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「これより戦闘に突入する」――チーナ・カガヴィッチ駆逐艦アリシア艦長は言った


 閣僚たちは自分の省庁に待機していたので、閣議は予定通り執り行うことができた。


 ユリアナはルカの開始の合図を待たずしていう。


「ご存じのとおり、我が国ドゥラスの沖合でフルバツカ軍とエトルリア・イリリア両軍の衝突が危惧される状況が起きている。すでにフルバツカ艦は現場に接近しつつあり、時間的な余裕はない」


 険しい表情の閣僚たちを見回して、ユリアナはさらに続けた。


「私はこの事態に対し、今から対処案を提示する」


 討議、という最初の名目など、ユリアナは最初から考えていなかった。


「まず、私たちはエトルリアの支援につく。警護を求められれば警護につくし、その際の戦闘も辞さない。同盟条約に基づく正当な行為であることを、みんなには理解してほしい」


 閣僚たちからは軽くどよめきが上がった。質問をするために手を上げようとしたものもいたが、ユリアナはそれを目で制す。


「同時に……、我が国はエトルリアに対して、対フルバツカ開戦を進言する」


 これはどよめきでは済まなかった。悲鳴と怒号、驚愕。閣議室はハチの巣をつついたかのような状態に陥る。


「我々にとってっ!!」


 そのすべてをかき消すように、ユリアナは怒鳴った。演説で鍛え上げた声量は、閣僚たちの狼狽を一瞬で消し飛ばした。


「最も避けるべき事態は、我が国の生命線であるアドリア海で戦争が起きることだ。事態を受動的に見守れば、今やアドリア海戦争に発展する可能性は非常に高い」


 呆気に取られている隙に、一気に畳みかける。


「そこで、今私たちが執るべき最善の策は、当初の予定通り、イストラ半島で戦争が起こるよう仕向けること。それ以外の方法は考案する時間も、実行する手段もない」


「…………」


「何か異論のあるものは?」


 ユリアナは、1人1人をなめるように見回した。


「…………。陸軍として、大統領の方針には反対ではありませぬ」


 トルファン陸軍大臣が厳しい表情のまま口を開いた。


「国土が戦場になる事態は避けなければなりません。やるなら他所でやってもらわねばならない。貴女のおっしゃるほど上手くいくかどうかは疑問ですが、もはや別案を検討している時間はないでしょうな」


「理解してもらえてうれしいよ、トルファン」


 トルファン陸相の発言で、閣僚たちは賛成に傾きつつあった。もろ手を挙げて賛成というわけにはいかないが、じゃあ他に案があるのかと言われれば口をつぐまざるを得ない。


「じゃあ、この基本方針に賛成の者は挙手を」


 ルカが多数決を取る。日本と違い、イリリアは大統領が強い権限を持っているため、閣議決定は大統領の政策方針を拘束することはない。


 しかし、戦争という事態に直面するに至って閣内不一致を避けるため、わざわざ決を採ることにしたのだ。ルカの入れ知恵である。


 結局全員が手を上げ、事態対処のための基本方針は決定された。


「じゃあ、閣議決定に則り、海軍及び空軍に治安維持出動を命じる。陸軍は出動待機。予備役の招集を迅速に行えるよう用意しておいて。外務大臣は担当部署の人間を連れて私の部屋に」


――――――――――――


「艦長、大統領より、治安維持出動命令が発令されました。本艦には同盟国エトルリアの臨検活動を補佐し、それを妨害する勢力を退けるよう命令が来ています」


「それって……、接近してくる『ザグレブ』をいざとなっったら交戦してでも追い返せ、と?」


「ま、そういうことですね」


 ラミズ副長から受け取った電報の端書を眺めるチーナ艦長は、深いため息をついた。


「素直に帰ってくれると思うか? ラミズ副長」


「さあ? ザグレブの艦長が素直だったなら」


「…………。お前のそーゆーとこ嫌いだ」


「それは結構」


 チーナは苦い顔でラミズをにらんだ。その時、通信員がどたどたと走ってきた。


「く、クインティノ・セラより通信、『本艦は違法活動を行っていた貨物船『アクア・レディ』を曳航し、エトルリア本国のバーリ港に向かう。貴艦には本艦の警護を依頼する』とのことです」


「ああそうかい……。ああもう、まったく……」


 都合の良い警備員扱いされている感があり、どうも釈然としない顔のチーナだったが、ふぅ、と小さく息を吐くと、その迷いを吹っ切った。


「総員に次ぐ! これより本艦は政府の治安維持出動命令に則って『クインティノ・セラ』に同伴し、その警護活動を行う!」


 その言葉で、ラミズをはじめ、乗組員たちの顔が引き締まる。


「なお現在、フルバツカ国駆逐艦『ザグレブ』が接近中である。状況次第では戦闘になるかもしれない。しかし、我々に恐れるものはない! イリリア海軍の誇りを見せつけろっ!!」


