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『フレル元少将を招待したい』――ブレンカ・プレヴェジ少将は言った


 ブレンカがそーっと大統領執務室を訪れたのは、スコダルに帰ってきた翌日のこと。


 ドゥラスでは、主に合衆国方面で調達した武器や人員の出迎えに行き、そのまま戦車開発のキーウーマンとなるクリスティー技師を技術工廠へと案内した。


 ドゥラス・スコダル間には鉄道が通っているが、二つともティラナとはまだ結ばれていない。おかげでバスに揺られての強行軍を強いられる羽目になったのだった。このせいで、戦時での軍の展開に若干の不安を覚えたという。


「あー、閣下。悪かったな、時間取らせて」


「いいんだよ全然。あ、でももうちょっと待って」


 ユリアナはルカの厳重な監視の下で、何やら書きこんでいるところだった。よく見ると、ユリアナの趣味である小説やコミックの類は端に寄せられ、書類の束が積み上げられている。


「いや、忙しいならいいんだ。後でまた来る」


「大丈夫大丈夫。もう終わるから」


 ユリアナは顔も上げずに言い、


「……はい、終わった! これでどうよ?」


「……はい、頂きました。これでようやく勲章が出せます」


 ルカもため息をつく。ユリアナがサインをしていたのは、三月に発表される共和国勲章を授与されるものに関する大統領令だ。ユリアナが面倒だから、という理由で後に押しやっていたところ、ルカがかんかんに怒ってやってきたのだという。


「やっぱさ、勲章の数多くない? 乱発はダメらしいよ?」


「ダルダニア事件に従軍した兵士! 経済分野で貢献してくれた企業人! 軍改革であれやこれやもありましたし、何より対外関係も充実した一年でしたからそりゃ多くなります!」


「だからってイルマ公使とかベアータ総帥にも出すかね、普通」


「公使も我が国への多額の投資及び支援を主導して下さった方です。ベアータ総帥はまぁ、あれですけど……」


 選定に何やら後ろ暗いことがあったらしい。ルカは歯切れ悪く口をつぐむ。


「とにかく、これは最大限絞り込んだ結果です。我が国の文化経済活動が活発化した証でもありますから。っていうか、貴女が早く取り掛かっていればこんない追い詰められずに済んだんですけどねぇ?」


「おーっと、ブレンカちゃんにも勲章出してるから! 授与式楽しみにしといてね」


「お、おう……」


 逃げの口実に使われたブレンカはたじたじになりながらも返事をする。


「っていうかあたしさりげなくネタバレ食らったような……」


「いいじゃん、すぐ発表するんだから」


 ユリアナはすたっと立ち上がると、スキップするようにバルコニーに出た。そしてコーラの瓶をケースごと持ってくる。広場に面した、式典の際に演説をしたりするような大統領府の顔ともいうべき場所にコーラが冷やされていることなど、国民は知らないだろう。


「この時期は外に出しとけば冷え冷えになるからいいねぇ。冷蔵庫がないのなんか気になんない」


「電気冷蔵庫、とやらですか。合衆国ではそこそこ普及していると聞いていますが……。そんなものこの国にはないでしょうね」


「その内みんな持つようになるよ、イリリアでも。まあ飲みなって、ルカにブレンカ」


 ユリアナは三本を取り出し、王冠を栓抜きで開ける。


 ブレンカもおもむろに受け取る。イリリアではあまりなじみのある飲み物ではなかったが、ブレンカは喉を駆け抜ける壮快感を味わい、思わず「ふぅ」と息を吐いた。


「じゃねえ!!」


「ぶっ!?」


 突如大声を上げたブレンカのせいで、ユリアナがコーラを吹きだす。


「閣下、戦車の件だが」


「あ、うん。クリスティー技師を見つけたのは情報部の働きだから、アデリーナちゃんにお礼言ってね? 投資に失敗して多額の負債抱え込んだままスラム街に逃げ込んでたとか何とかで……」


「違う、そうじゃねぇ。閣下さ、私が連合王国にいた時によく話聞いてた人がいたって話、知ってるだろ?」


 突然出てきた話に、ユリアナは顔をしかめながらも答えた。


「……機動防衛の着想を得た人だよね? フレルさん、だったっけ?」


「アン・フレデリカ・シャーロット・フレル。連合王国陸軍少将。機甲戦の創始者って言ってもいい方だったのにな」


 ブレンカの言葉には尊敬と感嘆が混じっていた。ユリアナは彼女の話に耳を傾けつつ、記憶の箱を探る。


 フレルは連合王国の軍人で、大戦争中に発明された新兵器、『戦車』を使った作戦を担当したのだという。プラン1919と名付けられた作戦は、機動力のある中戦車によって敵戦線を一気に突破し司令部を優先的に潰すという、後に電撃戦と呼ばれるようになる戦術を取っていた。


