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「何が狙いだ?」――アントニオ・タレリオ エトルリア軍国防参謀長は言った。

「我々はな、戦車を売りに来た」


 トルファンの言葉に、レオノラは怪訝そうに顔をしかめた。


「戦車ぁ? あなたのところのブレンカが執着してたあの新兵器のことなの?」


「ああ。35式中戦車ヒポタス。クリスティー主任技師を中心に作成された傑作だ。だが……」


 トルファンは言葉を濁す。そして小さく目配せをした相手は


「あんなぁ、イリリアはついこの間まで生産において戦時動員かけとったんは知っとるよな? ちびっこ提督」


 産業大臣、レディナ・パシャだった。


「まあ。実際戦争してたの。陸さんの装備不足もあったし……。あとちびっこって言わないでほしいの!」


「まあ国家の財と技術と人員を総動員したこの期間に作れた戦車ってのがな……、一台やねん」


 ため息が漏れる。


「ま、言ってまえば当然やな。小銃だの大砲だのの生産もせなあかんし、戦車はもう軽戦車のカラカルがおる。カラカルもライセンス生産始めたけど、そのうえで中戦車作れるほど余裕もないっちゅーこっちゃ」


「でも……売っていいの? 結構欲しがって、開発にも苦労してたのに」


 レオノラが顔をしかめるが、トルファンは表情を変えることはなかった。


「ああ。それに……」


 


 イリリア・エトルリア陸軍当局首脳会談は翌日の朝に執り行われた。エトルリア語の話せないトルファンは、通訳を通じて相手の、アントニオ・タレリオ国防参謀長の言葉を聞いていた。


「なるほど、よぉわかりました」


 アントニオ参謀長はたくわえた髭を撫でる。


「つまり、お宅が開発した戦車の設計図、うちに売ってくれる、ちゅうことですな?」


「ええ。貴国がイストラ戦線において苦戦した理由の一つは、機動力であると元帥もお判りでしょう。ヒポタス中戦車は、貴軍に多大な機動力を与えることに違いありませぬ」


「ふん……」


 アントニオはしばらく考え込むようにうつむく。トルファンは内心、冷や汗をかいていた。


(まったく、なぜ儂が外交の真似事などせねばならんのだ)


(ファイトやで! トルファン)


 隣に控えるレディナは小さく声援を送り、すぐにアントニオに向き合った。


「いかがでっしゃろか、アントニオ元帥。うちの戦車、ええ出来やろ?」


「確かに。だけど、エトルリア本土じゃ使えるかわからんね。うちは山がちだし」


「おお! それは偶然、イリリアもやねん、山ばっかやのは!」


 レディナはわざとらしく手を叩いた。


「でもでもぉ~?」


「……実地試験の結果、勾配のきつい山道であってもヒポタスは満足のいく機動力を見せました。整地最高70キロは出せます。貴国のエンジン生産技術なら、更なる能力向上も認められましょう」


 街の押し売りのごときテンションのレディナに若干辟易としながらも、トルファンは説明を続ける。


「すでに資料はそちらに送付させていただいたはずです。参謀部の部員たちも反応も良いと聞いておりますが?」


「はぁ、まったく口の軽い奴もおったもんだわい」


 アントニオは眉をしかめながらも、観念したように背もたれに寄り掛かった。


「この戦車、ヒポタスはええ戦車やと思う。戦車の開発に苦戦しとるうちにしたら、喉から手が出るほど欲しいといってもええ。……だがね?」


 アントニオは眉をひそめた。


「何が狙いだ?」


「…………」


「基本、うちとお宅の関係は信頼関係なんて言葉で表せるもんじゃなかっただろうに。急にこんな虎の子の設計を売る、なんち言われても、そりゃ裏を疑うんは仕方ないやろう」


「……さすが元帥。お察しの通りですな」


 トルファンは軽く唇を持ち上げた。


「貴国で生産したカラカル中戦車のうち、生産量の10パーセントを我が国に納入して頂きたい」


「他人の金と設備で自分の軍を整備したいっちゅーことか。中々図々しいの」


「それほどでも」


「褒めてないわ」


 アントニオは吐き捨てた。


「1割はむりじゃい。5分……。生産量の5パーセントじゃな」


「話になりませぬな。我が国が二個戦車連隊をそろえようというのを知ってのお言葉か?」


「あえて言うが、他人の金で自分の軍をそろえようとしとる奴の言葉か?」


「…………」


「…………」


 二人のにらみ合いが続く。


 トルファンは一瞬だけ、アントニオから視線を外した。彼の奥にあるエトルリアと、エトルリアが保有する植民地の地図に。


「貴国植民地のトリポリタニアや東アフリカは、機甲戦力がものを言う土地では? 連合王国領北ナイルの機甲軍団は増強を続けていると聞きますがな……」


「…………。ふん、確かに、な」


「はたから見ていて、貴国の機甲部隊はまだまだ貧弱。連合王国の横やりで、ヴィッカースやシュコダとの取引もできていないのでしょう。そのような状況下でゼロから戦車を開発したとして、それを使えるほどそろえるのにどれほど時間がかかりますかな。それも、連合やフランクを相手にできる水準のものを」


