148 誘 拐 1
新大陸での情報収集も、一段落。
いや、そんなに毎日諜報活動ばかりやってられないよ。パーティーやらソフトドリンク飲み放題やらを続けていると、お腹の肉ががが!
『心の贅肉』はあってもいい。但し『お腹の贅肉』、てめーはダメだ!
と、まぁ、そういうわけで、今日は久し振りにコレットちゃんとサビーネちゃんを連れて、地球の観光旅行へと。
いや、最近、新大陸やら新しいお店やらで忙しくてあんまり構ってあげなかったから、御機嫌斜めだったんだよねぇ、ふたりとも……。少しは御機嫌取りをしておかなくちゃ。
そういうわけで、やってきました、ここ、『ウルフファング』の本拠地。
……いや、たまには顔を出さなきゃね。
「隊長さん、何か変わったことは?」
「来たか……。いや、特にないな。だが、メールが溜まっているから、処理していけ。急ぎや重要なのは無い」
「は~い……」
うん、以前は普通の手紙も来ていたけど、面倒だから、電子メールだけにして貰ったんだ。返事を出すのが楽ちんだからね。
私のメールアカウントは隊長さんに管理して貰って、届いたメールも読んで貰ってる。重要、かつ急ぎのやつがあるかも知れないからね。そして、受信確認の返事だけ出して貰ってる。内容に関する返事は、私が出している。
サビーネちゃんとコレットちゃんを少し待たせることになっちゃうけど、移動に時間がかからないから、少しくらいは大丈夫。さっさと片付けるか……。
大半は、パーティーやイベントのお誘い。しばらく来ていなかったから、中には期日が過ぎてるのもあり、それらには辞退やらお詫びの返事。あちらの世界のものを研究してくれているところからは、定期報告。了解と、励ましの返事。
あ、『異世界懇談会』にこっそり記録機器を持ち込もうとしたから排除した国から、お詫びとメンバー復帰願いが来てる。追い払う、千載一遇の機会だったんだ。誰が復帰させるか!
あとは、ちょちょいと返事して、と……。
「では、出発!」
まずは、このベースの最寄りの街の、例のスイーツ専門店へ!
最近は、サビーネちゃんとコレットちゃんを連れてきた時には、最初にあそこへ行くのが恒例になっている。アレだ、おじさん達が言うところの、『とりあえず、生!』というのと同じ。『とりあえず、スイーツ!』ってとこだよ。
そして、既に転移に適した場所も選定してある。いつも人気が無くて、安全なところ。
まぁ、もし万一誰かがいたら、そのまま連続転移で姿を消せば済むことだ。多分、見間違いか幽霊でも見たことになって、噂にもならずに終わるだろう。
……で、そういうことにもならず、無事、スイーツ専門店へ。
「メロンのスウィートパフェとストロベリーショート!」
「バナナチョコサンデーとジャンボパフェ!」
「アイスクリームの三種盛りとフルーツパフェ!」
「「「とりあえず、最初はそれで!」」」
大量注文は、いつものことである。既に常連となった私達3人の注文に、今更驚くようなウェイトレスはいない。
出てきた順に食べまくり、追加に次ぐ追加。
そしてやってくる、アレ。
「「「うっ……」」」
ぐぎゅるるる~……
いや、決して学習効果がないというわけではない!
アレだ、アレ!
古代ローマの貴族が、食べた端から口に指を突っ込んだりクジャクの羽で喉の奥を突いたりして吐いて、延々と食べ続けるというやつ! ……私達は、出すのは下からだけどねっ!
いや、便秘に効く……、って、それは置いといて!
「私、先発!」
うん、この店のお手洗いには、個室がふたつある。そして今、他のお客さんがひとり行ったから、残るはあとひとつ。まずは、私から。
「次、どうぞ~。ふたつとも空いてるよ」
私がお手洗いから戻り、そう言うと、今度はサビーネちゃんとコレットちゃんが出撃。
そして私がのんびりと今日の予定を考えていると、出入り口の方で、ガラスか陶器が壊れるような、大きな音がした。そして。
「キャアアア、人攫いいぃ~~!!」
反射的に席を立ち、出入り口目掛けて猛ダッシュ!
この店のお手洗いは、入り口を入ってすぐ、会計台の手前で右に曲がり、少し奥まったところにある。つまり、店内の客席からはお手洗いから出入り口までの間は見えず、会計台にいる店員さんから出入り口の部分が見えるだけだ。
そして悲鳴は会計台の店員さんのものであり、成人女性をこんなところで力尽くで攫おうなどと考える者はいないだろうし、今、ここでないと誘拐のチャンスが得られない相手で、そしてサビーネちゃんとコレットちゃんがお手洗いに……。
それらのことを考えている間にも、身体は自動的に出入り口に。そして自動ドアが開くのももどかしく、外へと飛び出した。飛び出す前にちらりと見えたのは、床で砕けた陶器の破片。
多分、置物か何かが落ちるか倒れるかしたのだろう。暴れる誰かの手足が当たって。それで、店員さんがそちらを見て、犯行に気付いたのだろう。
クロロホルムを数滴染み込ませたハンカチで一瞬のうちに意識を、などというのは物語の中だけの話で、クロロホルムにはそんな即効性は無いし、かなりの毒性もある。だから、子供相手ならば口に布を突っ込んで声が出せないようにして、身体を抱え込んで力尽くで、というのが最も安全で手っ取り早い方法なんだろう……、とか考えているうちに、身体は自動的に外へと飛び出し、直角に曲がって駐車場の方に。ここで誘拐するのに、クルマを使わないはずが……、って、いた!
