夢見たのは、きっとそんな世界だ。②
「僕は、生まれ変わっても僕でいたいな」
空のキャンバスを瞳に映して、涼風のような口調でクレインは続けた。彼には少し変わった癖があった。感情に左右されずにものごとを記憶することができるのだ。クレインが何かを「覚える」とき、それは極度の悲しみや喜びによるものではない。そうしてクレインの場合は、記憶すべきと感じた一つ一つの事象に対して忘れたくないという思いだけが支配しているといっても良い。
「クレインは、今の今しか存在しないだろ。それに、仮に来世で君が君のままであったとしても、君は一人になるじゃないか。君の知る僕たちはいないわけなんだからさ」
「僕一人?」
「同じ人間は、二度は作られない」
一体何が人間をその人たらしめるのか――その深淵な問いにおいて、二人には最初から別々の扉が用意されていた。選ぶべくして選ばれる扉の類いではない。海に揺蕩う太陽のさざめきを微笑まし気にただ眺めている透と、白雲に刻まれる時間を重ねて核の似た問いを繰り返すクレインには明らかに相違があったのだった。
◇
ここまで書き連ねて、祐は今一度最初から『タイトル未定』と名付けた文字群を眺めていた。星城澪は一つの問いかけを残していった。クレイン以外の登場人物が存在しない世界で、クレインはクレインとして存在できるのだろうかと。彼女が知りたいのは偏にこの点ではないだろうか。何を以ってクレインとするのか。クレインはあくまでもインスピレーションの発端となった在りし日の少年をモデルに作った架空のキャラクターだが、口調をそれとすればいいのか、はたまた同じ外見を示すような文句を添えておけばクレインになるのか……。そんなことはないのだ。もしそんなことがまかり通るのなら、例えばドラマで演じられる人物たちがそれぞれ自我を持つようになるなどと言っているのと同じことだ。彼女は前世の記憶を保持している、という設定に懐疑的なのだろうか。
改行を加えながら、祐は話半分に聞いたクレインに似ていたという少年の話を思い出す。早い話、その彼に恋愛をさせてみればわかる話だと祐は思っていたのだった。一対一の付き合いができるかどうか。自分をもっているかどうか。自分が自分であるということを証明するに値する名前を知っているかどうか。
「……俺も随分時間を持て余すようになったものだな」
本来は他人のことなど求められない限りは自分から考えることはしないのに、と言い訳がましく画面に向かい、白紙のファイルとは別に今しがた書き終えた原稿を別の名前で保存した。
「クレインは、上書き保存の効かない人間ってところか……。だとすれば、余程どんな環境にでも対応できる人間でなきゃいけないってわけか。確かにそれならファンタジーだな。澪ちゃんも中々面白いことを言う」