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片方だけのガラスの靴  作者: 雨柚
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後編

 王子様は、シンデレラが舞踏会に行かなくても追いかけてくるくらいが良いと思います。

 外堀から埋めていくタイプのヒーローとか、個人的に美味しいです!

「……ディ、シンディ!」


 ぼんやりと窓の外を眺めていたら、姉に名前を呼ばれた。彼女の様子からすると、何度か呼ばれていたらしい。

 つい沈み込んでしまいそうになる思考を押し留めて、姉に向き直る。


「何?姉さん」


 視線を合わせて首を傾げると、姉の目には気遣うような色が窺えた。


「……最近、どうかしたの?元気がないような気がするけど…」

「ええ?そんなことないわよ?……姉さんってば、心配しすぎ」


 内心で鋭い姉にギクリとしつつ、努めて明るい声を出す。

 魔法使いのことも、舞踏会のことも……ルイスのことも。家族には話していない。…話すことでもない。


「それならいいけど……。もし、何かあったら言いなさいよ?

 あと、心配くらいさせてちょうだい」


 “私はあなたの姉なんだから”と続ける姉に、彼女が姉で良かったとつくづく思った。


「ありがとう、姉さん」


 父が亡くなってから多くのものを失ったが、私は今を幸せだと思える。

 ……たとえ、彼と縁が切れても。




 なおも心配してくる姉に気が引けたので、自室に戻った。

 台の上に置いた包みにそっと手を伸ばす。包んでいた白い布を取ると、あの日から残ったままのガラスの靴が現れた。


 ……何でこれだけ消えないのよ。


 汚れることもなく輝く靴を恨めしく思いながら、ひとりごちた。


「こんなに綺麗じゃ捨てることもできないじゃない。……ばかルイス」


 靴も未練も、全部綺麗に消えてしまえば良かったのに。






 あの日――舞踏会の招待状を持って来た日以来、ルイスはここに来なくなった。噂によると、王太子は舞踏会で見初めた女性を探しているらしいので、可愛げのない幼馴染に構う暇もないほど忙しいのかもしれない。


「王太子の花嫁……だもの」


 噂の女性が見つかったら、待っているのは結婚。王太子の結婚ともなれば、国を挙げてのお祭り騒ぎになるだろう。


「…………っ」


 ルイスとその隣に並ぶ、物語の“お姫様”のような女性を思い描き、ツキリと胸が痛んだ。



   ◇◇◇



 ここ数日、街が騒がしい。どうやら、ルイスの――王太子の想い人を探しているらしく、街まで兵士が来ているそうだ。


 まだ見つからないの?


 これだけ大事になっても見つからないものなのだろうか。王太子の花嫁ともなれば自ら名乗り出そうなものだが……。


 ……私だったら。


 そう考えそうになって頭を振る。…考えても仕方のないことだ。


「おい、シンディ!」


 他のことを考えようと頭を切り替えていると、荒々しい足音と共に義父の声が聞こえた。


「何?何かあったの?」


 珍しく焦っている様子の義父に戸惑いながら、部屋の扉を開ける。すると、何故か嫌そうな顔の彼と目が合った。今にも舌打ちしそうだ。


「王子様がお呼びだ」


 …………どういうこと?






