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遥斗side・大人びた最愛の娘

別名父上side。

親バカの父上は実は深く考える人だったんだよという話……たぶん。


飛ばしてくれてもOK。

 私、涼宮公爵家当主たる涼宮遥斗スズミヤハルトがとある令嬢に一目惚れして結婚を申し込んだのは今からおよそ十年前。王都で行われた舞踏会で優雅に笑顔を振り撒く彼女に胸が高鳴り、彼女に自分だけに笑いかけて欲しいと思ったのである。


 その彼女―――花柳薫カリュウカオルは真紅の瞳と白銀の艶やかな髪をもつ伯爵令嬢だった。一見、強気で傲慢、鼻持ちならない印象を与える容姿をしていたが実際はそんなことはなく、慈愛に満ちた彼女の振る舞いに才女と言われるほどの知識は多くの人に評価されていた。この世で生きるのに不可欠な魔術師としての能力も彼女の株を引き上げていて、有力な貴族の連中は何とかしてお近づきになろうと必死をこいていた。


 私がカオルを意識したのは友人のひとりがふざけて彼女にぶつかってしまったときのことだ。ぶつかった衝撃で丁度手にしていたワイングラスが傾き、その紫色の液体が薄い水色のドレスに降りかかってしまったのだ。

 友人と言っても男爵の子息で、彼女よりも明らかに身分が下だった。彼は何が起きたのかを悟ると、顔を真っ青にして平謝りに謝った。あまりの勢いにちょっとした騒ぎになり、そうして私も彼女を見るに到ったのだけど。

 大丈夫だから気になさらずにと友人に微笑む彼女を目に収めて…唐突に「この人だ」と思った。


 これまでに参加してきた社交界で少なからず良いもの悪いもの両者の噂は聞いていたのだが、そんなものはどこかへ吹っ飛んだ。彼女の宝石のような美しいその瞳に映りたいと願望が湧いて、思わず横から口を挟んだ。この件にほぼ無関係な私が横やりをいれるのは不粋だと分かってはいたのに。

 友人をさりげなく庇ってかつ彼女の興味を引こうと模索した。策は成功してその場は平和に収まり、私も彼女と話せたことで大層気分が良かった。一曲伴に踊れたという事実も私の気持ちを高揚させ、また会えないだろうかと口元が緩むのを抑えきれなかった。


 それから積極的に夜会に出た。カオルがいればすぐさま傍に行って談笑することで周りを牽制し、いなければ開始早々立ち去った。自分の家がどれほどの権力を持ち合わせているのか分かった上での行動だ。我ながらたちが悪い。

 距離を縮めて縮めて。カオルの私を見る視線に好意の色が宿り始めたときは歓喜した。少しずつ近づく私達に外野は煩く騒ぎ立てたがその全てを無視した。やけになって別の公爵家との縁談を勧めてくる両親も、ごてごてに着飾りまとわりついてくる女たちも。忠告と言いながらも仲を引き裂こうとばかりに執拗に絡んでくる子息たちは社会的に制裁してやった。

 そこまでして漸く、私はカオルに想いを告げることにした。


 彼女の前にそっと膝まづき、一目惚れのあと早急に用意してずっと隠し持っていた指輪を「どうか受け取って欲しい」と言って捧げた。

 結果はーーまあ分かると思う。

 私は23歳、カオルが18歳での婚約は社交界を揺るがせた。政略婚約でもなく身分や家柄も違えば五歳差であり、さらに彼女は学生だったために周りからは猛反対をされ、それまで彼女に憧れていた男には妬みと嫉妬を受けた。物理的に。暗殺者が送り込まれることもしばしばあった。そんなときには勿論、社会的に制裁して手を出した過去を後悔させた。

 彼女の方も同じだったようだ。彼女が王立学校を卒業して結婚できるまで私達の周囲は落ち着かなかった。


 私は自分の家が無機質で冷たく感じて好きではなかったのだが、勤務を終えて帰宅すれば可愛らしい妻が笑顔で迎えてくれるという環境を手にいれて屋敷を大幅に改装。センスがいいカオルのアイデアも取り入れつつ、茶会を開けば必ず羨まれる素晴らしい屋敷に創り変えた。

 またなくしてカオルが妊娠した。数ヵ月の後に産まれたのは男の子だった。彼女と悩みに悩んだ末に『秀斗』と名付けた。息子を抱いてベットでうたた寝する彼女はとても幸せそうで、このときが長く続いて欲しいと切実に願った。


 それが、いけなかったのだろうか。

 二年後、またもや子を授かった彼女は日がたつにつれて段々とやつれていった。無理をしているのが丸わかりだった。辛いなら出産は諦めよう、早いうちに卸そうと提案する私に彼女は弱々しく首を横に振った。


『私は軽々しく命を捨てたくないから。まだ産まれてなくても親が子を捨てるだなんてことは駄目なのよ、決してやってはいけないの』





 ……女の子が生まれたその日に、彼女はいなくなってしまった。








 私は悲しみにくれた。生まれてきた娘の存在を忘れてしまうほどに塞ぎこんで、心配してくれる息子も無視する酷い父親に成り果てた。仕事も上手くいかずに、ついには学生時代からの友人のひとりの国王自ら休めと言いにくる始末だった。

 自室に閉じこもり、暗がりの中で黙々と一日が過ぎ去るのを待ちわびた。食事も喉を通らずに浅い眠りを繰り返すだけの毎日だった。 


 ある日いつものようにぼんやりと窓辺に腰かけて思い出と悲観に浸っていると、外からこどものはしゃいだ声が聞こえた。使用人の腕に抱かれた一歳くらいの小さなこども。その写真で見馴れた銀髪と紅の瞳が納められたつり目を視界に入れて、頭の奥で何かが跳び跳ねた。

