260 誕生日 10
ベアトリスちゃんに関する政略的なことの方針をあらかた決めた後は、詳細はまた後で相談することにして、別のことを確認した。
今回の報酬とか、色々ね。
勿論、事前に取り決めてあるけれど、予算額と実際に掛かった金額とは少し違うからね。
「……花火は、支払額が500万円……、ここの金貨だと200枚です。それに諸雑費やら私の利益やらで2割上乗せさせて戴きまして、合計、金貨240枚です」
花火師のみんなに提供した料理とかも、タダじゃないんだよ、タダじゃ! 色々と、眼に見えない部分で、それなりのお金が掛かっているんだよ!
「え? そんなに安いのか、アレで!」
そして、驚きに目を瞠る伯爵様。
……まぁ、日本人の金銭感覚にすると、2400万円くらいだ。大貴族が、自分の娘の人生を左右する最大のイベントにかける金額からすれば、ごく些細なものなのだろう。
そしてその他の、着ぐるみとか発電機とかのレンタル料なんか、それに較べれば、ごくごく些細なものだ。出店やら食材やらも、平民価格だし。おまけに、この国では高い食材は地球で買ったし。
あ、綿アメ製造機は、大した価格じゃなかったから、レンタルではなく、買った。買っておけば、孤児院での小さなイベントとかでも気軽に使えるし。
その他、ウルフファングへの支払いとか消耗品、諸雑費を加えても、そう大した金額じゃない。
……私にとってではなく、侯爵への陞爵間近な伯爵家にとっては、だけどね、勿論。
まぁ、他の貴族相手ならばともかく、ボーゼス伯爵様から、それもベアトリスちゃんのデビュタント・ボールでぼったくるつもりなんか全然ないから、利益率2割弱の、かなり良心的な価格での大サービスだ。
……さすがに、ただ働きや赤字覚悟で、とかいうつもりはないよ。私にも、老後に備えた蓄えというものが必要だからね。
いつ、転移の能力を失うかもしれない。
いつ、爵位と領地を失うかもしれない。
そして、いつこの国から逃げ出さなきゃならなくなるかもしれない。
……世の中、銭ズラ!!
勿論、私への支払いだけじゃなく、この国の高級料理やお酒、その他パーティー開催に付随する様々な出費があったとは思うけれど、ま、金貨1000枚……1億円相当……も掛かったというわけじゃないだろう。
そして金貨数百枚……数千万円……程度、今回のパーティーでボーゼス家が国中の貴族や王都の住民達に示した力と『女神様とのコネ』があると思わせたことによる効果に較べれば、大したことじゃないだろう。
昨夜のことが、これからのベアトリスちゃんにとって、そしてボーゼス家にとってどれほどの優位をもたらすことか……。
……だから、話を蒸し返して説教するのはナシでお願いします、伯爵様……。
斯くして、後顧の憂いが残ることにはなったものの、一応の危機は何とか潜り抜けたのであった。
さて、LEDライトや電線、発電機やバッテリーとかを回収して、さっさと帰るか。
勝手に片付けないようにキツく注意しておいたから、昨夜のままのはず。
変に電線を引っ張られて内部断線したり、LEDを割られたりしちゃ堪んないからね。また使うこともあるだろうし、中には借り物もあるし……。
……よし、撤収準備!
* *
サビーネちゃんは、確か今、11歳半くらい。ということは、デビュタント・ボールまで、あと3年半か……。ルーヘン君はもうすぐ10歳だから、あと5年ちょい。
……うん、まだ慌てるような時間じゃない。
それに、科学は進歩するし、状況は変わる。3年の間に、この国の成人年齢が18歳に引き上げられるという可能性も、決してゼロでは……、
って、ねぇよ!
そんな確率、ゼロだよ、ゼロ!
