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前日譚。捌、黄金と白金、墓所に投げられる。

94話『閑話、夏の肝試し的な話。』と合わせてお楽しみください。

「ぴゃああぁぁぁぁあっ!!」

「ぴゃぁぁあああぁあっ!!」

 とある夜更けに響いた幼子の声は、二人ぶんのものだった。



「まもの?」

「まじゅー?」

 その日も、フリソスとプラティナの二人は、大好きな父親から昔話を聞いていた。その中には英雄譚も少なくなかった。魔人族の中からは『勇者』は生まれることはないが、『魔王』の対存在であるが故に、伝わる伝承は少なくはない。

「そうだね……英雄と呼ばれるからには、『厄災の魔王』を討ち滅ぼすだけでなく、人びとを危険にさらしている魔獣や魔物を討つという話も多いものだけれど……」

「まもの? まじゅー?」

「ちがうの? 」

「そうだね……見たこともない君たちには、少し難しいね」


『魔獣』とは、魔力を有する生物全般の分類だった。獣と限られているわけではなく、蟲や広義では『人族』ではない人型の生物--亜人種--も含まれる。


 一方で『魔物』と称されるのは、非生物となる。

 ゴーレムやガーゴイルといった無機物に魔力が宿った、魔法生物。いわばそれは、人工的に、もしくは偶然が重なり自然発生した、魔道具の如きものである。

 だが、それよりも多く見られる『魔物』とは、死したものの魂や屍が帯びた魔力によって具現化したもの。すなわちアンデッドモンスターと呼ばれるものの方が一般的であった。


 だが、神殿の奥に秘匿され、普通の獣すら満足に見たことのないこの子たちには、それらの違いを理解させるのは大変難しいことだった。

「……考えてみるよ。君たちにどうやったら上手に教えることができるのか。だから少し待っててくれるかな?」

「んー?」

「ん?」

 困った顔のスマラグディに、フリソスとプラティナは首を傾げた。今まで何でも知っている父親が、自分たちの疑問に答えてくれないことはなかった。

 どうして教えて貰えないのだろうかと、考える。

 手をつなぐ自らの片割れも自分と同じように考えこんでいることに気付いて、二人は互いに頷きあった。


 父親が困ってしまったのならば、もう一人の頼れる存在である母親に尋ねてみよう。


 言葉を交わすことすら必要とせず、同じ結論に至った二人は、すっきりとした顔で父親を見上げた。

 スマラグディは娘たちの表情に、聞き分け良く聞き入れてくれたのだと安堵した。まさかアイコンタクトだけで娘たちが、今後の行動方針を決定していることまでは、彼も気付いていなかった。


 フリソスとプラティナが、一言だけでも父親の前でそれを伝えていたならば、この後の惨事は食い止められた筈であった。


「モヴーっ」

「モヴ、おしえてーっ」

「おしえてーっ」

 てとてとと走り寄って来た娘たちに、モヴは少々驚いた。

 娘たちは、疑問を抱くと大概父親に尋ねる。そしてスマラグディは、それに答えるだけの知識を有していた。

 だからこうやって娘たちに「おしえて」と尋ねられることは、モヴはとても珍しく感じたのである。

「なんだ?」

「あのね、あのね」

「まじゅーとまものなの」

「魔獣と魔物?」

 疑問を浮かべた母親に、娘たちは更に言葉を重ねていく。

「ラグがね、おはなししてくれたの」

「でもね、わかんないの」

「まじゅーとまもの、なにがちがうの?」

「わかんないの」

 互い違いに説明するフリソスとプラティナを前にして、モヴはふむと、状況を把握する為に思案した。


「つまり、魔獣と魔物の違いがわからないのだな」

「まじゅーは、ちょっとわかる」

「あぶない、どーぶつなんでしょ」

「動物と限られた訳では無いがな。そのようなものだな」

 スマラグディがこの場にいたならば、モヴも神殿育ちの世間知らずであるからして、色々と突っ込みを入れたくなる母子の姿である。

「ならば、何を知りたいのだ?」

「まものってなに?」

「よくわかんないの」

「ふむ……」

 娘たちの疑問に深く頷き、彼女は更に説明した。

「魔物とは生きてはおらぬもの……アンデッドと呼ばれる不死者が最も数が多い。死した屍やその魂と呼ばれる残留思念が魔力によって具現化したものであるが……」

 娘たちが首を傾げている様子を見て、モヴは、ある種短絡的な結論を出した。

「うむ。言葉のみの説明を聞くよりも、実際に実物を見て、体験する方が良かろう」

「ん?」

「そうなの?」

 黄金色の眸でどこか遠くを見るような顔をして、モヴは他の只人が見ることのないものを見通していく。

 やがて彼女は、自分が見通したものに満足そうに微笑んだ。

「己が知らぬことに興味を持ち、学ぼうとすることは善きことだ。学ぶが良い」

「ん?」

「ん?」

 同じ仕草で首を傾げる二人の娘の前で、モヴは一人満足気に頷いていた。


 かつてモヴは、スマラグディの元に行く為に、神殿からあっさりと抜け出してみせた。彼女は、妙なところで行動力を発揮する天然さんなのである。

 彼女の能力を用いれば、娘たちの安全を確信した上で、神殿の奥から抜け出すことすら可能となる。

 とはいえ今回モヴは、娘たちを『外部』には連れ出していなかった。


「モヴ?」

「なぁに、ここ?」

「神殿の中でも、此処に来る者はめったにおらぬな。此処は歴代の神官の墓所だ」

「ぼしょ?」

「土地の力が強いことと、葬られた者の力が強いことが理由なのか、多く幽霊(ゴースト)が出現することで有名でな」

 すたすたと歩くモヴの足取りには、全く怯えといったものはない。状況がよくわかっていないフリソスとプラティナも、初めて訪れる場所という興味はあったが、モヴの後ろを、とてとてと、ついて歩いていた。