 義父と後から来た姉たちに急かされて、玄関まで来た。本当に何があったのかと、渋々…といった様子の義父とニヤニヤ笑っている二人の姉を見る。


「いいから、いいから」

「とりあえず外に出てみなさいって」


 姉は二人共何だか楽しそうだ。それと正反対な表情を浮かべた義父が玄関の扉を開けながら、私に向かって言う。


「本当に嫌だったら、断ってもいいぞ」

「だから、一体…」


 “何の話なの?”と聞こうとした言葉は中途半端に途切れた。


「久しぶりだな」


 目の前には、似つかわしくないあくどい笑みを浮かべた王子様がいた。そして、その後ろには見覚えのある暗い色のローブを身に纏った魔法使い。

 何が何なのか分からない私に、姉が説明を始める。…かなり、楽しそうに。


「王太子殿下は花嫁を探しているそうよ」

「その人しか履けない靴を履ける女性を探してるんだって」


 そう言って、魔法使いが恭しく持っている靴に目を向けた。つられて、私も視線を落とす。


「…………っ!?そ、それ!!」


 思わず指差してしまった。

 魔法使いが持っていたのは……片方だけのガラスの靴。舞踏会の日から残されたままの、あの片方の靴の対だった。


「ん?見覚えがあるのか?……じゃあ、お前が俺の花嫁かもしれないなぁ」


 わざとらしく、ルイスが言う。


「わ、私は舞踏会に行ってないわ」


 想像もしていなかったことに動揺しつつ、否定の言葉を紡いだ。ルイスが何を考えているかは知らない……知りたくないが、私が舞踏会に行っていないのは本当のことだ。


「ふぅん?まあ、これを履けばハッキリする」


 “なあ?”と魔法使いに同意を求めた。


 白々しい……っ!


 屋敷の外には人だかりができているし、ルイスと魔法使いから少し離れた所には城の兵士もいる。…そうじゃなければ、この王子様の足を思いっきり踏んでやるのに。


「そうですねー。これ、魔法がかかってるみたいですから、持ち主以外は履けないようですしー」


 魔法使いにいたっては棒読みである。


 “魔法がかかってるみたい”って、何よ!どうせ、あなたがかけたんでしょ!


「…………舞踏会に行っていない私が、履けるわけがないわ」


 言いたいことは色々あるが、とりあえず堪える。

 どうしてか、この靴を履いたらお終いという気がした。…ルイスの顔に浮かぶ笑みを見る限り気のせいではなさそうだ。


「まあまあ、そう言わずに。とりあえず履いてみてくださいって」

「嫌よ。……王子サマ、あなたが見初めたのは私じゃないわ」


 苦笑する魔法使いに冷たく返し、真正面からルイスを見る。私の言葉に何を思ったのか、機嫌良さそうだった顔が仏頂面に変わっていた。


「イーノス」


 ルイスは不機嫌そうな声を出し、魔法使いの方に手のひらを向ける。


「はいはい」


 一瞬理解が遅れたが、“イーノス”は魔法使いの名前だったらしい。ルイスに名前を呼ばれたイーノスは出された手の上に、彼が持っていたガラスの靴を置いた。

 ルイスはそれを受け取り、私に向き直る。


「鈍い」

「はあ!?」


 何の脈絡もなくいきなり貶され、腹を立てた私が言い返す前に、ルイスは思いもよらない行動に出た。…さっきから驚かされてばかりだ。


「あ、あなた、王太子でしょう!?」


 動揺するのも仕方がない。ルイスは私に……跪いていた。

 王太子が一介の小娘に跪いているのを見て、後方に控えている兵士たちもざわついている。ルイスの隣に立つイーノスは面白そうにこちらを眺めていた。家族の反応は……後ろを見る余裕がないので分からない。


