18話 雨は上がり、地固まる
雷鎚との戦いは終わった。
圧倒的な戦力差だったが、何度も成章に助けられて、雷鎚を狩る事が出来た。
しかし、そんな番狂わせの勝利に酔う事も無く、俺の心は妹を失った悲しみで、深く沈んで居た。
「……」
降り頻る雨に体を押されて、ゆっくりとその場に座り込む。
成章を拾った事により、成り行きでもののけの狩人になった。
狩人初心者にも関わらず、初日で大物を狩った事で、やっていけると思った。
その結果が……これだ。
「……秋名」
彼女の名を呼び、視線を落とす。
大切な俺の妹。
俺が狩人として油断せずに、直ちに山を降りる様に指示して居れば、こんな事にはならなかった。
「どうして……俺は……」
己の未熟さに絶望する。
何故こんな事になった?
こんな事になった切っ掛けは……何だ?
(……成章!!)
そう思い、成章を降り被る。
こいつを捨ててしまえば、俺はもののけの狩人では無くなり、普通の生活に戻る事が出来るだろう。
儲けの少ないバイトに明け暮れて、大した充実感も得られない、ただ生きるだけの生活に……。
「……」
結局、投げずにその場に置く。
成章は何も悪くない。
悪いのは、甘い考えでもののけの狩人になった、俺自身だ。
「やっと見つけたあ!」
後ろから声が聞こえて来る。
この声は……未来か。
「え? て言うか、何これ!?」
こちらに向かって騒ぎ立てる。
どうやら状況を理解していない様だが、俺にはそれを説明する気力が無い。
「先生! 皆! こっちです!」
未来の掛け声で、後ろから感じる気配が増える。
正直、うざったい。
俺の事は放って置いてくれ。
「これは……まさか、一狼君が一人で雷鎚を狩ったのか?」
兵子に言葉を投げ掛けられたので、仕方なく返答する。
「……違います」
「でも、他に誰も居ないよ?」
「居るさ。ここに」
ゆっくりと成章を指差す。
俺は成章のナビ通りに動いただけだ。それ以上の事は何もして居ない。
「狼さん。成章は道具です。ですから、雷鎚を狩ったのは、狼さん自身の力です」
「……そんな事、どうでも良い」
「いや、そうもいかない」
それを言ったのは、山本兵子。
「雷鎚を単独で狩るという行為は、前歴が無い。この狩りは狩人衆に報告されて、君は歴史に名を残す事になるだろう」
悪いが、それは勘弁してく欲しい。
俺は有名になりたくて、もののけの狩人になった訳じゃない。
「一狼凄いよ! 殿堂入りだよ!!」
「ふむ、私もこんな事になるとは思わなかった」
「おめでとうございます。ですけど、私は同じ狩人として、少し悔しいです」
皆が背中に向けて語り掛けてくる。
もう止めてくれ。
俺は運が良かっただけの未熟者で、皆が言う様な立派な狩人では無いんだ。
「それで!? この雷鎚はどうする!?」
「素材は上質だからな。頭皮やヒレは衣装に使って、後は金に変えれば良いだろう」
「私は少し食して見たい気もします」
「大丈夫! 一狼はきっと皆に振る舞ってくれるよ!」
勝手にすれば良い。
俺はもう雷鎚に興味は無い。
「ね! 秋名ちゃん!」
「うん、私ももののけの味には興味がある」
そんなに食べたいなら食べれば良い。
俺は妹を殺した奴の肉なんて……
「しかし、本当に凄いな。秋名君もこんな兄を持って、鼻が高いだろう」
「そんな事は無い。普通の一兄さんだ」
「私にも兄が居ますが、不仲なので二人の関係が羨ましいです」
「他は知らない。うちはうち。それだけ」
ゆっくりと顔を上げる。
そこに居たのは、緑色のカッパを羽織った、見慣れた女子。
「秋名!?」
「うん、秋名です」
「うんじゃねえーよ! 何でここに……!」
「最初から居た」
「いや! 雷鎚に潰されたんじゃ……!?」
フードを外してこちらを見る秋名。
そして、一言。
「避けた」
……
はい、俺の苦悩終わり。
「お前……」
大きくため息を吐き、秋名を見詰める。
「無事だったのなら、直ぐに教えてくれよ」
「無理。あんなのが居たら普通は逃げる」
「まあ、そうだけど……」
「わざわざ戦った一兄さんは普通じゃない」
「それは! お前が……!!」
途中まで言い掛けて止める。
「おやおやあ? もしかして一狼は、妹の敵討ちをしたつもりだったのかなあ?」
茶化してくる未来。
俺はうんざりして頭を掻いた後、ハッキリと言った。
「そうだよ。だから、雷鎚を狩ったんだ」
本当にそれだけ。
それがなければ、あんな大物と一人で戦う訳が無いだろう。
