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「……敵の勲章なんか」――チーナ・カガノヴィッチ海軍大佐は言った

 ユリアナはドレスをじっと睨んでいた。


 薄い紫色のレース生地で、長いスカート、袖なし、胸のフリルと装飾自体はいたってシンプル。だが肩から胸元を大胆に開いたデザインが目を引く。今見えているのはマネキンの白い布地だけだが。


「……ことにルカさん?」


 ユリアナはドレスから目を離さずに口を開いた。


「これはなんですのん?」


「訛ってますよ大統領」


 ルカのツッコミもユリアナの耳には入らない。


「ルカ、なにこれ」


「今回のために新しく仕立てたドレスです。時代の最先端を行くデザインを取り入れました」


「何やってんだよ。お金どうしたの? 税金とかだったら怒るよ?」


「使ってませんよ。自分のポケットマネーです」


「何やってんだよホントに」


 思わずあきれ顔が表情にでる。


 だがそれに負けるとも劣らない顔で、ルカが詰め寄った。


「大体ですね! あなたが式典用のドレスを全然持ってないのがおかしいんですよ!」


「あるじゃん! 前着たじゃん!」


「あれぐらいでしょう! 同じドレス着ていったら国際的な恥ですよ!」


「私のドレスなんか誰も覚えてないやい!」


 このドレスは、今晩予定されているエトルリアの戦勝記念パーティーに出席するために用意されたものである。


 各国大使や王侯貴族、女王からエトルリア政財界の大物まで出てくる大規模なパーティーに、ユリアナはイリリア共和国代表としてお呼ばれしているのだ。


「大体何!? このうっすい布切れは! なんでこんなに肌色見えてんの!」


「いいじゃないですか。あなたスタイルはいいんですから」


「バカ! 変態! セクハラ野郎!! あと80年したら世論に袋叩きにされるぞ!!」


「何を訳の分からないことを……」


 うぐぐ、と言いたげにドレスを睨むユリアナ。


「大体大統領……、なんだってそんなにドレスを嫌がるんですか? 今まで着てこなかったわけでもないでしょうに」


「いやこんなに胸も肌も出すのはさすがに着たこと無いし……。恥ずかしいんだよ。ルカは着れるの? これ」


「いや俺が来たらおかしいでしょう」


 ユリアナ自体、ぶっちゃけ女性としてこの世界に生まれて割と長い為、女性らしい格好というのも慣れてきてはいる。


 30年代のこの時代、ユリアナの前世であったような露出の多い格好自体まだまだ少ないということもあるし、なんなら人に見られていることも気にしない性格だからだ。


 だがパーティーとなると話は別だった。


 あそこはどれだけ自分を見せるかが勝負の場所であり、女性はいかに女性らしく、男性はいかに男性らしく見せるかを競い合っている。


 その上、上流階級のパーティーと言うのは一種出会いの場でもあり、そこに来る人々はなんかこう、ギラギラしているのだ。そのギラギラが、ユリアナは大の苦手だった。


 あんな恰好をしてそんな場所に行けば、そこそこ見女麗しい部類に入るユリアナは、まさに腹ペコの猛獣の檻に入れられたエサそのものだ。『イリリア共和国大統領』という肩書も魅力を高めるのである。


「ルカは私を食い物にさせる気かー!!」


「あんた逆にとって食っちゃうタイプでしょう」


「失礼な」


 どこまでの冷淡なルカに、ユリアナは涙目になりつつもしぶしぶ受け入れるほかなかったのだった。



 楽団の生演奏がBGMとして鳴り響く迎賓館の大広間では、たくさんの人間が談笑にふけっていた。


 豪華絢爛という言葉がふさわしいこの部屋には、これまた華美な服装の人々が集まっている。王族、大物政治家に全体主義党幹部から財閥のトップまで。まさしく、大国エトルリアを象徴する場だ。


「いやはや、イリリアの名は今我がエトルリアでは超有名ですよ。なんでもこのご時世にかなり景気が良いとか。まさしく閣下のご手腕の賜物ですわね」


「いえいえ、貴国のご協力があっての成果です」


 そのまま飛んで行ってしまいそうなほどの羽飾りをつけた婦人に話しかけられ、ユリアナは会釈とともに社交辞令で返す。相手はたしか、エトルリアを代表する重工業の社長。イリリアとも取引があり、無下にはできない。


 社長は後ろにいたほっそりとした若い青年を前に押し出す。


「ところで、こちらは私の愚息ですのよ。何分箱入りなもので、世間知らずなのですが。もしよろしければお宅ですこし面倒を見て頂いても?」


「あー、そうですね。前向きに善処してみます、ええ」


 乾いた笑みとともに、ユリアナはそっとその場を離れた。


 一人でうろうろしてると誰かしらにつかまるため、ユリアナは足早に料理が並べられたところに移る。そこで、自らの同行人の一人を見つけた。


「あれ、何してんの? チーナちゃん」


「……いや、別に」


 壁にもたれかかりパイプを燻らせていたのは、チーナ・カガノヴィッチ海軍大佐だった。


 フルバツカ戦争の発端、ドゥラス沖海戦の主役になってしまった駆逐艦『アリシア』元艦長のチーナは、この事件の功績を認められ、エトルリアからサヴォイア軍事勲章の騎士勲章が授与された。これを受け取るためにわざわざ同行したのだ。


