485 大聖女 1
「ベアトリスちゃん、大聖女になるって?」
「……うん……」
ボーゼス侯爵家の王都邸を訪ね、会って最初に聞いた私の言葉に、ベアトリスちゃんは、やや俯き気味のあまり嬉しくなさそうな顔で、小さな声でそう呟いた。
「あまり嬉しくなさそうだね……」
私の言葉に、こくりと小さく頷く、ベアトリスちゃん。
「……だって、面倒なだけで、つまらない用事を色々と押し付けられるみたいな気がするもの……。
大聖女って言ったって、どうせただの宣伝役、客寄せカーバンクル扱いでしょ。
そんなことに時間を取られれば、ミツハやサビーネちゃん達と遊ぶ時間がなくなるじゃないの。
それに、本当に私が大聖女として女神に選ばれたり、それにふさわしい能力があったりするならまだ諦めもつくけれど、これって、ミツハのアレのせいだもの……。
だから、ミツハ、責任取ってよね!」
「うっ……」
確かに、その通りなんだよね。
原因は、ベアトリスちゃんの社交界デビューの舞踏会で王都の夜空を飾った、あの花火のせいなんだよねえ……。
ベアトリスちゃんも、アレ自体は、大喜びしてくれた。王国史に自分の名が残る、と言って……。
だから、花火に関しては、感謝こそすれ、怒るようなことは絶対にない。
……でも、まあ、それが原因で、望まぬ大聖女の称号を押し付けられる羽目になってしまったことには、些か思うところがありそうではある。
「辞退する、というのは……」
「無理。お父様の立場や神殿との関係とか、私への大聖女認定が取り消された場合に国民が暴動を起こしかねないとか、色々な事情があるから……」
「…………」
確かに、あの夜の民衆の熱狂振りから考えて、その可能性はゼロじゃないかも……。
いくらベアトリスちゃんが辞退したと説明しても、『神殿側や王宮が、自分達に都合が悪いからと無理矢理辞退させたのだろう』とか、『女神の託宣に逆らう、神敵共の仕業』とか言われかねない。
ここは、国の平穏とボーゼス家の安泰、そして私の立場の補強のために、大聖女認定を受けるしかあるまい! うむうむ……。
「ベアトリスちゃん、強くイキロ……」
「何よ、それええぇ~っ!!」
「まあ、神殿側はベアトリスちゃんに神殿暮らしをして欲しいだろうけど、さすがにそれはボーゼス侯爵様が猛反対するよね。……多分、王様達も……」
「うん。神殿側の操り人形にされたり、自分達の都合の良いように私の発言をねじ曲げて伝えたり、私が誰かに直接会うことを妨害して、常に自分達が間に入るようにしたりと、疑えば切りがないからね。
家族とも自由に会えなくされる可能性がある以上、そんなのお父様とお母様が認めるわけがないわよ」
「そりゃそうだ……。
それに、大司教様は悪い人じゃないしね。
……ただ、ちょっぴり信仰心が強すぎるだけで……」
「……ええ、ちょっぴり、ね……」
やっぱり大司教様が苦手だったか、ベアトリスちゃん……。
「まあ、叙任される前に、私は巫女や神官のようにずっと神殿に籠もるのではなく、侯爵家の娘として普通に、自由に生きなさいとの神託があったって話を広めるから、大きな問題はないと思うんだけどね……。
なのに私を神殿に住まわせようと強制すれば、神託に逆らい大聖女を監禁しようという大罪人、神敵になっちゃうよね。
そうなれば、神殿内部に入り込んでいる悪魔の手先を殲滅するために、大聖女の名の許に聖戦を宣言しちゃおうかな~、って大司教様に相談すれば……」
「鬼かっ! どっちが悪魔だよっっ!!」
さすが、小悪魔の先輩指導員を務めていただけのことはある。
何せ、あのボーゼス侯爵様とイリス様の娘だよ?
普段は、ボーゼス家で家族に守られているから、ベアトリスちゃんが自分で対外的な攻撃に出る必要はない。だから、のんびりとしているだけなんだよ。
もし必要とあらば、割と何でもこなせるんだよ、ベアトリスちゃんは……。
そして悪い男共が童顔と巨乳に惑わされていると、致命傷を与えられることになるんだよ、多分……。
「え? 情報戦と根回しと立場を利用した圧力は、社交界での基礎技術だよ?
この程度のことで驚くとか……。ミツハ、社交界で、ちゃんとやれてるの?
