496 健康ランド 4
食事は、コース料理にした。
……高いから、お店が儲かるやつだ。
勿論、私達の分も、全部イリス様が払ってくれる。その辺りは、立場上、当然のことだとか。
ここで私が『自分達の分は私が払う』なんて言い出せば、それはすごい侮辱行為になるのだとか……。
事前に、サビーネちゃんから『絶対に、自分で払っちゃ駄目!』と、強く警告されている。
この施設での利益の大半はボーゼス家に入るから、イリス様がここでお金をたくさん使っても、あまり意味がないんだけどね。
そりゃ、食材の原価や光熱費、人件費とかの分は、勿論マイナスになるけれど。
……あと、私が戴くロイヤリティの分は、ボーゼス家はマイナス、私はプラス。
だから、たくさんお金を使ってもらえば、ヤマノ家が儲かる。
なので私が高い料理を勧めるのは当然のことなのである。うむうむ……。
「こっ、これは……」
ふふふ、驚いてるな、イリス様……。
今までイリス様が食べたことのあるヤマノ料理は、パーティー用のものと『楽園亭』のメニューに載せたものだけだ。
パーティー料理は、まあ、大量に作って大皿でドンと出すタイプのやつだし、『楽園亭』のは、そんなに高くない庶民料理っぽいやつだ。どちらも、貴族や金持ちのディナーとして出すようなものじゃない。
……いや、どちらも美味しいよ? パーティー料理も『楽園亭』で出しているヤマノ料理も。
調理方法や調味料が、この国のものとは段違いだからね。
見ても分からない部分での手間の掛け方とかも、大違いだし。下処理の仕方とかね。
でも、ここで出している高級版ヤマノ料理は、更にそれらとはレベルが違うのだ。
今回注文したコース料理は、ここでは『ヤマノ料理』のひとつだけど、地球では別の名で呼ばれている。
……フランス料理。
バターや生クリームなどを多用し、ソースに拘り、料理に芸術性を追求する、世界三大料理のひとつ。
その、最高級の食材と調理法!!
……を、この国の食材と技術で、可能な限り再現に努めた料理なのだだだ!!
勿論、本場のオリジナルには遠く及ばない。
しかし、頑張ったのだ! みんなで研究に研究を重ね、試行錯誤し、毎日続く試食でウエストと二の腕、お腹、頬、顎等に脂肪を増やしながら……。
ここはそんなに寒くないから料理がすぐに冷めたりしないし、数をこなさなきゃならないから一皿ずつサーブするような余裕はない。お客さんの回転率も上げなきゃならないし……。
だから、料理は一度に出す。……食後の飲み物とデザート以外は。
なのでイリス様は一皿ずつ順番に食べ終えるのではなく、色々な料理をランダムに食べている。
とても美味しそうに。そして、とても楽しそうに……。
……ここはフランスでも日本でもないし、マナー講師もいないから、好きな食べ方をしてもらえばいい。楽しく食べるのが最良のマナーであり、楽しい食事の席で他者のマナーを非難し場の空気を悪くする者が、最低最悪のマナー違反だよねえ。
マナーを知らずにフィンガーボウルの水を飲んでしまった賓客に恥を掻かせないよう、自分も同じようにフィンガーボウルの水を飲んだというヴィクトリア女王の御心を……、って、まあ、あれは作り話らしいけどね。
「ミ、ミツハ、この料理は……」
何か言いかけて、言葉を途切らせたイリス様。
うん、ボーゼス家の食卓に出される肉もこの店の肉も、同じボーゼス領で育てられた牛の肉だ。等級や仕入れ価格も、ほぼ同じはず。
調理には勿論技術がモノを言うけれど、どちらもプロの料理人であり、そう大きな違いはないはずだ。
……違うのは、下処理と加熱の手順、そしてソースと香辛料、薬味と付け合わせだ。
あれ? イリス様が言葉を途切らせたのは、あまりの美味しさに絶句して、というわけじゃなさそう? その視線の先は……。
あ~、特に驚いた様子もなく、普通に料理を食べているサビコレベアートリオか。
……って、3人のあの様子を見れば、こういう料理を食べ慣れていることが丸分かりだ……。
サビコレベアーが美味しそうに食べている姿を見ているイリス様の顔が、優しい微笑み……を経由して、更に表情が変わり、両目が吊り上がって、食いしばった歯がぎりぎりと歯ぎしりの音を立て始め……。
アカン、これ、徹底的に詰められる時のヤツや……。
「……ミツハ。あなた、まさか子供達には以前からこのような美味しい食事を与えておきながら、私達には黙っていた、などということはありませんよね?
そのような許し難い裏切り行為を行っていたなどということは、ありませんよね……」
「あ、あああ、イ、イイイ、ち、ちちち、ご、ごごご……(あああ、イリス様、違うんです、誤解ですううう……)」
「言葉になっていないよ、ミツハ姉様……」
サビーネちゃんの言葉に、こくこくと頷くコレットちゃんと、ベアトリスちゃん。
……いや、突っ込みはいいから、助けてよっ!!
* *
サビーネちゃんの取りなしで、何とか逃げ延びることができた。
いや、さすがにイリス様も、王女殿下に仲裁されてはそれ以上怒るわけにはいかないようだ。
……但し、今はサビーネちゃんがいるから矛を収めただけであって、後日、呼び出しを喰らいそうな気がするよ……。
食事の後はエステコーナーやらゲームコーナーやらを廻り、再びお風呂に入って、本日の体験入湯は終了。
イリス様の案内の最中にも、私のところには定期的に伝令が来て、施設全体での問題発生の有無を報告してきていた。
多少の不具合や小さな問題はあったけれど、勿論、その程度のことで私が出張ることはない。
これからも、ずっと私がここに張り付いているわけじゃないし、全ての問題を私が対処するわけじゃないんだ。そういうことに常駐スタッフが対処できることを確認するのも、今日の試験営業の目的のひとつなんだからね。
とにかく、こうしてボーゼス侯爵領における健康ランドは完成し、試験営業も大きな問題が発生することなく、無事終了した。
あとは、維持整備に協力したり、たまに営業へのテコ入れを請け負ったりして、ロイヤリティとその都度の請け負い料金を戴くのだ。
……あ、私とヤマノ子爵家の使用人は、入湯料と入湯税は永代無料だ。契約書に、ちゃんとそう明記してある。
まあ、徒歩で半日の距離だ。転移で移動できる私以外は、そうしょっちゅう来ることはできないだろう。……私が転移で一緒に運んであげる時を除いてね。
それに、入湯料と入湯税は無料でも、人力ジェットバスもどきやエステ、食事、ゲーム、そしてチップ等は自腹なんだ。それなりにお金が掛かるし、ボーゼス家もちゃんと稼げる。
ま、Win-Winの関係、ってやつだ。
気になることがあれば私に報告が上がるから、保守管理の一環にもなるし。
うむうむ、これで大きな懸案事項がひとつ完了したな。
イリス様からの執拗な催促も来なくなるし、やれやれだな……。
「ところでミツハ、砂糖と、ラム酒とやらの製造の方は、どうなっている?」
あああ、ボーゼス侯爵様からの突っ込みががが!
「そっちはサトウキビの安定した収穫ができるようになってからですよ!」
そんなに、あっちもこっちも一度に出来んわっ!!




