第12話 薬屋の魔女
オレはエリシアと連れ立ってテセイオ村の東の外れへと足を向けた。
そこには巨大な樹の根元にくっつくように建てられた小屋があった。
「ここがライラさんの薬屋よ」
エリシアが先頭に立って小屋の扉を開けると、奇妙な芳香が鼻を突いた。
今までに嗅いだことのない香りだ。
強い臭気なのに刺激は少なく、どことなく甘い感じがする。
「おや。お客さんかい?」
小屋の奥にあるカウンターから声がした。
どこか気だるげな口調だというのに、その声は妙につやがあった。
目をやると、そこにはとんでもない美人がいた。
真っ黒な長髪で顔の左半分が隠れているけど、それでもハッキリと分かるほどの美貌。
20代と言われても違和感がないほど若々しい外見だけど、50代と言われても通じるような老成した雰囲気も感じる。
不思議な女性だ。
暗い色の右眼が、じっとオレの顔を見つめている。
その視線に釘付けにされたみたいに棒立ちしていると、エリシアが一歩前に進み出た。
「ライラさん、今日は相談があって来たんです。まずは話を聞いてもらえますか?」
「ふうん? なんだか深刻そうだねぇ。構わないよ。聞いてあげようじゃないか」
そうしてエリシアが事の顛末を話し終えると、ライラさんは興味深そうにオレの全身を眺めまわした。
「シオンの中身が別人、ねぇ。ワタシがここにいて良かったじゃないか。そんな与太話、誰も信じないよ?」
特に疑う素振りも見せないライラさん。
これが大人の余裕という奴だろうか。
「じゃあ、協力してくれるのか?」
「テセイオ村は色んな事情のあるヤツばかりの場所だからねぇ。異世界からの来訪者だとしても、困ってるなら助けるのが当然さ。まあ、さすがにタダってわけにはいかないけどね」
オレの問いに答えながら、ライラさんは相変わらず珍しいものを見るようにこちらを凝視している。
「ところで、キミ。名前は?」
「あー、えっと。恵本翔琉……です」
「カケル。右手を出して」
「えっ?」
突然の要求にビックリしてしまう。
「ふふっ。そんなに怯えなくていいのよ? 怖い事なんかしないわ」
ライラさんはおかしそうにクスクスと笑う。
なんだか子ども扱いされたみたいで、ムッとしつつ手を差し出す。
ライラさんの人差し指が右手の甲に触れる。
「ふむふむ。ふうん。なるほどねぇ」
独り言のように呟いて納得しているライラさんはなんだか嬉しそうだ。
「なにか分かるんですか?」
エリシアが尋ね、ライラさんはオレの手から指を離した。
「まあ、ほんのちょっぴりだけどね」
ライラさんは居住まいを正して、こちらに向き直る。
「キミの魂は今、激しく揺らいでいるの。普通ではあり得ないくらいにね」
「魂?」
「そう。今、シオンの身体にはキミの魂が憑りついているのさ」
魂の存在なんて信じていた訳じゃないけど、なんだか腑に落ちた気がする。
魂が入れ替わったというなら、オレとシオンの身に起きた現象も説明はできそうだ。
「そして、キミの魂とその身体は、まだ馴染んでいない。なにか別のモノに強く引かれてる」
ライラさんの視線が、オレではないなにかを捉えるかのようにわずかに動いた気がした。
「きっと、元の世界にある本当の身体へと戻りたがっているんだろうね。今の器から魂が飛び出そうとするくらいに」
「じゃあ、オレとシオンは元の世界に戻れるのか?」
つい大きな声で尋ねてしまう。
ライラさんはフッと口元を緩めた。
「焦らないの。1つ確認だけれど、キミは夢の中でシオンと会ったのよね?」
オレが首肯すると、ライラさんは考え込むように目を伏せた。
「夢の中で会えたのは、身体が眠ったことで2人の魂が肉体を離れて共鳴したから。といったところでしょうね」
ライラさんは羽ペンを手にして、紙になにか走り書きし始めた。
「より深い眠りが必要になるわ」
ライラさんはブツブツと喋りながら、メモを書き続ける。
「生命活動を停止する寸前。いわば仮死状態になることができれば、2人の魂はおのずと元の身体へと引き寄せられるはず」
彼女の呟きを、自分の言葉で整理してみる。
「つまり、もう一度死にかけたら元に戻るってことか?」
手を止めたライラさんが口の端を上げた。
「察しがいいじゃないか。その通りだよ」
「でも、そんなことどうやって……」
ライラさんはさっき書いていたメモ書きをオレに手渡してきた。
「ワタシの魔法薬なら、できないこともないよ。ちょっとばかり貴重な材料が必要になるけどね」
オレは渡されたメモに目を通してみる。
「なんか妙なものがたくさん書いてあるけど、なんなんだこれ?」
「『昏睡の薬』の材料だよ。それがあれば、安らかな死に限りなく近い、眠りの深淵へと誘う魔法薬を作ってやれる。本当に死ぬわけじゃないから、安心して使える優れものだよ」
ライラさんは目を細めてニヤリと笑った。
「試してみるかい?」




