507 探 偵 5
「すみません、少しよろしいですかな……」
夕方の釣りが不調で獲物ゼロ続きのため、少し気分転換でもと、珍しく物産店を開けて営業していると、中年のおじさんが声を掛けてきた。
どうやらお店のお客さんじゃなく、私の客みたいだ。
礼儀正しい声掛けは、一応紳士的だな。
でも、貴族じゃなさそうだし、アポなしの客だ。
お店のお客さんであればそれが普通だけど、お店じゃなくて私に用があって訪問するのに、アポなしというのは、ちょっとねえ……。
だって、一応は貴族なんだよ、私。
それを知らずに来たとは思えないよね。私に用があるってことは……。
……アタリが来たかな?
うん、魚が餌をツンツンと突いている時の、あの感触ね。
まだ、がっぷりと食い付いたわけじゃない。
だから、焦って『合わせ』を入れると、逃げられてしまう。
落ち着いて、獲物が鉤付きの餌にがっぷりと食い付くまで我慢しなきゃね。
声を掛けてきたのは、ごく普通の商人っぽい男性。
駆け出しの若手でもなく、商会主や大番頭程の貫禄もなく……。
多分、大店に複数いる番頭のひとり、ってとこかな。
うちは、卸しはレフィリア貿易にしかやっていないから、こういう客が来るような店じゃないんだよねえ……。
「はい、何の御用でしょうか?」
うん、向こうに合わせて、礼儀正しく応対してみよう。
警備兵の皆さんの話では、私のことを嗅ぎ回っているのはもっと若くて品の無さそうな連中だったらしい。なのでこれは別件か、それとも役割分担で接触担当の者が出てきたのか……。
普通のお客さんである可能性も、ゼロってわけじゃないしね。
「実は、当店とのお取引をお願いしたく……」
……え?
「……」
「…………」
「「………………」」
イカン、どちらも言葉が続かず、お見合い状態になってしまった……。
「……いや。
いやいやいやいやいや!
うちはこの国ではレフィリア貿易としか取引しない、という方針であることは周知のはずですよね? なのに、どうしてそんなことを……」
そうなのだ。
ヴァネル王国で、そのことを知らない商家があるとは思えない。
なのに、何を言っているのやら……。
「あ、いえ、私共はこの国の商家ではなく、隣国レイウン王国の者でございます」
「え……」
あ~、そうかぁ……。
だから、私と『ヤマノ子爵領』についてあまり知らないのか……。
ヴァネル王国の人達……貴族も商人も……は、私が拠点を他国に移すことを危惧しているから、他国の者にわざわざ私に関する情報を教えたりはしないんだよね。
……逆に、大失敗を誘発しそうな誤情報を与えたりしかねない。
「いえ、この国だけでなく、全ての国において、当家が取引する商家はそれぞれひとつだけです。
レイウン王国では、ネサス商会がうちの商品の取扱店ですよ」
そう、我ら女性事業主ネットワークの仲間が立ち上げた店だ。
勿論、立ち上げ時の資金面では私が、そして業務指導やノウハウ伝授ではレフィリアが全面協力しているから私に対する忠誠心が厚く、向こうが裏切らない限り私から見放すことはない。
「…………」
あ~、今、チッ、というような表情を浮かべたよね、ほんの一瞬……。
気付かれないとでも思った? それとも、相手が小娘だからと舐めてるのかな?
とにかく、この男が自国には既にうちの商品の取扱店があることを知っていたということと、私を舐めていること、そしてそれを完全に隠すことができるだけの自制心がない、あるいは隠す必要がないと考えていることが判明したわけだ。
……つまり、コイツは私のことを舐めており、それは私の敵であり、……そして悪党だということだ。
でも、私の周りを嗅ぎ回っていた連中の仲間か、それとも別件なのかは、まだ分からない。
だから……。
「そういうわけで、レイウン王国ではネサス商会以外の商家と取引をするつもりはありません。
当家がお取引する商会は、1国につきひとつだけ。
この原則が破られることはありません」
こう言って、相手が本音を口にするように仕向けるわけだ。
「ならば、ネサス商会との取引を打ち切って、我がカールラット商会をレイウン王国における取引相手にしていただければ、と……」
うんうん、そう来るよね……。
だが断る!!
「今現在、信用できる相手と順調に取引できているのに、わざわざ知らない相手に乗り換えるメリットがありませんよね?」
「くっ……」
私が他国の貴族だということを知らないわけじゃないだろう。
なのに、この男は一応は丁寧な喋り方をしているけれど、明らかに平民が貴族に対して取るような態度じゃない。
仮にもあなたと私は平民と貴族なんだよ?
貴族家令嬢にして、自分自身が爵位貴族なんだよ、私……。
そんな、商会の番頭が同じ平民である取引相手と話すような感じで普通に会話できるような相手じゃないよね?
いや、いつも平民の人達と普通に喋っているけどね、私。
でも、それは私が選んだ選択肢だ。初対面である他国の平民が、自分の判断でやっていいことじゃないだろう。
しかも、物産店で買い物をするお客さんではなく、アポなしで商談のために勝手に押し掛けて来て、だからね。
……もしかすると、コイツの店を良く思っていない者か何かにガセネタを掴まされたのかもしれないなぁ……。
私がお飾り店長だとか、供の者も付けずにひとりで他国に行かされた、実家に疎まれている者だとか……。もしくは、下級貴族の浮気相手が生んだ子だとかね。
そして調査の結果、護衛すら付いていないということが判明し、強引に攻めて脅せばどうにでもできる、とか考えて……。
私自身が爵位貴族だと知っていれば、もう少し態度や喋り方が変わっていただろうけどね。
そして、私と『ソサエティー』の関係とかは、おそらく知らないのだろうと思う。
普通、取引を持ち掛けようとする相手が貴族令嬢の親睦会に関わっているかどうかなんて気にしないよね、平民のおっさんなら……。それも、私は他国の者だし。
それとも、もしかして私が店主の留守を預かる従業員だとでも思ってる?
平民相手に、丁寧な言葉で話しているから……。
手下に私のことを探らせていたなら、私の行動が明らかに貴族っぽくないということには、当然気付いているだろう。
ならば、貴族の愛人の娘が国元から連れて来たメイドが店番をしていると思っても仕方ないか。
肌と髪、そして目の色も、母国から連れて来たなら、話に聞いた女店主と同じ色であってもおかしくはないしね。
……でも、私が従業員だと確信していれば、もっとぞんざいな態度に出るか。
一応は、私が店主だという前提で話しているのだろうけど、……それにしては態度が悪いなぁ。
そして、こう言えば次に向こうが言ってくるのは……。
「お考え直しなさった方が賢明だと思いますがねぇ……」
お~、今までの温和そうな仮面が剥がれたぞ。
そりゃ、時々本性が垣間見えてはいたけれど、一応は誠実な商人を装っていたというのに、はっきりと苛立ちの表情を出してきたな。
仮にも、大事な新規取引の商談相手に見せていい顔じゃないぞ、それ……。




