「大統領の下でなら、私の理想を実現することができる」――クララ・ジュカノヴィッチ空軍省設置準備室長は言った
アニア・ミルヴァチ航空総隊準備隊司令は勢いよく立ち上がると、緊張からか早口気味にまくしたてた。
「わ、私、今回の作戦立案と提案されたアニア・ミルヴァチ準備隊司令でありますこの度は準備隊の司令という立場にありながらこのような重大な会合に参加させていただき誠に身に余る光栄と思うと同時に重大な職責を」
「アニア、落ち着きなよ」
隣に座るクララ・ジュカノヴィッチ空軍省設置準備室室長が小突く。
「矮小なるこの身ではありますが粉になるまで一所懸命に働かせていただくとともにこのような重大な任務をお任せ下さったユリアナ大統領閣下に恥をかかせぬよう一所懸命に」
「アニア、落ち着きなって」
テンパるアニア司令の肩をゆするクララ室長。
「祖国の平和と独立と達成すべくの崇高な任務であり我ら新参者空軍の身に余る光栄な任務を私は若輩者」
「落ち着けって言ってんだろぉ」
「ふごっ!?」
アニアの脇腹に強烈なエルボーを入れるクララ。だがおかげで、緊張の極みにいたアニアは少し落ち着いたようだった。
「も、申し訳ありません……。あ、改めて説明を、げほっ」
アニアが目配せをすると、空軍のえんじ色の軍服を着た人間が、移動式の黒板をガラガラと引いてきた。
「ええ、まずでありますが、フルバツカで戦争が起きた場合……」
黒板に張り付けられたアドリア海沿岸の地図を、アニアは指示棒でバンバンとたたいた。
「フルバツカ軍は完全動員を行えば35万の兵力をそろえられますが、エトルリア軍と比べれば装備も古く脆弱。空軍や海軍に至っては比べるまでもないレベルであります。そのためフルバツカ戦争が勃発すれば、エトルリアの勝利はほぼほぼ間違いないとみております」
そこに異論はないらしく、出席者は誰も異議を唱えなかった。
指示棒はアドリア海沿岸、フルバツカ領の最南端に近い、つまりイリリアとの国境近くの街、ドブロブニクの上に移る。
「現在、情報によればこのドブロブニクには陸軍一個師団が駐留しております。戦時となれば増強される可能性もありましょう」
「それはうちの情報部の調べでわかってるよ。なんならもうちっと詳しい部隊情報までご提供差し上げようかい?」
すでに知られた情報を羅列しただけのアニアに、ニナ参謀総長は皮肉交じりに言う。しかしアニアは
「本当でありますか! 円滑なる作戦遂行のためぜひともお願い致します!!」
と笑顔いっぱいで返した。
「ん……。いいから続けな」
皮肉を潰されたニナは居心地悪げに先を促した。
「はい、ここからが我の提案になるのでありますが」
アニアは一同を見回して、顔を引き締めた。
「航空機によるドブロブニク攻撃を行うべきだと考えます」
「…………」
「攻撃目標は3つ。一つは駐屯する軍、もう一つはドブロブニク港、そして最後は、……ドブロブニク市街地であります」
「民間人を攻撃目標とするつもりか?」
すぐさまトルファン陸相がアニアをにらんだ。しかしアニアはひるまずに答える。
「はい。ドブロブニクはアドリア沿岸でも有数の観光都市。フルバツカ国に与える精神的打撃は計り知れません。来たる総力戦に置いてこのような攻撃は非常に有効な手立てであります」
「そもそも貴様らは空軍準備隊であろう。作戦遂行能力に関しては現在の我々よりも劣っているのではないか?」
「我が空軍準備隊は、名称こそ準備隊ではありますが42機をいつでも攻撃に投入できる体制を整えております。夏までにはさらに30機をそろえられます。我の見立てでは、作戦遂行には十分かと」
「そもそも総力戦体制に持ち込まれれば不利になるのは我々だ。そのことを理解しての提案か、アニア司令?」
「それは…………」
アニアが口をつぐんだその隙に、黙っていたユリアナが口を開いた。
「ま、聞いてくれて分かったと思うけど、今回アニアちゃんが提案してくれたのは昨今流行りの戦略爆撃思想を取り入れた画期的な作戦。わたしとしても、陸軍がその機能を取り戻すまでにフルバツカ戦争が始まれば、この手の作戦を許可しようと思ってる。まあ、政治的にこのまま作戦にGOサインを送るわけにはいかないんだけど」
「そんなぁ……」
アニアは落胆するが、隣にいたクララ空軍省設置準備室室長は小さく息を吐いた。そしてユリアナの言葉を引き継ぐ。
「大統領のおっしゃったように、空軍準備隊司令部幕僚部の作戦立案能力は陸海軍のそれと比べて大きく劣っている。ただ立った今、大統領は私たち空軍を主体とした作戦立案を決定してしまった。そこで私は、空軍省設置準備室長として陸海軍参謀部に協力を要請したいんだけど、いいかな?」
「私たちの?」
レオノラ軍令部長が首を傾げる。
「うん。空軍省設置準備室は、ユリアナ最高司令官閣下に陸海空軍の三軍参謀部連絡会議の設置をこの場に置いて提案させてもらうよ」
クララ室長の眼差しが、眼鏡の奥で鋭く光った。ユリアナはそれを受けてにやりと笑った。
「というわけで、クララ室長の提案を受け三軍参謀部連絡会議の設置を命じる大統領令を発令する」
陸海軍首脳部の顔がこわばった。しかしユリアナは気にせず続ける。
「目的は空軍司令部参謀部の育成と、空軍戦力を主力とした対フルバツカ戦における戦争計画の策定。異論は?」
「…………。海軍軍令部は賛成なの」
「海軍省も……、軍令部と同じです」