ぐぬぬぬぬ……。
でも、まぁ、今悩んでも仕方ない。悩むのは、その時が来てからでいいや。
今から3年半の間悩み続けるよりも、当日の寸前から悩んだ方が、3年以上もの間、幸せでいられる。
うん、『アスタマニャーナ!』
明日で間に合うニャ、というのは、語呂がいいから意訳として使っているだけで、直訳としてなら、こっちの方が意味が近いんだよね。
ま、そういうわけで、『ベアトリスちゃんの、誕生日大作戦』は、これにて一件落着。
誕生日、つまり誕生パーティーは毎年来るけれど、デビュタント・ボールみたいに派手にやるわけじゃないから、普通のパーティー、プラス私が提供する料理や食材、お酒とスイーツでいいだろう。演し物とかは、自分達で考えてもらおう。
毎年こんなのじゃ私が保たないし、普通の誕生日、ってことなら、アレクシス様やテオドール様も対象になるし、王女殿下3人と王子殿下ふたりも、とかになったら、毎年私が仕切る誕生パーティーだけで8件……、死んでしまうわっ!
まぁ、そもそも、いくら伯爵家とはいえ、毎年こんな規模のパーティーを3回もやっていたら、予算が保たないだろうけどね。
何しろ、その他にも伯爵様とイリス様の誕生日とか、ボーゼス家の始祖が叙爵された記念日、つまりボーゼス家が貴族となった創業……創設……創立……、とにかく、貴族家になりました記念日とか、王都ではなく領地邸で行う近隣の貴族家を招いての親善パーティーとか、とにかくパーティーが多く、そしてお金がかかるらしいのだ。
まぁ、親善パーティーとかでは、演し物なんかないし、あまりお金は掛けないらしいけれど、料理やら女性陣のドレス、装飾品とかで、それなりのお金は掛かるらしい。
ドレスなんか使い回しでいいと思うんだけど、毎回新調するんだってさ。貧乏男爵家とかの一部例外を除いて。
……そりゃ、服飾店が儲かるわ……。
勿論、そのあたりを狙っての、ヤマノ領でのドレス製作産業化計画なんだけどね。
とにかく、落着だ、落着!
あとは、後払いのところへの支払いのみ!
* *
ベアトリスちゃんのデビュタント・ボールの翌月。
私は、ヤマノ子爵家第4拠点、ギャラリーカフェ『Gold coin』に転移した。
……例の、建物の裏側に後付けした転移専用の小さな物置の中に。
そして、玄関側に廻り、正面入り口から入店。
ドアベルの音に、ルディナとシルア、そして閉店間際まで残っていた数人のお客さんの視線が集まるが、人畜無害そうな私の姿に、すぐにみんなの視線は元に戻った。
既にオーダーストップになっているため、ルディナも奥の厨房ではなく、客席でシルアと一緒にテーブルの片付けを行っている。
私は店内に入ると、ふたりに軽く手を振って、そのまま客席を突っ切って奥の階段へと向かい、2階へ。
閉店間際に来た私のことを、お客さん達は多分、ルディナかシルアの妹か友人だとでも思っているのだろう。ふたりがお客さんに、自分が孤児だとか天涯孤独の身の上で友人もいないだとかいう話をしていなければ、だけど、普通、お客さんにわざわざそんな話をする料理人やウエイトレスはいないよねぇ……。
あ、私の外見から、妹説はないか……。
いやいや、異母姉妹とか異父姉妹とか義理の姉妹とか、色々あるし。
実は今日は、ルディナとシルアに『閉店後に打合せがある』と事前に連絡しておいたのだ。そして、夕食は私が用意するから賄いの準備は不要、と伝えてある。
そして2階の、ふたりがそれぞれ使っている部屋ではなく、予備の食器や調理器具、消耗品置き場兼パソコン用デスクが置いてある部屋へ……。
うむ、事前に、ふたりが仕事をしている間にこっそりと片付けて、置いてあったものの一部は転移で運び出してスペースを空け、ちゃんと掃除もしておいたのである。
営業時間中であれば、ふたりが2階に上がってくることは、まずない。
消耗品の補充も、昨夜の閉店後にきちんとやっているはずだから、営業中にこの部屋に来ることも、まず考えられない。
そういう方面におけるふたりのクソ真面目さは、既に充分把握している。
あとは……。
「連続転移!」
うん、準備開始だよ!