 娘だ、と分かった。幼いというのに、娘はカオルの特徴をしっかり受け継いでいた。

 彼女の死に多大なショックを与えられた私は、自分の娘を見ていなかった。名前すら付けた記憶がない。あんなにもカオルに似ていることも知らずにいたのだ。


 大急ぎで執事を呼び出した。あの子の名前は何だと血相を変えて叫ぶ私に彼は少々引きぎみだったが「……香様にございます」と答えた。その言い方には『娘の名前もしらなかったのか』と嘲るような毒々しさを感じた。

 転げるように表へ出て娘の傍に駆け寄った。驚きに瞠目する侍女の腕から娘を奪い取り、妻に似た顔を覗き込むと大泣きされた。それはもう凄まじかった。何事かと飛び出してきた使用人たちを制して、泣き止まない娘を抱いたまま根気よく体を揺すってはむかし母に聴かされていた子守唄を歌った。

 寝てしまった娘を見て思った。これからは彼女を大切にしていこうと。二度と家族を、愛しい者を亡くしてしまうものか、と。


 娘を愛することでカオルを喪った悲しみは薄らいでいった。過保護だと言われても仕方がないくらいに慎重に、大事に娘を育てた。彼女はカオルと容姿は似ていても中身は全く違っていてなんとも我が儘なお嬢様だったが、私は彼女の全てを受け入れて言うことは何でも聞いた。それも彼女の要求を悪化させる原因だったのだろう。しかし、彼女に嫌われたくないがために止めようとはしなかった。

 四歳になった娘は修正が効かない、なんとも貴族らしい性格になっていた。兄であるはずの秀斗を嫌い、使用人をこきつかう挙げ句に気に入らなければ即、解雇する。立派な嫌われ者、厄介な箱入り娘。


 そんな娘が誕生日を迎えた数日後、友人である国王の息子で第二王子である玲哉殿下をお招きして仲良くするようにと引き合わせた。その日に事態は起こった。


 二人きりにしておこうと部屋を出た瞬間、ガタリと音を立てて何かが倒れた。振り向いた先にいたのは顔面蒼白で床に転がる娘と突然のことに慌てふためく殿下だった。取り敢えず無礼を承知で殿下を追い出して、娘をベッドで寝かせた。時々唸るその寝言は要領を得ず、声をかけても「……あねき…げぇむ……かわ…」とうわ言のように繰り返すばかりだった。

 定期的に額の汗を拭ってやり、心細そうな様子の娘の手を握っていた。娘の喘ぎがひとまず落ち着いたところで安堵したのか強烈な眠気に襲われて、私は意識を手放した。



 そして、目を覚ましてみれば。



 娘は別人のようだった。今までの傲慢さが鳴りをひそめ、散々虐げていたメイドにも嫌いなはずの秀斗にも優しい対応をし、年齢を疑うほどに言動が大人びていた。特に私と秀斗の仲を取り持ったときは驚いた。会話のキャッチボールを恐る恐るゆっくりとしている私と秀斗を前にただ微笑んでいた。その姿は愛していた亡き妻に似ていた気がした。


 娘は変わった。なんというか全てが。ごてごてしたドレスを着なくなり、令嬢が好まないような少年じみた格好をして運動をするようになった。しかも妙にさまになっていて、執務室から眺めたときは走っていたがとても今まで走ったことがない病弱な少女とは思えないフォームだった。興味がなかったはずの魔法や剣を習いたいとお願いされ、傷つくから駄目だとマーフィーも一緒になって言えば悲しげな顔をして嘆くように「一生部屋でひとり寂しく過ごします」。秀斗とマーフィーを味方につけてがっちり許可を奪っていった。

 成長に喜ぶ場面なのか迷ったのはあの時が初めてだった。


 何故かお忍びでうちに紛れていたあの方と仲良くなっていたし―――たまにこそこそと廊下の片隅で楽し気に話しては笑っていた―――あの方からも「楽しいやつだな」と耳打ちされるくらいだった。彼が帰国すると聞いたらしく問い詰められたこともあった。あれは五歳と半年ほどたったころで、学生になれば会うことになるからと宥めようやく解放された。


 先日も街に出たかと思えば腰まである髪をばっさりと切って帰ってきた。おかげでほかのドレスの準備をよびなくされた。フリルが多く鮮やかなピンクのドレスはあまりにも似合わなかったからだ。のちに秀斗が街に出る手伝いをしたと分って思いっきり叱った。彼も「手伝うんじゃなかった」と涙目になっていたから許すことにした。


 ……。





「―――涼宮公爵?」

「ん? ああすまない、少し呆けていたようだ」

「そうですか。―――」

 パーティーの最中だというのに意識が飛んでいたようだ。正面の伯爵が怪訝な顔で何やら言っているがどうせ大したことではないのだろう。適当に相槌を打ってワインを口に含む。








 ♦♦♦




 いつになく長い回想から覚めて思う。私は娘―――かおりを愛している。いつから娘呼びから名前に変えたのか、本当の意味で愛し始めたのかは定かではないが、そんなことはどうでもいい。これからもかおりを大切に育てていくのだ。



 ――――――少しばかり大人びた、最愛の我が子を。








受験の出来?……聞かないであげて。


豆腐が崩れちゃうから。

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