エピローグ
適当に切って、ほっこり蒸したカボチャを丁寧に裏ごしする。
ほくほくの香りが漂うこの瞬間が、好きだ。
砂糖とミックススパイス、溶き卵を入れて、牛乳を少しずつ加えながら滑らかになるまで混ぜ合わせる。
パイシートを敷いておいた型に、できたフィリングを盛り込んで。
「あとは、オーブンで焼くだけ~♪」
千景は鼻歌を歌いながら、型をオーブンに入れる。
「ただいま。アイス買ってきたよ、パンプキンの」
母の声に、玄関に向かった。
「お帰りなさい。クッキーとチョコレートも買ってきてくれた?」
あらいい匂い、と母の声が軽く弾む。
「もちろんよ。今年も、ハロウィンパーティーしないとね、叔父さんと」
叔父が亡くなったのは、千景が4歳のハロウィンだった。
その当時のことは、長い間、はっきり思い出せなかった。
思い出したのは、パニック障害の心理的治療を試みていた時のことである。
原因は、自分にあった。
叔父は、幼い自分をかばって、車にひかれてしまったのだった。
治らなくてもいい、と思った。
知らなかった時よりずっと、苦しかった。
何もかもが、許せなかった。
叔父が自分のせいで亡くなったことも、それを忘れていたことも。
何をしていても、その時のことが急に心に襲ってきて、動けなくなった。
何日も涙が止まらなくて、ごはんを食べられなくなった。
そんな時の、ハロウィンの前の夜だった。
千景がその王子様の夢を、見たのは。
見たこともない、カボチャパンツにタイツの笑えるスタイルの王子様は、笑えるくらいにイケメンだった。
けれど、その王子様は確かに 「チイちゃん」 と呟いたのだ。
「俺はここで幸せになるから、チイちゃんもちゃんと幸せになるんだよ」
そんな都合の良い夢はいらない。
なぜか、そうは思えなかった。
本当に、叔父さんがそう願ってくれているような気がして。
幸せになっていいなんて、思ってはいけない……と思うのが、申し訳ないような気になった。
そして、千景のパニック障害は段々と、治っていった。
翌年のハロウィンの前の晩に見た夢では、王子様は新婚だった。
奥さんと幸せそうにイチャイチャとパンプキンパイを食べさせあいながら、やっぱりそっと呟いていた。
「チイちゃん、ちゃんと幸せになったかい?」
母が食卓のテーブルに叔父さんの遺影を飾る。
それに軽く手をあわせ、「顔は全然似てないのになぁ」 とひとりごちた。
叔父さんは極めて普通のフツメンだったのだ。
似てるとしたら、優しいところかな。
おぼろげに覚えている。
何回でも千景がねだるだけ、同じ童話を読んでくれたことを。
エプロンを着けつつ、母が当たり前のように尋ねてきた。
「今年もパンプキン王子の夢、見たの?」
「うん、チェチーリア王女が4歳になってた。デレデレのお父さんやってた」
「面白いね」
母も『パンプキン王子』の話を聞くのが好きなのだ。
「さ、お父さんが帰ってくるまでに、軽く仕上げちゃいましょ。ニョッキにサラダ、それからグラタンとスープ」
母と2人で、テーブルをご馳走で埋め尽くす。
チーン、とオーブンが澄んだ音を立てた。
扉を開けると、熱い空気と共にカボチャとスパイスの良い匂いが広がった。
手早く上から蜂蜜を塗って、粉糖をかける。
「ふふふ……じゃーん!」
百円ショップで見かけた王冠の型紙を使えば……
一気に、プロはだしの粉糖デコレーションの完成!
『パンプキン王子のパンプキンパイ』だ。
「あら、腕をあげたわね」
母が笑った。
出来上がったパイを、テーブルの真ん中に置く。
(今年は上手にできたな。来年は、もっと上手になりたい)
パンプキン王子ほど立派じゃないけれど、今、周りにいる人たちくらいは、幸せにできる大人になりたい。
パンプキンパイから、ゆらゆらと立ち上る湯気の向こうで、黒い枠に囲まれた若い叔父さんの顔が、笑っているような泣いているような、けれどもやっぱり笑っているような。
そんな感じに、歪んで見えた。
勝手に贈呈:秋の桜子さま
(お見舞いFAありがとうございます!)
本編はこれにて終了です。
よんで下さった皆様へ。ハッピーハロウィン♪
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