 18年に大戦が終結したためこの作戦が実行に移されることはなかったが、フレルはその後戦車戦術を出版し、世間の耳目を集めることになる。といっても国内ではなく人民連邦やドイトラントの戦車指揮官の、だったが。


「まったく、あんな方を手放すなんてあいつら何考えてんだか」


「辞めたの?」


「半ば辞めさせられたんだとさ。戦車戦理論の第一人者をラインラントの駐屯歩兵部隊にやるんだぜ? 連合王国軍は本格的機甲部隊創設をあきらめたみたいだな」


 ブレンカは便箋をぴらぴらと翻しながら呆れたように言う。どうもその手紙こそ、フレル元少将からのものらしい。


「で、そのフレルさんがどうかした?」


「ああ、こんどさ、国防大学校を設立することになったろ? そこの教官に、フレル元少将を招待したい」


 高級将校や指揮官の養成を目的に、これまであった士官学校に加えて国防大学校の設立が決定していた。陸海空軍の参謀・及び部隊指揮官を志す者は、全てここで学ぶことになる。


「……いいんじゃない? 相手さんの意向次第だけど」


 ブレンカのお願いは、ユリアナにとっては意外だった。これまでも、軍事に限らず国外から人材を集めることはイリリアでは珍しいことではなかったし、それを言ってしまえばブレンカ自体連合王国にいたのだから、特に気にすることではないと考えている。


「ほんとか!? あ、でもフレル元少将なんだけど……」


 しかし次の言葉で、ブレンカがなぜあんな態度でユリアナに報告していたかを知ることになる。


「アングロサクソン全体主義党の党員なんだ」


「…………。は?」


「あと、もう連れてきてんだ。いいよな?」


 いや、いいよなってどういうことやねん。


 ユリアナは心中ではそうつっこめたものの、表情と声帯はがちこちに固まってしまったのだった。


――――――――――


『あなたがアン・フレルさんですか?』


『いかにも。初めまして、カストリオティ大統領閣下。お会いできて光栄です」


 アン・フレデリカ・シャーロット・フレルが大統領府を訪れたのは、ブレンカがこの話を持ってきてからさらに3日後のことだった。


 この3日の間、軍幹部との喧々諤々の議論があり、もうせっかくだからあって決めようじゃないか、と言うことになったのだ。


 だからこの場には、ユリアナとルカ以外にも国防会議に参加している面々が顔をそろえていた。


「まあ、あなたのお話はよく伺っています。プレヴェジ少将から」


 ユリアナがブリテン語で笑いかけると、フレルもまたにこやかに返す。


「ブレンカは大変優秀な生徒でした。まさか故国でここまでの大役を担っているとは思いませんでしたけれども」


「あなたが確立された機甲戦理論は我が国の基本ドクトリンに採用されています。実に先進的で、素晴らしい戦術だと陸軍も絶賛しています」


 そういいながらも、ユリアナは渋い顔をしているトルファンとニナに目をやった。


「で、フレルさん、今回のお話なのですが……」


「もちろんお受けします、大統領閣下。私の理論を受け継いでいただけるのならば本望です」


 フレルは笑顔で答える。その姿は実に淑女的だった。ここでトルファンが口を開いた。


「……私からも一つよろしいですかな? フレル女史」


「どうぞ。確かあなたは……」


「陸軍大臣、トルファン・アリアです」


 トルファンは厳しい表情を崩さなかった。


「あなたは連合王国の全体主義政党に所属しているとお伺いしました。それはつまり、全体主義という考え方への共鳴ととらえてもよろしいのですかな?」


「ええ。もちろん」


 フレルは堂々と答える。


「大戦争にしろ、大恐慌にしろ、民主政府は議会で不毛な論争を続けるばかりで多くの国民を見殺しにしました。一方全体主義は効率よく政策を実行できる、新しい時代の統治形態だと確信しています」


「エトルリアに関しても?」


「エトルリア王国は観念に過ぎなかった全体主義を理論化し、実践し、そして成功した最初の国です。私は大変高く評価しています。そのような国と同盟を結び、友好関係を持っている貴国に対しても」


