてくる男子生徒。ああ、水切り部の先輩だ。


「お疲れ様です、また明日」


関わるのは面倒そうなので素早く自転車に乗り、颯爽と学校を去る。生憎水切り部にも演劇部にも入る気は無い。


たった今、一番楽しそうな部活を作り始めたばかりなのだから。


遠ざかる声を背に受けながら、僕は家へ帰った。

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