 こうして、イリリア海軍駆逐艦隊、アリシア級駆逐艦アリシアは、戦場の海に向けて走り出したのだった。


 貨物船を曳航する『クインティノ・セラ』の後方に、アリシアはついていた。状況上、速度はそれほどあげられない。


 だから『ザグレブ』との邂逅は、予想よりもずっと早かった。


『4時の方向に艦影! ザグレブです!』


 見張り員の叫び声とともに、チーナは双眼鏡を手に艦橋から身を乗り出した。


 確かにそこには、灰色の軍艦が見えた。見張り員が続けて言う。


『て……、ザグレブ、速度20ノット。まっすぐこちらに向かっています』


「敵でいいぞ、とりあえず。向こうに信号送れ。文面は『停船せよ、もしくは転身し当海域より至急離脱されたし』」


 チーナの言葉を、発光信号が伝える。ちなみに、『ザグレブ』との交信はアリシアに一任されていた。そのための情報交換もすでに行われている。


 相手からの返信はすぐにきた。


「『我に貴艦の要請に従う義務なし。早急に貨物船を解放せよ』ですか」


「返答打て。『貨物船には違法行為の疑いあり。取り調べのためこれよりエトルリアへ移送する』」


「返答! 『この拿捕に根拠なし。早急に解放せよ。さもなくば実力を行使する』」


 実力を行使。この一文を聞いたとき、チーナは思わず唾をのんだ。その時、見張り員が伝える。


「……相手との距離、一五を超えました」


「相手の射程内か……。腕が良けりゃ当ててくるぞ……」


 しかし、こうなってもこちらにはどうしようもない。なぜならアリシア主砲の最大射程は一一。つまり11000メートルだからだ。今、『ザグレブ』はアリシアを一方的に叩ける位置にいるのである。


 ラミズはまっすぐザグレブを睨んで言った。


「どうしますか、艦長。この距離は危険です。速度を上げて逃げ切るか、…………。こちらの射程内まで接近するか」


「まあ待て。戦争しろっていってるわけじゃねえんだろ、提督も。あと1時間も行けば、エトルリア沿岸に到達する。そうすりゃ、エトルリア海軍の応援も来るだろう」


「そこまでが勝負、ということですか……」


「まあな。実際にここに来るのと、武力行使するってのじゃ話は別だ。そう簡単に」


 その時だった。『ザグレブ』の主砲が火を噴いたのは。


「針路そのままっ!! 衝撃備えっ!!」


 チーナがとっさに叫ぶ。発砲音が、少し遅れて聞こえて、


 轟音と共に、アリシアの百メートル右側で大きな水柱が上がった。


「撃ったっ!?」


 ラミズは信じられないと言った顔で着弾点を振り返る。


「わざと外した。警告のつもりかっ!」


「敵砲位角左30度っ! やっぱり外してきてます」


 バカにしやがって……。チーナは悔し気に呟くと、伝声管に向かって叫んだ。


「戦闘用意、戦闘右砲戦っ! 目標145度、距離十五のザグレブ右舷沖っ!」


 この掛け声で、水兵たちがアリシアの主砲、47口径10センチ砲が旋回する。


 しかし、ザグレブとアリシアの距離はこの砲の最大射程外だ。チーナもそれは承知していた。


「両舷前進微速」


 素早くそう命じる。この指示を受けて、アリシアの機関は速度を落とし始めた。


「撃ちますか? 同航戦なら射程内まで待ったほうが」


「いや、いい」


 ラミズが進言するが、チーナは指示を変えない。


「当てることは目的じゃない。今の俺らがすべきは時間稼ぎと威嚇だ。それに、のこのこ距離詰めるのを相手が待ってくれるとも思えん。こっちのアウトレンジから一方的に叩きたいだろ、やっこさんは」


「なるほど」


「二番砲発射用意よしっ!」


 砲術長からの報告を受けて、チーナは命じる。


「二番砲撃ち方始めっ!」


「……撃て――――っ!!」


 轟音と若干の衝撃とともに、後部甲板の主砲が火を噴く。チーナはすかさず言った。


「面舵15度。1番砲発射用意っ!」


 平行だったザグレブとアリシアの針路を、チーナはアリシアを右に曲げることで変えた。こうして、前方の1番砲も使用できるようになる。


「1番砲発射用意よしっ!」


「2番砲発射用意よしですっ」


「1番砲2番砲撃ち方始め! 以後別命あるまで発砲を続けろ。撃って撃って撃ちまくれっ!!」


 休みなく主砲が砲弾を撃ちだし、アリシアとザグレブの間に水柱を次々と生み出していく。


「艦長、相手との距離、まもなく一一を切ります!」


「九まで詰めろ。取舵一杯! 両舷前進全速。主砲撃ち方止め、電信員信号送れ、ザグレブに海域からの離脱を命じろ」

 

 アナリアは右に行っていた針路を大きく左に変更し、落としていた速度を一気に上げた。


 すると、さっきよりも近くにザグレブの砲弾が着弾した。衝撃でアリシアの船体が少し揺れる。


「……本格的に当てに来てるな、こりゃ。戻せっ! 面舵30度っ」


 チーナは双眼鏡でザグレブの主砲を見つめた。砲塔はこちらの動きに合わせて動いていた。


「はぁ……。ラミズ、本部に通信、『これより戦闘に突入する』」


 こうして、ドゥラス沖海戦が幕を開けた。

閲覧、ブックマーク、評価、コメント等、本当にありがとうございます!!

いやぁ、久しぶりですね、戦闘描写。ダルダニア事件以来十話以上ぶりぐらいです。今度はなんと海! 実は予定になかった戦闘で、作者が一番ひやひやしています。なぜここで戦争始めたぁ!!

ちなみにチーナ艦長の号令はイリリア海軍独自のものなので、『なんかちょっと違うぞ!』みたいなものは大目に見て頂けると嬉しいです。



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