「……、そうですか」


 トルファンは少しだけ頷いて、黙り込む。


 全体主義者を国軍の教育機関に入れることに関して反対も根強かったが、同盟国がエトルリアと言う時点で表立っての反対はできない。


 だから恨むような目でブレンカを睨むが、それ以外に特に何かをすることはなかった。


 なんとも言えない重苦しい空気が会議室に垂れ込む。そんな中、


「確かに、私は全体主義者です」


 フレルが口を開いた。


「加えて帝国主義者でもあります。偉大なる祖国である、アングロサクソン帝国を愛しております」


 何人かが眉を顰める。しかし、フレルは気にせず続けた。


「そして私は祖国の誇りにかけて、貴国より託された職務に全力を尽くすことを誓いましょう。私が仕込んだ指揮官たちが、エトルリアの歩兵軍団を蹴散らせるぐらいには」


「……ふふ」


 ユリアナはくすりと笑った。それに合わせて、フレルも面白がるよう笑う。


「じゃあ、よろしく頼むよ。アン・フレル主任教官」


「お任せください、大統領閣下」


 フレルは優雅に礼をする。


 こうして、イリリア軍国防大学校主任教官に、アン・フレルが着任することが決定したのだった。

――――――――――――


「本当によろしかったのですか? 全体主義者に軍の教育機関を任せるなど……」


 ルカはフレルに関する資料をにらみながら、ため息交じりに言う。


「いくらエトルリアの圧力を逃がすためとはいえ、ほかにもっとやり方があったはずなのでは?」


「まあ、今から国防大学校をはじめて、そこを卒業した人が軍の上層部に上り詰めたぐらいまで今の国際関係が全く変わらないって言うなら、私をちょっとは考えるけどねぇ」


 そんなルカをしり目に、ユリアナは興味なさげにコーラをすする。


「どのみち、全体主義は10年持たないし。若手将校のクーデター、って言うならちょっとは心配でもあるけど、連合王国はそんなへまさせないでしょ」


「なぜここで王国が出てくるんです? フレル氏は王国とは関係ない人間ですよ」


 ルカは眉を顰めた。しかし、ユリアナはそれには答えず、ため息を一つ吐くだけだった。


「……大統領?」


「時代ってのはさ、その時動くんじゃなくて、いつの間にかじりじり動いてるんだろうね。誰も気づかないうちに、ゆっくり、ひっそり」


「はぁ……」


――――――――――――


「……イリリア共和国、ですか?」


「アドリア海の入口にある小さな国だ。最近エトルリアと同盟を結んだ」


「申し訳ありません。不勉強なもので」


「『東地中海最後の空白』だ。貴様もよく覚えておけ。情勢次第ではコリントやキプロスに確保した我が海軍が脅かされかねない」


「そんな国が……。だから、我が国も」


「ああ。イリリアを確保すれば、帝国が地中海に確保した権益はより盤石なものになる。しかしエトルリアの手に落ちれば、逆に地中海を譲り渡しかねない」


「今からでも間に合うのでしょうか……? すでにエトルリアとは同盟関係にある、と」


「イリリア政府はギリギリまで同盟締結を渋っていた。今も内心では警戒を解いていないだろう。我々が付け入る余地は十分にあるさ」


「しかし、なぜ今更……」


「エトルリアは今、『未回収のエトルリアイストラ』回収を巡って我らやフランクと働きかけている。帝国政府は共産主義や、ドイトの復古主義に対抗すべくその行動をある程度は容認するつもりだ。しかしその後、地中海海域の覇権をめぐって必ず我が国と対立する時がくる、ということに、ボールドマン閣下はようやく気が付いたらしい」


「チャルチール卿の説得がようやく届いたようですね。まったく、あの方もしぶといものです」


「まったくだな。そこで我が国は、秘密裏にイリリアへの工作活動を行うことにした。まあ、最近になってようやくまともに動き出した国だ。楽な仕事だろう」


「なるほど。ところで彼女はよくやってくれるでしょうか?」


「さあな。ただ機甲戦などと言う奇怪な理論に興味を持った数少ない国なんだ。切れるカードは切らねばならん」


――――――


「やあ、大統領。こっちは順調だよ。ただロンドンは空気が悪いね。早くスコダルに帰りたいよ」



閲覧、ブックマーク、評価、ご感想などいつも本当にありがとうございます!! 

先週更新できなかった分、今回はいつもより多めでお送りしております。

フレルさんの元ネタはまあ、ご想像にお任せします。任せるまでもないですね、フラーさんです。

この小説ではイタリアのファシスト党を設定上使えないため、『全体主義党』としています。そのせいで『ファシズム』とか『ファシスト』とかいう言葉も使えず、ついでに『ナチズム』なんかもすべて『全体主義』に置き換える羽目になっています。厳密にはちょっと違うのですが、そこは大目に見て頂けるとありがたいです……。

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