「ちゃんと護符を身に着けていれば、危険はない」

「ん?」

 にっこりと微笑んだモヴは、娘たちをひょいと前に出した。つるつるとした急な角度のついた石の床が、二人を自動的に階下へと運んで行く。

「ぴゃっ!?」

「ふぇっ!?」

「ちゃんと道沿いに進めば此処まで戻って来れる故、頑張って励んで参れ」

 少なくともスマラグディがいれば、何故に娘たち二人だけを送り出したと突っ込みを入れる暴挙であった。

 ひらひらと手を振る母親を見上げて、フリソスとプラティナは、起こった事態を把握する間もなく墓所の奥へと滑り落ちていったのである。


 それまで父親という絶対的な守護者に慈しまれて育った二人は、自分たちが『悪意』や『害意』というものを鋭敏に察知する能力があることを知らなかった。

 それこそいずれ魔王となると予言を受けた二人が授かった、『運命に護られている』という能力の萌芽であったが、それを理解する者は誰もいない。


 全ての生者への羨望と妬みが怨念へと姿を変えた、そんな幽霊(ゴースト)の思念の只中に放り込まれたプラティナが、まずパニックになった。

「ぴゃああぁぁぁぁあっ!!」

 フリソスは、母親の言い付け通り護符をぎゅっと握りしめ、若干冷静ではあったのだが、幽霊(ゴースト)の群れに悲鳴を上げたプラティナの声にびくっ。と跳ね上がる。

 それが引き金になった。今の今まで涙目で留まっていたフリソスであったのだが、怖がりの妹に引っ張られるように涙腺を決壊させた。

「ぴゃぁぁあああぁあっ!!」

 後は姉妹仲良く手を繋ぎ、泣きながら全力疾走するだけであった。


 腰を抜かして自失しないだけ、この姉妹の肝は据わっているとも言えた。


「ふむ」

 全力疾走で戻って来た二人の足音に、モヴは満足気にうんうんと頷いた。我が子たちの先行きには、多くの困難が待ち受けている。その時きっと自分は娘たちの隣にはいないだろう。だからこそ、どんな困難も己の力で乗り越えて貰わねばならない。

『災厄の魔王』の側には常に死の影が色濃く付きまとっている。

 不死者に対しても耐性を持っておくことは、娘たちが己の身を護るために必要なことだ。


 かつて『二の魔王』と相対して、少なくはない心の傷を負っていた少女は、甘やかし上手な愛する人の助力もあって、メンタルを強靭に育てていた。

 考え方が、トラウマに真っ向勝負を挑んで乗り越えるべし、となっていた。天然故の恐ろしさである。


「天なる光よ、我が名のもとに我が願い叶えよ、道を迷いしものを導く標となれ《死霊浄化》」

 ふわりと紫の髪を翻し、一息で浄化の魔法を紡ぐ。生来強大な魔力を有するモヴは、たった一度の詠唱で、娘たちが背後に連ねていた幽霊(ゴースト)を問答無用でなぎはらった。


「ぴゃぁぁ」

「モヴーっ」

 母親に抱き付き泣きじゃくる娘たちをよしよしと撫で、モヴは良い笑顔で言い放つ。

「今のが幽霊(ゴースト)だ。死霊(レイス)のように自我も無い、さほど危険ではない存在だ」

 規格外の浄化の魔法をあっさりと繰り広げられるモヴにとっては、確かに幽霊(ゴースト)の百や二百、恐れる必要は無い。

「とはいえアンデッドとは、幽霊と分類されるものに限られる訳では無いぞ」

 娘たちも、母親譲りの天然ぶりは引き継いでいたが、現在の母親の笑顔に不吉な予感だけは覚えることができた。


 だが、一歩遅かった。


「より、学ぶが良い」

 ばーん、と、モヴは自分の背後の石造りの扉を開け放った。

 そこにはカタカタと乾いた音を立てる無数のスケルトンがひしめきあっていた。

「ゾンビともなると、外見だけでなく悪臭が酷いものでな。このあたりから慣れるのが良いだろう」

 相変わらずモヴはマイペースな笑顔のままだった。


 プラティナだけでなくフリソスも、これは最初からアウトであった。

 実体の無い幽霊(ゴースト)と異なり、実物が眼前でカタカタ揺れているのである。受けるインパクトは比ではなかった。ただただ二人で抱き合って、ぷるぷる震えることが、二人に出来る唯一の行動なのである。


 寝所にいない娘たちを捜していたスマラグディが、この現場に到着したのは、直後であった。

 捜索系の魔法で娘たちの行方を探ったスマラグディであったが、現場に到着するまでは別の困難が伴った。神官ではない彼は、墓所への立ち入りを制止されたのである。

 制止した者は、自らの職務に忠実であっただけだったが、スマラグディに精神的にぼこぼこにされ退けられるという余談を残した。父は強かった。


 スマラグディが見たのは、もう声も無く、ひとかたまりになって震える愛娘たちの姿だった。

 父親の姿を見ても、立ち上がることすら出来ずに、二人で恐怖を分け合っている。

「モヴっ!」

 スケルトンすらたじろがせる気迫の、スマラグディの叱責の声が、墓所の内部に響き渡ったのであった。



 こうして無事保護されたフリソスとプラティナであったが、しばらく二人は暗いところには行くことが出来なくなり、卒業していたおねしょを再発させた。

 母親の愛の鞭は空回って、求める成果は出なかったのである。


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