第14話 大切な人
「どうしよう……。装備が無かったら素材集めになんて行けないじゃない」
自宅に戻ってきてからも、エリシアはずっと焦っていた。
椅子に座っているエリシアは、テーブルに突っ伏しながら悩まし気に足をバタつかせた。
「エリシア、そんなに思いつめなくてもいいんじゃないか?」
確かにこのままでは薬の材料は手に入らない。
けれど、今のエリシアの焦燥ぶりは見ていられないほど酷かった。
とにかく落ち着かせようと声をかけてみたが、エリシアは鋭い視線を返してきた。
「早く兄さんを助けたいんだもの。仕方ないでしょう?」
「でも、よく考えてみろよ。魔物と戦って素材を集めるなんて危ないじゃないか。下手をしたらオレたちまで命を落とすかもしれないんだ」
エリシアにとって、シオンがたった一人の肉親なのは知っている。
それでも、薬の材料集めは自分の命を賭けることになる。
危険な手段を選んで、死んでしまったら元も子もない。
「もっと調べれば、他の方法が見つかるかもしれないだろ? 装備もないんだし、これからゆっくり調べていけばいいじゃないか」
気が逸っているエリシアを宥めようとしたつもりだったのだが、彼女はますます語気を強めた。
「兄さんは今もたった一人で夢の世界にいるんでしょう? そんな悠長なことしていられないわっ!」
「気持ちは分かるよ。だけど、今はなにもできないんだ。もっと冷静になったほうが……」
つられてこっちまでパニックになりかけていると、エリシアは悲しそうに俯いた。
「兄さんが戻って来なかった時のことを考えたら、どうしようもなく胸が苦しくなるの」
沈痛な面持ちで、ポツポツと言葉を紡ぐ。
「もう家族がいなくなるなんて嫌なのよ。兄さんを助けるために私が身体を張るくらい、どうってことない。このまま何もしないでいるなんて耐えられない!」
「っ……」
エリシアの睨みつけるような鋭い視線に、思わず身が竦んだ。
「あなただって、元の世界に家族を残してきているんでしょう?」
エリシアは激情に任せて、疑問を口にしていく。
「元の世界に戻れなかったら、もう一生会えないのよ? なのに、どうしてそんなに平然としていられるの?」
「それは……」
エリシアの問いかけに言葉が詰まる。
元の世界にいた頃は、オレのことを顧みてくれない家族なんて、いらないと思っていた。
だけど、こちらの世界で過ごすうちに考えが変わっていった。
家族がいない生活の寂しさや、今までの暮らしがいかに恵まれていたかを知った。
そして、夢の中でシオンが語った言葉。
「カケルの家族は君を励ましているんだ。待ってるんだよ。君の帰りを」
今思えば、嬉しかったんだ。
本当にみんながオレを待ってくれているのか、気になってしまった。
家族の気持ちを確かめたくなってしまった。
だから、元の世界に戻るために、シオンに協力することを決めたんだ。
でも、エリシアは違う。
エリシアは自分の命を差し出せるくらいにシオンのことを大切に思っている。
自分の命と家族を天秤にかけるなんて、考えたこともなかった。
オレは自分が大切にされるかどうかばかり気にしていたんだ。
だから……。
「あなたは家族のこと、好きじゃないの?」
エリシアにそう尋ねられて、すぐに答えが出なかった。
オレが何も言えずにいると、エリシアは不意に視線を外した。
「ごめん……。言い過ぎたわ。ちょっと苛立っていたの。忘れて」
「オレの方こそ、悪かった。エリシアの気も知らずに……」
お互い顔を見ることもできず謝罪の言葉を言い合う。
一瞬の沈黙の後、エリシアがすぐにいつもの調子で口を開いた。
「明日、もう一度リオール先生の所に行ってみましょう。あなたの言う通り、なにか別の方法があるかもしれないし」
「ああ。そうだな」
短く同意の言葉を返す。
そして、いつも通り夕食の準備を始めたエリシアを手伝おうと、オレは立ち上がった。