何か、心配だなぁ……」
くっ! 15歳の少女に、社交術の心配をされている。20歳の私が……。
……でも、確かに社交術でも女子力でも、明らかにベアトリスちゃんの方が圧倒的に格上だ。
ぐぬぬぬぬ……。
とにかく、斯くしてベアトリスちゃんの大聖女叙任は確定した。
式典の日時も決まり、……そして私は忙しく暗躍するのであった……。
* *
「……よって、ここにベアトリス・フォン・ボーゼスを大聖女に叙するものである!!」
大司教様の力強い宣言に、広場中の人々が大歓声を揚げている。
今日は、ベアトリスちゃんの大聖女叙任式典の日だ。
普通は神殿の大広間で行われるものらしいけれど、そこはそれ、ベアトリスちゃんに『叙任式典は中央大広場で行うよう、神託が……』と言ってもらえば、一発だ。
神殿側も、仲間内だけでやるより多くの王都民の前でやった方が盛り上がり、より多額の寄付に繋がると考えたのか、ふたつ返事で了承したらしい。
……いや、そもそも、神託である時点で拒否するという選択肢は存在しないだろうけどね。
宗教的儀式において、神様からの指示を無視してどうするよ、って話だ。
場所が広いから、神殿の者達、王族、貴族、護衛の兵士達の他にも、大勢の者達が集まっている。
……勿論、『ソロリティ』の仲間達も……。
ベアトリスちゃんは、『ソロリティ』の一員だからね。
事前に教えてもらった進行スケジュールから計算して、そろそろか……。
小型通信機の送信スイッチを、ポチッとな……。
「10分後に、大広場直上をオントップせよ。手筈は事前指示の通り。掛かれ!!」
* *
……間もなく、指示してから10分が経過する……。
大司教様のお話が続いているけれど、スケジュール通りなら、そろそろ終わるはずだ。
まあ、別に終わっていなくても問題はない。こっちの方がインパクトが大きいからね。
そろそろ……、あ、お話、終わった!
次は王様からの祝辞だけど、それが始まる前に……、来たああぁ〜〜!!
送信スイッチ、オン!
「タイミング、バッチリ! ミュージック、スタート!!」
バタバタバタバタ、とローターとエンジン音が響き、それを圧倒する大音量でヘリから流される、音楽。
……『ワルキューレの騎行』じゃないよ。
この国の、有名な音楽。
それを演奏してもらい、密かに録音。
その音源を地球で採譜して、重厚な感じに編曲してもらい、オーケストラで演奏したものを録音したのだ。
その曲名は、『大聖女の慈愛』。
うん、この日にふさわしい曲だ。
その曲を大音量で流しながら、大広場の直上でホバリングする、ヘリ。
そして空からバラ撒かれる、大量のベアトリスちゃんの姿絵。
私がデジカメで撮ったやつを、ちょっといい紙にカラー印刷したやつだ。
サイズはA6。A4に4面で印刷して、4分割したのだ。
いや、良い紙は高いし、カラーインクだってタダじゃないんだよ、タダじゃ!
姿絵を奪い合って、血みどろの大乱闘、とかにはならなかった。
さすがに、女神がご覧になっているであろう大事な式典で、浅ましい姿を見せるわけにはいかないよねぇ。
一応、そのあたりはみんなも弁えているみたいだ。
そしてみんな、大騒ぎで、大盛り上がり!
……よし、掴みはバッチリだ!
これで、ベアトリスちゃんが女神に祝福された大聖女であることを疑う者はいないだろうし、ベアトリスちゃんが『神託です』と言ったことは真実であると認識されただろう。
ベアトリスちゃんを自分達の野心の邪魔だと思ったり、利用しようと考えたりしていた連中は、少し肝が冷えたかな?
他の宗教や、他国の神官達も文句は言えまい。
文句を言ってきたら、『じゃあ、あの奇跡をどう説明する?』、『そちらが、あれを上回る奇跡を見せてくれるなら反対意見に耳を傾けよう』とか言えば、どうしようもないだろう。
宗教家が女神の奇跡を馬鹿にしたり否定したりはできないだろうしね。
それに、ベアトリスちゃんには雷の姫巫女がついているというのは、周辺国では周知のことだ。
……この後、王様からのスピーチ、サビーネちゃんからのお祝いの言葉、そして『ソロリティ』を代表してのアデレートちゃんからの挨拶があるんだよね。
そしてその大半が、『ベアトリスちゃんに手出ししたら、私達が黙っていないぞ!!』という意味のことを、オブラートに包んでいたり包んでいなかったりで随所にちりばめたお話なんだよね。
勿論、ベアトリスちゃんや王様達がねじ込んだ、スピーチのメンバーだ。
王命と神託と有力貴族の令嬢達に逆らえる聖職者は、いないよ。
権力は、使ってナンボ。
今使わずに、いつ使うのだ!
ふはははは!