 しかし、チーナは腕に喪章を巻き、授与式も、その後のエトルリア女王との懇親会でも一切笑みを浮かべることがなかった。


「本当は今すぐにでも放り投げたいんだけんどな。……敵の勲章なんか」


 チーナは胸に輝く銀色の勲章を指ではじく。金属の音が小さく響いた。


「チーナ大佐。場をわきまえな」


 ユリアナは小さく、そして短く叱責した。


 ドゥラス沖海戦で、アリシアはフルバツカ駆逐艦『ザグレブ』から直撃弾を受け沈んだ。30人近い人間が、共に水底に沈んだ。


 その『ザグレブ』は直後に、エトルリア軍潜水艦の雷撃を受け大破。そのままエトルリアに拿捕されている。


 この一連の事件を巡って、イリリア海軍内部では『エトルリアはアリシアがやられるのを待ってから、『ザグレブ』を攻撃したのではないか』という見方が広がっていた。


 エトルリア本土までかなり接近していたにもかかわらず、増援がなかなか現れなかったこと。アリシア轟沈の直後に攻撃が行われたことが理由だ。


 もちろん大統領府でもその可能性は研究されていた。陰謀説のような話だが、『同盟国の損害』という自国には一切被害のないやり方で世界から同情を集め開戦の口実を作り、潜水艦の威力をより効果的にアピールすることで、地中海での影響力を見せつけることが目的だったのでは、という結論が出されていた。


 もちろん、証拠もなにも何もない話なので、一切言外にしないようユリアナは言明してはいたが。


「…………。どちらにせよ、私は部下と船を殺した。海軍としては最悪の人間だ。だからさっさと辞めて」


「人手不足だからやめろって話はさんざんしたでしょ? 海軍の大規模増強が控えてるのに、ただでさえ層の薄い指揮官が止められたら困るんだよ」


「だが……」


「しつこいですね、あなたも」

 

 低い男性の声がした。チーナが一瞬顔をしかめる。


「うるせえよ、ラミズ」


 元アリシア副長のラミズ・エディが松葉杖をついて駆け寄ってきた。


「これ以上大統領の手を煩わせるつもりですか? レオノラ提督もミーナ提督も説得に当たって下さったというのに」


「あんときは大変だったよねぇ。最終的にレオノラちゃんもミーナちゃんも辞めるって言いだしたしさー。海軍総辞職の危機だったし」


 もちろんそんなことになればユリアナへの責任追及も免れないので、無理やりにでもチーナとラミズを残し、英雄に仕立て上げる必要があったのである。


 ただチーナの方は、本人たっての希望から懲戒処分を下し、陸上の艦隊司令部付に転任させている。


「でもまあ、ありがとうね。チーナちゃんが来てくれたおかげで、エトルリアにイリリアの貢献を直接見せることが出来た。これからの交渉もおかげでうまくいくよ」


「あたしみたいなのが役に立つなら、いくらでも使ってくれ……。たぶん、あいつらへの供養にもなるだろう。ただ……、ここにはもう来ねえぞ」


「ん。そこは配慮する」


「あらあらぁ~。もしかして、あなたはカストリオティ大統領閣下ではありませんこと?」


 唐突に声をかけられた。ユリアナははじかれたように背筋を正す。チーナも敬礼をした。目の前に、恰幅の良い女性が立っていた。年齢は40代程度。金髪を華麗に後頭部で結い上げ、高級なドレスを着ていた。


「あなたは……」


「お初にお目にかかりますわね。私、エトルリア駐在のアングロサクソン連合王国大使を務めております、シャーロット・トクヴィルですの」


「初めまして。イリリア共和国大統領のユリアナ・カストリオティです。いや、まさか連合王国大使もいらっしゃっていたとは」


 ユリアナは素直な感想を口にした。


「我が国のフルバツカ戦争に対する立場は一貫して中立ですもの」


 トクヴィル大使は肩をくすめた。


「ああ、そうでしたね。不勉強なもので」


 艦隊をアドリアの入口まで出してくる国が中立かどうかはさておき、確かに連合王国とエトルリアの関係は、表面上それほど悪化していない。だからこのパーティーに招待され、かつ参加していても不思議な話ではなかった。


「いえいえ。ですが、かの高名なカストリオティ閣下にお会いできてうれしいですわ。よろしければいかがですか? どこか、二人きりでお話しませんかしら?」


「二人きり、ですか?」


「ええ。駆逐艦のことについても、色々とお話しなくてはいけませんし……」


 ユリアナはやられた、と心の中でつぶやいた。


 連合王国で建造することが決定した新型駆逐艦。連合王国海軍主力艦の設計と武装を流用した建造計画に、連合王国政府が噛んでいないわけがないのだ。


「……うちの海軍とヴィッカース社の方で話が付いていたと聞いていたんですけどねぇ」


「いえいえ、私、軍艦と言うものが好きでして。ぜひイリリア海軍が導入する新型艦のお話もお伺いしたいなぁ、と」


 トクヴィルは白々しく言う。


 だが、連合王国とのパイプを築けるチャンスだ。ユリアナはさらに柔和な笑顔を浮かべた。


「ぜひ、よろしくお願い致します。トクヴィル大使」



閲覧、ブックマーク、評価、ご感想など本当にありがとうございます!!

お、おおお、お久しぶり、ですね……。ちょーっと6,7月バタバタしておりまして、このような事態となってしまいました。8月にかけては、以前ほどのペースでは更新できないかもしれませんが、ゆるりと続けていけたら、と考えておりますので、ゆっくりお付き合いいただければ幸いに思います。

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