旅先の幻想と片付けるには、勿体ない人だった。
閲覧有難うございます。
二作目です。
今度は短編連作ではなく、一つの話で進めたいと思います。
緩やかな傾斜のその道には、もう終わりが見えていた。その先に何があるのかを僕は知っている。道の最果てにあるのは一つの灯台で、そこに行ったなら僕はもう一度君に会うことができるんだ。だけれど僕は向かわない。君はもう、僕の知っている君ではないから。
◇
「それでね、最後にこう言うの。今度は君の方から僕に会いに来てくれって!」
即座にうんと相槌を打つ同級生を前に、星城澪はちゃんと聞いているのかとあからさまに頬を膨らませてみせる。冒頭の一節は、彼女の好きなネット小説のラストにあたるシーンだ。少年少女の時空を超えた巡り会いの物語である。
「ごめん、途中から聞いてなかった。えっと……それで? その小説の作者と会う約束をこじつけたって?」
「そうなの! 前からその人の小説は好きだったんだけど、この小説がとりわけ気に入ってさ」
「ふぅん。ネット小説でそこまで熱烈になるなんて、澪もよっぽどだね」
「実は、小説だけならともかくね? 作者の人、ここの学校の先輩なんだよ」
星城澪は大の本好きというわけではない。彼女が話に挙げた小説と出会ったのも、偶然中の偶然であった。彼女が検索にかけたのは「私の知っている私」というワードであり、どういうわけか「僕の知っている君」という似て非なるワードに引っかかったわけである。
彼女は思い立ったが吉日という言葉の例に添えるのに相応しい人物であり、小説を読んですぐに熱烈な感想を送るのには何の躊躇もなかった。そうしてことは順調すぎるほどに進み、日はすっかり約束の日である。
「それにしても僕も驚きだよ。ネット小説なんてごまんとあるのに、後輩から感想を貰えるなんてね」
「小説の作者」たる彼――名を篠原祐という――は、ネット上で話をしていたときよりも幾分柔らかなイメージを与える表情で言った。ここで澪が思ったのは、人並みに笑うのだなといった見当違いな感想の類であった。
「小説の中に校舎の描写があったと思うんだけど、モデルは母校なんだよ」
「そうなんですね……。あの、どこか懐かしい気がしました」
「感想でも言ってくれていたよね。確か、小説のヒロインと同じことを経験したような気がする……だったかな? びっくりした」
澪のこの感想は誇張でもなんでもなかった。共感というには生々しく、まるで自分の幼少期のことを写真を示しながら話されたときのような、気恥ずかしいようでうっすら身の覚えがあるといった感覚である。
「小説のモデルになった土地が自分の見知った土地だったから、そんな気持ちになったのかもしれません。だってファンタジー小説だし、いくら何でも変ですよね」
ここでようやく自身の感想に恥じらいを覚えた澪は、やや赤面して俯く。色恋沙汰とは程遠い学生生活を送ってきた彼女だが、高校二年生の冬、いや春に向かいつつある時期としておいた方が良いかもしれないが、作中の主人公の少年にすっかり熱が入ってしまっているのだ。
「実は、主人公にはモデルがいるんだよ」
「……え?」
「いや、主人公が好みだって言ってくれていたから、黙っているのも悪いかなって。でも……僕も彼のことはよく知らないんだ」
「その、モデルになった人とはどういう関係なんですか?」
「どういう関係っていうかさ、旅先で一度話しただけなんだよ。それきり彼とは会っていない。ただ、あまりに印象に残るような人でね」
旅行先で、海岸沿いをひたすら風に押されて向かっていた先だったという。祐が灯台に辿りついたときには、「彼」は既にそこにいた。迷いに迷った道の末で汗だくの祐と、夏の日差しのもとでも白い肌に涼しげな佇まいの「彼」のコントラストは中々のもので、祐の方から風が気持ちいいですねと切り出した次第である。「彼」は穏やかに微笑して、そうですねと答えたのだった。旅先での見知らぬ人物との会話というのはどこか胸躍るもので、二人はしばらく海風に言葉をのせて流れる時間を波に任せた。
灯台にある人影は「彼」と祐の二つのみであり、ここへはよく来るのですかという祐の問いに、儚げな雰囲気をまといながら「彼」は応じた。はい、待っているのですと。祐はそのとき、「彼」の白いシャツと空に舞う白雲との境界線を見失ったことの方に気を取られるあまりに、それ以上何かを問うことはしなかったのである。