番外編 機動戦士ガンダモ MOBILE SUIT GUNDA◯×□△
このお話はゾック・シンドロームを制作する過程で、悪ノリ悪ふざけの類が大はしゃぎしてしまった挙句歯止めの利かないブレーキ痕の無い事故現場のようなものとでもお考えくださいませ。
第一話「なんて読むの、これ」
目が覚めたら、知らない天井だった。
——いや、天井ではない。
カリーナ・パールヴァティ伍長は、まず自分の身体が仰向けになっていることを認識した。背中が硬い。金属の床。冷たい。空気は薄く、微かに機械油の匂いがする。暗い。非常灯の赤い光だけが、狭い空間をぼんやりと照らしていた。
(……ここ、どこ)
身体を起こそうとして、二つのことに気がついた。
一つ目。自分がほとんど何も着ていない。インナースーツの薄い一枚だけ。軍服はない。靴もない。
二つ目。すぐ隣に、人がいる。
「——っ!」
反射的に飛び起きた。頭を天井にぶつけた。金属の鈍い音がした。痛い。
「……静かにしろ」
聞き覚えのある声だった。低い。温度がない。精密機械のような声。
ヴィンター・ノイマン少尉が、壁にもたれて座っていた。同じくインナースーツ一枚。ヘッドセットだけは——なぜか、ちゃんとつけていた。
(なんでヘッドセットだけあるの……!?)
「少尉。ここ、どこですか」
「わからない」
「わからないんですか」
「わからない」
(この人がわからないって言うの、初めて聞いた……)
カリーナは周囲を見回した。狭い空間。四方を金属の壁に囲まれている。計器パネルのようなものが正面にあるが、電源が落ちている。座席が二つ——操縦席と、その後ろにもう一つ。足元にペダルのようなものがある。天井からレバーのようなものがぶら下がっている。
「少尉。これ——コックピットじゃないですか」
「ああ」
「何のコックピットですか」
「わからない」
「さっきからわからないしか言ってないですよね」
「わからないものはわからない」
カリーナは操縦席の横を見た。壁面のラックに——衣服が掛けられていた。二人分。畳まれて、きちんと並べてある。
連邦軍の軍服だった。
(……連邦軍? なんで——)
「少尉。これ、連邦の軍服です」
「見ればわかる」
「私たちジオンですよね」
「ああ」
「なんで連邦の軍服がここにあるんですか」
「わからない。だが着ろ。インナースーツ一枚では行動に支障が出る」
(支障とかそういう問題じゃなくて——寒いんですけど——)
カリーナは軍服に手を伸ばした。——サイズがぴったりだった。ヴィンターの分も、ぴったりだった。
(……誰が用意したの、これ)
「なんで連邦の軍服がここにあるんですか」
ヴィンターは黙って壁の方を向いた。
着替えを済ませて、まず電源を入れることにした。
コンソールのメインスイッチを探した。ヴィンターが計器パネルの下部にあるトグルスイッチを見つけて入れた。
非常灯が消え、メインモニターが青白く灯った。コックピット全体が照らされた。
正面モニターに外の光景が映った。
宇宙だった。
星。暗闘。遠くに——地球が見えた。青く、丸く、雲を纏って浮かんでいる。そのさらに向こうに、月。
(宇宙——。私たち宇宙にいるの——?)
「少尉。宇宙です」
「見ればわかる」
「地球が見えます」
「ああ」
「月も見えます」
「ああ」
「私たち——なんでこんなところに——」
「わからない」
(またわからない——!)
カリーナはコンソールを見た。計器パネルが並んでいる。推力計。姿勢制御表示。武装ステータス。——モビルスーツのコックピットだ。間違いない。だがどの機体のコックピットなのか、見覚えがない。
メインモニターの下部に、機体名称のプレートがあった。金属製。刻印されている。だが——
「少尉。これ、なんて読むんですか」
カリーナはプレートを指差した。
文字が刻まれている。だが、フォントが——おかしい。独特すぎる。装飾的というか、芸術的というか、要するに読みにくい。しかも文字の一部に、別のロゴが重ねて刻印されている。歯車と縦線を組み合わせたような——
(これ、MIP社のロゴ——? なんで機体名の上にロゴが被さってるの——?)
カリーナは目を凝らした。
RX-78——ここまでは読める。その後が問題だった。GUNDA——ここまでも読める。その次の文字が、MIPのロゴの歯車に完全に潰されていて判読不能。最後の文字は——丸い。〇にも見える。ムにも見える。モにも見える。
「ガンダ……モ?」
カリーナは首を傾げた。
「いや」ヴィンターが横から覗き込んだ。「これはモではなくムかもしれない。だがMIP社のロゴマークがフォントに重なっているせいで判読できない」
「ガンダム?」
「ガンダモかもしれない」
「どっちですか」
「わからない」
「また——!」
「文句を言っても文字は読みやすくならない」
(誰だよこんなデザインにしたの——!)