「惚れた女に跪くんだ。身分なんか関係ない」


 不敵に笑いながら、けれど今までにないくらい強い口調で言うルイスに、考えていたことも忘れ頭が真っ白になった。


「…………っ!」


 何か言いたくても、言葉が出ない。

 “惚れた女”。彼のその一言が頭の中をぐるぐると回る。


「…………よし」


 硬直している間にルイスが私の左足を持ち上げ、ガラスの靴を履かせていた。私にしか履けないよう魔法がかけられているであろうその靴に、私の足が収まっている。

 “勝手にするなんて!”と非難しようとするが、その前にイーノスが大声で言った。


「おおー、ピッタリですね!これ以上ないってくらいピッタリです!!」


 声が大きかったせいで、兵士たちには聞こえたのだろう。後ろで騒いでいるようだ。

 その様子を満足げに見ているイーノスは“さて”と言いながら、どこからともなく出した杖を振るう。しかし、私の目には何かが変わったようには見えなかった。


「殿下、この方ですか?」

「ああ、彼女――シンディ・エリクソンが俺の花嫁だ」


 ルイスが高らかに宣言すると、不思議なくらい大きくその声が響く。もちろん、屋敷の周りの人だかりまで届いていた。


「うわ~。……王族の追い込みって、半端ないわね」

「まあ、シンディがそれで幸せになれるんだから、いいんじゃない?」

「…………だが、シンディはまだ何も言ってないぞ」

「父さんったら、往生際の悪い」

「娘の結婚式で泣かないようにね」

「…………っ!?」


 私の後ろでは、義父と姉たちが何か話している。


 ……結婚?結婚って誰が……。


 若干飽和状態の頭では、何が何なのか分からない。

 とりあえず、今の私にも分かることは……。


「もう逃がさないぞ?」


 今は悪辣に笑う王子様の腕から抜け出なくてもいい、ということだけだった。



   ◇◇◇



 周りの人々から何に対するものかよく分からない拍手を受けた後、私たちは城に来ていた。突然景色が変わったので驚いたが、イーノスが魔法で送ったらしい。

 ルイスの私室だという豪奢な部屋には、今は私と彼の二人しかいない。


「……身分が、違うわ」


 上機嫌に私を抱き締めているルイスにそう言う。自然と、拗ねているような口調になった。


「俺がそうしたいと望むんだ。何も問題ないさ」

「傲慢ね」

「権力者だからな」


 あなたはどこの暴君なのよ。


 王子という身分には確かに権力があるはずだ。しかし、澄まし顔でそう嘯く姿は“王子様”のイメージからほど遠い。王子=権力者という図式に違和感を感じる私は、自分で思っていたより少女趣味メルヘンチックだったのかもしれない。…まあ、王子というより……な態度のルイスに問題があるような気もするが。




「さてと。もう少しお前と共にいたかったが……」


 しばらく他愛もない言い合いをしていたルイスは、名残惜しそうに私から離れた。


「?……何かあるの?」

「お前の屋敷からそのままここにきたからな……。実は、まだ父上たちに報告していない」


 “何を?”と聞かなくても分かる。私のことだろう。

 ルイスの言う“父上たち”が国王と王妃だと思うと、何だか緊張する。


「私は行かなくてもいいの?」


「ああ。まだ、な」


 一応当事者として行く必要があるのではと思い、尋ねた。“まだ”ということは、これから先にその機会があるということだろう。

 そんなことを考えていると、あることに気付いた。


「ねえ」


 もう必要ない気もするが、このままだと流されたようで嫌だ。…それに、押されっぱなしというのも性に合わない。


「ん?どうかしたか?」

「私、まだプロポーズされていない気がするのだけど」

「………………俺としては派手な求婚をしたつもりなんだが」


 確かに、派手ではあったわね。


 芝居の一部のようなあの一幕を“プロポーズ”と言うのであれば。


「じゃあ、返事はいらないわよね」

「断る気なのか?」


 憮然として言う彼に、悪戯心を刺激された。今の私は、かなり意地悪そうな顔をしているに違いない。


「プロポーズ次第かしら」


 にんまりと笑ってそう答えると、からかわれている自覚があるのか、ルイスは苛立たしげに髪をかきあげる。


「…………」

「…………」


 無言で、視線が絡む。


「…………はあ」


 長くも短くも感じる沈黙を破るように、ルイスが溜め息を吐いた。

 私に引く気がないと悟り、折れたのだろう。彼の顔つきが真面目なものへと変化する。つられて、私も襟を正した。


「お前が好きだ」


 飾ることを忘れたような“王子様”らしくない、けれど彼らしい言葉。

 言っても言われても、何かが壊れてしまう気がしていた。でも、壊さないで欲しいと思う以上にその言葉が欲しかった。


「愛してる。俺と結婚してくれ、シンディ」


 返事は最初から決まっている。


「はい、喜んで。……私も、愛してる」


 ずっと。

 王子様がガラスの靴を持って来るずっと前から、この瞬間(とき)を夢見ていた。





 これで完結。

 ここまで……といっても二話しかないんですが、読んでくださってありがとうございます。


 もしかしたら、シンディの姉や魔法使いなどの脇役を主役にした話を書くかもしれません。…きっとその頃には、ルイスはシンディの尻に敷かれていることでしょう。

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