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白い時針は空の上  作者: 桧山いちか
君の見た夢の続きを教えて。
20/33

君の見た夢の続きを教えて。③

 何事もなかったように動き出した身の回りの風景に、祐は一人置いて行かれたような錯覚を覚えた。仮に幻像と見紛うような澪と話したあの一時が夢であったとして、夢というのは本来記憶の変化体であるはずなのだ。そうであれば現在から未来に繋がる夢見るというのは一体どういうことなのか――そんなことを祐は考えていた。


「篠原さん! ついにクレイン役とご対面ですよ!」

「ん? 今度は何……あっ」


 すっかり周囲を意識の外に追いやっていたせいで気付かずにいたのだが、澪の企み顔の視線の先には一人の少年が立っていた。話の流れからして西崎圭その人であるのだろうが、かつて灯台で言葉を交わした「彼」とは似ても似つかないというのが祐の正直な感想であった。全然雰囲気似てませんよね、と澪が小声で漏らす。それに対して聞こえてるぞ、と小突く少年の姿はやはり澪から聞いていた様子よりは随分と落ち着いて見え、澪より年上のような印象すら与える。


「西崎圭くん? 澪ちゃんから話は聞いてるよ。僕は……」

「わかりますよ、篠原祐さんですよね。僕も澪から聞いています」

「うわぁ、西崎さんが僕だって。クレインみたい」

「おい澪、お前は一人称が僕の男ならどいつもクレインになるのか。それはおめでたい頭してんな」

「待ってください、それは極論ですよ!」


 前もって西崎圭をクレインに似た人物として澪が話をしていたせいか、祐の目には圭と澪の二人がさながら自分の小説で描いたクレインとそのヒロインのように映っていた。しかしこのことについても、澪の言葉で言うならば完全ではないのだろう。男女が二人掛け合いをしている、具体的に言うならこの点くらいしか一致するところはないわけだ。

 しかし、この平和的観測は圭の一言によりがらりと異なる様相を呈した。


「あの……こんなことを言うと変に思われるかもしれませんが、篠原さん。僕は以前に一度あなたと会った気がします。僕自身が会ったわけじゃないんですけど……」

「圭くんの前世にあたる人物がってことかな?」

「そうです。話が早くて助かります」


 立ちっぱなしの圭に、澪が席に着くように促す。灯台のことは言ってませんよ、と祐の方を見るわけでもなく呟き、悪戯っ子のような表情を浮かべて澪は圭を自身の隣に引き寄せた。


「圭君が、僕と会ったとするときの場面を覚えてる? どんな風景だったかとか、そのとき何を話したか、とか」

「どうだったかな……何せしばらく前に見た夢だったので、かなり曖昧ですね……」

「夢? 君は前世の記憶を夢で見るの?」

「僕にもよくわかりません。そもそも前世かどうかすらも怪しいです。ただ……毎回似たような生き方をしているので、前世なんだろうなって」

「似たような生き方、というと?」

「かなり平たく言うと、そこの星城さんが言うクレインみたいな生き方です」


 終始笑顔の澪を尻目に祐はどうしたものかと内心考え込んだ。今まで明らかに自分の外にいたはずの人間が、急な展開で自分と繋がりを持ちかねない状況になってしまった。篠原祐は、他者は勿論のこと、自分自身についても極力無関心でいたいと考えるような人間であった。元々感情の起伏を望まない人間なのだ。憂い傷つくことを斥ける代わりに、喜び感謝することもそこそこであることを選んだのだった。だからこそ、祐の中で自身の心に突如として現れた興味の芽の扱いを巡ってささやかな葛藤が生じたのだ。


「夢の中で僕に会ったのは一度だけのことなのかな?」

「……多分そうだと思います。会った気がするというか、初めて会った気がしないというか……すみません、表現が難しくて」

「いや、大丈夫だよ。でも、僕に何か感じることはあっても澪ちゃんには何も感じないんだね?」


 即座に反応するも何も言い返せないでいる澪の姿に祐は思わず笑いを零しそうになったが、言葉を発せずにいたのは圭も同様だった。

 果たして圭がクレインと、あるいはクレインのモデルになった彼と何らかの関係があるのかの真偽はおいておくにしても、祐は小説を執筆するにあたって一つ扱いに困ったものがあった。あの日、モデルにした少年は灯台へはよく来るのかという問いに対して待っていると言ったのだった。そのとき彼は一体何を待っていたのか、それだけが気にかかるのであった。彼が待っているとするものを女性として描いたのがクレインを主人公とする小説だが、祐としてはどこか短絡的な気もしていたのだ。


「……わかりません。もしかしたら僕が忘れているだけかもしれないし。ああいや、僕じゃなくて僕の前世の人間が、かな」

「きっぱりは否定しないわけだ」

「……」

「少しずつでいいよ。君の見た夢の続きを教えて」

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