「とりあえず——ガンダモ、でいいですか」
「好きに呼べ」
「ガンダモ。……なんか締まらない名前ですね」
「名前はどうでもいい。動くかどうかが問題だ」
動いた。
——ただし、動き方がおかしかった。
ヴィンターが操縦席に座り、カリーナが後席に収まった。操縦桿を握ろうとして——操縦桿がなかった。
「少尉。操縦桿がないんですけど」
「ある」
「どこに」
ヴィンターが天井からぶら下がっているレバーを指差した。
棒だった。縦に長い棒。下端にバネがついている。グリップが上部についている。
(……これ)
「これ——ホッピングじゃないですか」
「ホッピングだ」
「操縦桿がホッピングなんですか!?」
「そのようだ」
ホッピング。地球の子供が公園で遊ぶ、あのホッピング。バネ付きの棒にしがみついてぴょんぴょん跳ねる、あの遊具。それが——操縦桿の代わりに、モビルスーツのコックピットの天井からぶら下がっている。
(嘘でしょ——)
「少尉。ペダルも見てください」
足元のペダルは——自転車のペダルだった。クランクがついている。漕がないと回らない。
「漕ぐんですか」
「漕ぐようだ」
「漕いだらどうなるんですか」
「推進力が得られるのだろう」
「自転車じゃないですか!!」
「自転車ではない。モビルスーツだ」
「モビルスーツにペダル漕ぎはおかしいでしょ!!」
「おかしいが、他に推進手段が見当たらない」
カリーナは天を仰いだ。天井にはホッピングがぶら下がっていた。
(……ジオンのジックの方が百倍マシじゃない? あれだってポンコツだったけど、少なくとも操縦桿はちゃんとした操縦桿だったし——)
「少尉。こんなので宇宙を飛べるんですか」
「やってみないとわからない」
「その台詞、一番怖いんですけど」
ヴィンターはホッピングのグリップを握った。足をペダルに乗せた。
漕いだ。
ギシ、ギシ、ギシ——クランクが回る音がコックピットに響いた。ペダルが重い。ヴィンターの額に汗が浮かんだ。
機体が——動いた。
ゆっくりと。信じられないほどゆっくりと。
メインモニターの外の星景が、かすかに動いた。推力が発生している。ペダルを漕いだ分だけ、機体が前に進む。
「……動いてます。動いてますけど——」
「遅い」
「遅いですよね」
「遅い」
「ですよね」
ヴィンターは黙ってペダルを漕ぎ続けた。ギシ、ギシ、ギシ。汗が落ちた。無表情のまま。食パンと牛乳で管理された肉体が、モビルスーツを自転車のように漕いでいる。
(——この人、真面目にやってるの。大真面目に。この人はいつでも大真面目なの。それが、なんかもう——)
「少尉。交代しましょうか」
「いい。俺が漕ぐ」
「いいですけど——どこに向かうんですか」
ヴィンターはヘッドセットに手を当てた。ペダルを漕ぐ足は止めなかった。
「……前方。十一時方向。何かある」
「何かって——」
カリーナはモニターを見た。暗い宇宙。星。月。——月の影に、何かが見えた。
丸い。
巨大な、球体。月の裏側——地球からは絶対に見えない位置に、灰色の球体が浮かんでいた。表面に構造物が張り付いている。アンテナ。砲台。格納庫のハッチのようなもの。
(——あれ、何……?)
「少尉。あれ——」
「見えている。超大型の母艦——いや、移動要塞に近い。全長は——計測不能。月の影に隠れている」
「あの中に入れるんですか」
「入れるかもしれない。格納庫のハッチが開いている。——あそこなら、与圧区画がある可能性が高い」
「入りますか」
「入る以外に選択肢がない。このガンダモの酸素残量はあと三時間だ」
(三時間——!)