レオノラとミーナは、最初は呆気にとられていたがすぐに唇を持ち上げた。これまで陸軍の独占状態だった戦争計画策定に加わることができるのだ。発言権の小さかった海軍からすれば、まさに降ってわいた幸運だった。
逆に陸軍はと言えば、首脳部の二人は目をつぶって黙っているだけだった。
「いい? 二人とも」
ユリアナが確認を取ると、ニナは黙って頷き、トルファンは低い声で
「……我々の不手際につき合わせてしまい、申し訳ない」
と呻く。しかしユリアナは明るく答えた。
「陸とか海とかどうでもいいんだよ。これからの国防はみんなで一緒にしないとね。うちみたいな小さい国なら特に、ね」
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「しかしまぁ、この件を統合参謀本部設置への踏み台にしてしまうとは……。さすがは大統領です。転んでもただでは起きませんね」
会議終了後、会議室に残ったユリアナに、ルカはコーヒーを差し出す。
「ピンチの中にこそ、チャンスってのはあるもんだよ、ルカ」
「あなたはそれを見つけるのがお上手ですね、やはり」
「あんまり褒めんなよ~。それにさ、これは私流の責任の取り方だし」
ユリアナはコーヒーをすすりながら、ペコペコと空軍の二人に頭を下げるブレンカを横目で見ていた、
イリリアが必死で進め、そして今回陸軍の混乱の原因となった『34年国防計画』の目玉は、迅速な機動と大火力の集中的投入である。そこには、陸海空軍の一体運用が不可欠であるとしっかり記されていた。
しかし、陸海軍の権力争いで目玉企画だった『統合参謀本部』の設立はその見通しすら立っていなかったのだ。
そこでこの騒動で陸軍が機能不全に陥っているのをいいことに、ユリアナは一計を案じた。新参者の空軍に作戦計画を立案させ、その補助を名目に三軍の参謀が一堂に会する組織を設立させたのである。
空軍からの懇願と言うのも重要で、大統領権限の乱発による軍部と政府の対立を避けることができるし、空軍主導の作戦への補助というお題目であるから、連絡会議では空軍が中心になる。つまり陸海軍が主導権を巡って争うということに歯止めがかけられると踏んだのだ。
海軍は海軍で、蚊帳の外だった対フルバツカ戦争計画に参加し、軍部での発言権向上させられるので反対はしなかった。
いつもなら反対の大合唱だっただろう陸軍も、己の失策が招いた事態に強い反発は示せなかったのだろう。なにより陸軍部隊を用いての戦争参加が絶望的な今、何をどういっても目の前の危機に対処できる方法がないのだ。空軍の提案に従うほかあるまい。
「連絡会議は戦争勃発とともに戦時統合参謀本部に改組、戦争が終わり次第常設化させるって道筋でどうよ、ブレンカちゃん?」
「あんたって本当に……、いや、なんでもねぇ」
ブレンカは心底恐ろしいものを見る目でユリアナを見つめた。
すべてこのために、ユリアナはあの無茶な軍拡を承認したのではないかと思えたからだ。
しかしブレンカはすぐにかぶりを振る。そんなことは自分が考えることではない、と。だが
「大統領さ、もしかしたら全部わかってたんじゃないの?」
ブレンカが飲み込んだ言葉を、クララがバッサリ言い切る。
「何のことー?」
「これを、統合参謀本部設立に道筋をつけるために、陸軍の失態を演出したってことさ」
「まっさかー。この時期にそんなこと考えるわけないじゃん」
「さあて、どうだろうね。私が聞いた話によると、今回の不祥事の責任を取ってトルファン大臣が辞任するって聞いたけど? 後釜の傀儡は見つかったかい、大統領?」
「……トルファンはもう年だからね。元々今年中に退任する意向だったよ」
「陸軍省さえ押さえれば参謀本部にも間接的に人事権を行使できる。保守的な軍部ほど改革者にとって鬱陶しいものもないだろうしね。それが国防に絶大な権限を持っている陸軍ともなると、特に」
「ニナもトルファンもよくやってくれてる。二人とも、考えは違ったけど祖国に尽くしてくれた功労者だ。クララも軍人ならそこは理解して。あなたはあなたの仕事をすればいい」
「……、ああ、そうさせてもらうさ。大統領の下でなら、私の理想を実現することができる。そしてあなたならこの国を守り通すことだってできる。どこまでもついていくよ」
クララはにやりと笑って、制帽を深くかぶり直した。ユリアナは少し面白くなさそうに彼女を見つめたが、もう黙ったままだ。
「……おい、閣下」
ブレンカが思わず声をかけるが、そこはルカに阻まれた。
「申し訳ありません、ブレンカ委員長。大統領は移動があるため、失礼します。言伝があれば伺いますが?」
「あ、いや……。なんでもねぇ」
伸ばしかけた手を引っ込める。ユリアナはその様子をちらりと見ると、
「そうだ、ブレンカちゃん!」
満面の笑みを浮かべて声をかけた。
「実はさ、アデリーナちゃんがいい情報を掴んできてくれてね。せっかくだから今教えとくよ、ブレンカちゃんも忙しいだろうし」
「いい情報?」
「暗礁に乗り上げてた中戦車の調達に関すること」
ブレンカの顔が、一気に花開いた。
閲覧、ブックマーク、評価、コメント等本当にありがとうございます! 自分は最近の寒さにやられかけていますが、皆さまはおかわりありませんか? イリリアはアドリア海に面した国なので、結構暖かい設定です。まったくもってうらやましい……。ちなみにモデルとなったバルカン半島は、すこし内陸に入ると結構寒いらしいですが。