「…………。まったく、痛いとこをところを突く奴だな、貴殿も」


 アントニオは観念したように緊張を解いた。


「確かに、機動力、機甲戦力の整備は我が軍喫緊の課題であることは、フルバツカ戦争でも証明された。……アリア将軍よ。貴殿らと貴国の申し出、前向きに受けよう」


「ほんまか!」


 黙っていたレディナが前に躍り出る。


「おう。ただ1割はさすがに無理だ。7分と言ったところでどうだな?」


「せやったら、3パーセントはいくらか割引で売ってくれへんか! それで手ぇ打とうやん!」


「……よし、わかった。それで行こう」


「よしっ! ほな契約書のほうが……」


 レディナがどんどん話を進める中、自分の役割を終えたトルファンは、大きく息を吐いた。そして壁にかけられた時計を見る。


「大変だろうな、向こうも」



 海軍協定は、エトルリア王国海軍省で、ミーナ海軍大臣がイリリア側全権代表として出席していた。


「せ、潜水艦はやっぱり……」

 

 ミーナが向き合う相手は、王立エトルリア海軍参謀部運用部長その他海軍高級参謀だ。


『協定にある通り、駆逐艦13隻、砲艦2隻、魚雷艇24隻、フリゲート艦11隻。そのほか雑種船20隻。無償供与と有償供与6対4の割合で、これ以上の譲歩はありません』


 部長はきっぱりと言い切る。


 イリリア海軍省は、潜水艦の保有を目指してエトルリア側と粘り強く交渉していたが、その成果は芳しくなかった。


 ドゥラス沖事件で駆逐艦ザグレブを一撃で撃沈した潜水艦の威力に着目し、その入手と運用を真剣に検討していたイリリアだが、その試みはエトルリアに何度も阻まれている。


 地中海において、エトルリアはほぼ唯一にして最強の潜水艦保有国。その戦略的優位は計り知れない。そんなエトルリアが、そうやすやすとイリリアの潜水艦保有を認めるわけがなかった。


「旧式艦の購入も……」


「残念ながら、我が海軍に売りに出せる潜水艦はありませぬので」


「そうですか……」


 ミーナは落胆して肩を落とす。


「わかりました。では以上の内容での締結を……」


 その時、イリリア側のスタッフの一人がこっそりと部屋を出た。


『カモメよりミサゴへ。葉巻は品切れ』


『ミサゴよりカモメへ。しけもくを探す』



 外務大臣のエルザはローマ市内のとある高級レストランの個室にいた。


 彼女が向き合うのは、フルバツカ国講和使節団の一人だ。彼女は球のような汗を流して言った。


「……この額の賠償金はいくら何でも」


「別に全額金で出せっていってるわけじゃないわ。不足分は実物でも可。なんならスクラップでも」


 エルザはにやりと笑って言う。


「もちろん、実物賠償になった場合、その資産価値はうちから出す調査団に鑑定させる。まあこの辺は、明日の大統領との直接交渉でも話が出るでしょうね」


「…………」


 フルバツカ使節は顔を見上げた。このエルザの言葉に、違和感を覚えたからだ。


 そもそも外交交渉に事前折衝は不可欠だ。フルバツカ・イリリア講話交渉もある程度までは外務省職員らによる交渉が行われており、ここ数日でかなり詰まってはきていた。


 しかしここにきて、エルザという、いわばイリリア外務当局の親玉が直接出てきたうえ、こんな場所での秘密交渉に乗り出してきたのだ。これはかなり異例である。


 しかし次のエルザの言葉で、彼女の疑念は晴れることになる。


「もしあなたたちがこれを譲ってくれるなら、鑑定値はかな~りあげられるんだけど」


「なるほ、ど……」



 三者三様の外交が行われている中、イリリア共和国最高権力者のユリアナ・カストリオティ大統領はと言うと、


「……………」


 ホテルで一着のドレスと向き合って、いやにらみ合っていた。

閲覧、ブックマーク、ご感想、評価等、いつもありがとうございます!季節の変わり目はへばりやすい作者ですので、少々更新に間が空いてしまいました。申し訳ありません。体調には気を配りつつ、ぼちぼちと今まで通り続けていきたいと思います。応援のほど、よろしくお願い致します。

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