「少尉——漕ぐの速くできませんか」
「漕いでいる」
「もっと速く!」
「これが限界だ」
「私も漕ぎます!」
「後席にペダルはない」
「ないの!?」
一時間半かけて、ガンダモは球体に辿り着いた。
開いていた格納庫のハッチに、滑り込むように入った。ペダルでの微調整は絶望的に難しく、三回壁にぶつけた。格納庫の内壁にガンダモの白い塗装が擦れた跡が三本残った。
格納庫は与圧されていた。空気がある。
(助かった——)
ハッチが背後で閉じた。自動だった。格納庫の照明が灯った。薄暗い。だが、見えた。
格納庫は——広かった。信じられないほど広かった。
天井が遠い。壁面にキャットウォーク。クレーン。ケーブル。そして——大量の機体が並んでいた。見たことのないものばかり。コンテナ。資材。ドラム缶を横に並べたようなポッド——ヴァンツェだ。数十機。埃をかぶって放置されている。
そして格納庫の奥に——
白い機体。
丸い。巨大なクロー。メガ粒子砲のバレル。見間違えるはずがない形状。
「少尉——あれ——」
「ジック一号機だ」
ヴィンターの声が変わった。半トーン低く。
「……なぜ、こんな場所に」
(ジック一号機——あのポンコツが——こんな場所に——)
ガンダモを格納庫の隅に着地させた。ペダルを止めた。ホッピングから手を離した。エンジンが止まった——いや、クランクが止まった。
「降りるぞ」
「了解。——少尉」
「何だ」
「このガンダモ、壊しちゃダメですよね」
「壊すな。後で使うかもしれない」
「使うんですか——あのホッピングを——また——」
「降りろ」
コックピットから降りて、カリーナは初めてガンダモの全身を見上げた。
白い装甲。長い脚。肩部装甲。頭部にV字のアンテナ——のようなもの。全体的なシルエットは悪くない。むしろ、格好いい。
(……外見は格好いいのに。中身がホッピングなのに——)
「少尉。あのジック一号機の方に行くんですか」
「ああ。——だがその前に、一つ話しておくことがある」
ヴィンターは立ち止まった。格納庫の床に立って、カリーナの方を向いた。
(——この人が自分から「話す」のは、珍しい)
「この母艦——何者が運営しているのかはわからない。だが、ジック一号機がここにあるということは、Gmadが関与している可能性が高い」
「Gmad?」
「ジオン開発局付きの特殊部門だ。金のためなら何でもする。連邦にもジオンにも技術を流す死の商人のような連中だ」
「死の——」
「そして——ジック一号機は、ただのモビルスーツじゃない。人間をコアとして接続するインターフェースが組み込まれている」
(人間を——コアに——?)
「俺の妹が——エリカが——この近くにいる」
「……妹、さん」
「ヘッドセットの向こうから声が聞こえる。ずっと聞こえていた。この場所に来る前から。エリカが——助けを求めている」
カリーナはヴィンターの目を見た。無表情。温度のない声。でも——目の奥に、あの色があった。怒りでも悲しみでもない、もっと深い何か。
「俺は、エリカを助けに行く。——お前は、ここで待っていてもいい」
「待ちません」
「危険だ」
「知ってます」
「なぜ来る」
カリーナは少し考えた。
「……さっき、一時間半もペダル漕いでる少尉の背中見てたら——なんか、放っておけなくなりました」
(——嘘じゃない。嘘じゃないけど、全部でもない。でも今は、これでいい)
「行きましょう。妹さんを探しに」
ヴィンターは一秒だけカリーナを見た。
「……ガンダモは格納庫の隅に置いておけ。目立たないように」
「了解。——少尉」
「何だ」
「ジック一号機、乗るんですか」
「乗る」
「また漕ぐんですか」
「ジックにペダルはない」
「よかった——!!」
ジック一号機のコックピットは、ガンダモのそれとは全く違った。
通常の操縦席がある。操縦桿がある。ペダルはクランク式ではなく、まともなスロットルペダル。
(文明的——!)
だが、操縦席の横に——あのカプセル状の装置があった。半透明の繭。内壁の電極パッド。首筋用、両側頭部用の接続端子。
(——これが、人間をコアにするっていう——)
「見るな。今は乗るだけだ」
「了解……」
ヴィンターがメインスイッチを入れた。ジック一号機のセンサーが青白く灯った。ホバーが吹いた。浮いた。
——そして傾いた。
「傾いてます少尉!」
「わかっている。操縦系の反応が重い。この機体はエリカ用に調整されている」
(エリカちゃん用——少尉じゃ完全に扱えない——?)
「六割で動かす」
「六割で大丈夫なんですか」
「大丈夫じゃないかもしれない」
「正直すぎます!!」
ジック一号機が格納庫の壁に向かってクローを振り上げた。
「少尉——まさか——」
「壊す」
「やっぱり!!」
クローが壁を叩き潰した。金属とコンクリートが砕け散った。向こう側に通路が見えた。
ジック一号機は止まらなかった。次の壁を壊した。天井の配管を引きちぎった。水が噴き出した。蒸気が上がった。
「すみません——!ちょっと通りますよ——!」
カリーナは外部スピーカーで叫んだ。返事があるはずもなかったが、叫ばずにはいられなかった。
母艦の内部を、ジック一号機は壊しながら進んだ。壁を壊し、部屋を突き破り、通路を潰し、何もかもをなぎ倒しながら。
ヴィンターの目は真剣だった。ヘッドセットの向こうから聞こえる声を頼りに、妹を探していた。
カリーナの目も真剣だった。——ただし、さっき突き破った部屋にカレーの匂いがしたことが、どうしても気になっていた。
(——食堂壊したかも。ごめんなさい。本当にごめんなさい)
(第二話に続くかどうか不明(?))
ご視聴ありがとうございました。