「一兄さん、私の為に頑張った……」
「あ! 駄目だよ! 兄弟恋愛禁止!!」
「一兄さんは私の嫁」
「嫁!? 旦那じゃないの!?」
二人のやり取りに、思わず顔が綻ぶ。
本当に良かった。
これで俺も、もののけの狩人として、もう一度頑張る事が出来る。
「ふむ、冗談はこれ位にしておこうか」
パチンと手を鳴らす兵子。
全員が会話を止めて、兵子の方を見る。
「さて、これから我々には、解決しなければならない事が二つある」
真剣な表情。
どうやら本当に真面目な話のようだ。
「まず一つ目。秋名君の単独入山の件だ」
それを聞いて、俺は思い出す。
霊山に入る場合、狩人は必ずバディを組まなくてはならない。
それを考えると、知らなかったとは言え、単独で霊山に入った秋名の行為は、処罰の対象だ。
「この件に関しては、私が揉み消す事にしよう」
対象だったが、一瞬で解決した。
「まさかの力技!?」
「うむ。秋名君、これから姫山に入る場合は、必ず狩人を一人以上同行させる事。それと、後で探索用の怪物を渡すから、必ずそれを持って山に入るように」
「え!? 一般人が入って良いの!?」
俺の言葉を無視して頷く秋名。
こいつ……絶対にまた姫山に入るぞ。
「それと、二つ目」
兵子がこちらに向く。
「これは勿論、一狼君が単独で、雷鎚を狩った件についてだ」
それを聞いて、俺は眉をひそめる。
先程も言った通り、俺は秋名の敵討ちをする為に雷鎚を狩っただけ。有名になりたかった訳では無い。
それ以前に、雷鎚を狩れたのは、成章が優れているからであって、俺自身はまだ半人前なのだ。
「あの……俺が雷鎚を単独で狩った事も、揉み消せませんか?」
「残念ながら、それは不可能だ。狩人は霊山で狩った獲物を、公表する義務がある」
「それじゃあ、殿堂入りと言うのは……」
「どうやっても取り消せない」
それを聞いて、思わず顔をしかめる。
「因みに何ですけど、殿堂入りしてしまうと、どういう特典があるんですか?」
「そうだな。まずは免許の更新だ。一狼君は一階層制覇の実力があると判断されて、第二種免許が与えられる」
「それって、例の他の霊山でも狩りが出来るって奴ですか?」
「うむ、それだ」
思っていたより恩賞が低かったので、内心ホッとする。
「それと、上級狩人による大規模狩猟の召集がある」
「ほら来たよ! 身の丈に合わない奴!」
「そうだな。ハッキリ言って、今の一狼君の実力からして、大規模狩猟はまだ早すぎる」
「じ、辞退は出来ないんですか……」
「当然、不可能だ」
「ですよね!」
今回の件で実力不足が明確になった筈なのに、結果だけが知れ渡ってしまい、最前線に投入さるパターン。
これは、完全に死亡フラグだ。
「秋名、済まない。どうやら兄は、死地に足を突っ込んでしまった様だ」
「死にゲーおつです」
「命が軽い!」
秋名の冗談に苦笑いを見せる。
そう、これは死にゲー。何度でも生き返る事が出来る。
しかし、それを許容してしまったら、俺は本当の狩人にはなれない気がする。
何故ならば……
(……生き返る事は、自然の理に反している)
俺は霊山に住むもののけでは無い。
一つの命で生きている、普通の人間なのだから。
「良し。私の話はこれで終わりだ」
兵子がふうと息を吐き、近くに置いてあった篭を背負う。
「何はともあれ、今日は色々と大量だった。これを持ち帰って、大量祝いのパーティーでもしようではないか」
その言葉に全員が喜ぶ。
雨の姫山での狩りは、これにて終了だ。
戦果は未来達が釣った魚と、俺が成り行きで仕留めた雷鎚。
中々に大漁と言える成果だろう。
(やれやれ……)
小さくため息を吐き、秋名の事を見る。
皆と楽しそうに話をして居る秋名。
無愛想な妹ではあるが、彼女はどんな時でも、普通に場に馴染む事が出来る。
そう。いつでも、『普通』に。
「一兄さん」
秋名に呼ばれてゆっくりと立ち上がる。
既に体は限界で、足元がフラフラする。
それでも、その影は秋名に見せない。
「うん」
それこそが、兄としての努め。
普通の妹に返す、普通の兄としての行為。
そうやって、俺達二人はバランスを取り合い、これからも生きていくのだろう。
「帰ろうか」
そう言って、俺は微笑む。
秋名も微笑む。
そして、皆も微笑む。
俺の大切なものは、今、目の前にある。
だから俺は、それらを全力で守ろう。
例えそれが、命懸けの狩りだとしても。
それこそが、俺の『普通』なのだから。