サビーネちゃんとコレットちゃんを抱えたそれぞれふたりずつと、それを手伝っているもうひとりの、計5人の女性と、クルマの後部座席からサビーネちゃんを引きずり込もうとしている男性。ここからは見えないけれど、多分運転席にも乗っているんだろうな。
暴れるサビーネちゃんに、なかなか苦戦しているようだけど、多勢に無勢、手足を押さえつけられて、サビーネちゃんが無理矢理押し込まれた。それに続いて、コレットちゃんも。私は、慌てず、立ち止まってそれを眺めていた。
……視界に入ったなら、もう心配することはない。あくまでもこれは『誘拐』なのであって、犯人達にはふたりを傷付ける意図は全くないだろうから。たとえふたりが顔を引っ掻こうが噛みつこうが、多分傷ひとつ付けないように強く命令されていることだろう。
なので、逃げられる心配がないように、もう少し待てばいい。
何とかふたりを後部座席に押し込んだ犯人達は、女性のうちひとりがそのあとから後部座席へ、そしてもうひとりが助手席へと乗り込んだ。あとの3人は、となりに駐めてあるクルマの助手席と後部座席へ。
まぁ、定員オーバーだから、もう一台用意しておくよねぇ。万一の時は追跡するクルマを妨害したりする役目もあるのかも。多分、数人の犠牲を出してでも誘拐の成功を重視しているだろうから。
……で、どうして私がこんなにのんびりしているかというと……。
ガクン!
ぶおおおおおぉん!
思い切り吹き上がったエンジン音と、微動だにしない2台のクルマ。
動くはずがない。その2台のクルマには、タイヤが付いていないのだから。……1本も。
発進寸前のクルマのタイヤを、全部転移で領地邸の庭へ運んだのだ、さっき。
タイヤを失ったクルマはガクンと数十センチ分落下したけれど、ドライバーはそのままアクセルを踏み込んだために、盛大な空吹かしとなったわけだ。そして、それに続いて……。
「あ、姉様!」
「ミツハ!」
再び連続転移で、サビーネちゃんとコレットちゃんを伴って、向こう、こっちと往復した。うん、これがあるから、私の視界内にさえいれば、そして直近に危険が差し迫っているのでなければ、あまり心配はないんだよね。
だから、もし相手が錯乱した粗暴犯とかなら、私はもっと慌てて、すぐにふたりを救出してた。今回は、犯人達がそういうタイプではなく、そして完全に視界内に捉えられていたから、いいタイミングになるのを待つだけの余裕があったんだ。もしそうじゃなければ、多分私は逆上してた。
一番怖かったのは、私が見つける前に逃げられて、サビーネちゃんとコレットちゃんを助けられないまま完全に見失うことだったから、店の入り口脇であの陶器を壊してくれたことが、大手柄となったわけだ。
……弁償は、私達にではなく、犯人側に請求してくれるよね?
そして、ポケットから携帯を取り出して、とある番号に連絡。そう、この国で何か面倒事に巻き込まれた時にはすぐにここに連絡してくれ、といって、国の偉い人から教えられていた番号だ。多分、黒っぽい服を着た、怖いおじさん達が駆け付けてくれるんだろうな。
……と思っていたら、僅か2~3分で来たよ、クルマ4台で、大勢が。まだ、慌てて店から出てきた店員さんや、他のお客さん達との話もろくに進んでいないのに……。
聞いてみたら、この街に前進待機所があって、更にそこから交代でウルフファングのベース横に車内待機の者が派出されているらしい。勿論、私達がたまに出没するから、この街の待機所でも、いつでも緊急出動できる態勢なんだとか。そして今回は、大事なので仮眠中の者も叩き起こしての全力出撃だとか。……御苦労様です。
で、誘拐犯達がなぜクルマを捨てて逃げ出していないかというと、最初にタイヤを転送した時に、一緒に持っていったせい。ドアを開けるために必要な、ドアの内部に組み込まれているパーツを。
あのパーツが無いと、取っ手を引いてもラッチが外れないから、ドアが開かない。
ついでに窓を開けるための部品や、車内にあった通信機も、銃器も、刃物も、暗器の類いも、全部。更に、自決用と覚しき毒物も一緒に転送しておいた。多分、本人達もそこまではまだ気付いていないだろうけどね。
武器が全て消え失せていることに気付いたのか、少し呆然としていた誘拐犯達は、抵抗の素振りもなく、おとなしく捕縛されている。何か、気が抜けたみたいな感じなのは、もしかすると、自決しようとして瓶の中身を飲み干そうとしたら、中身がからっぽだったために一気に気が抜けた、とかかな?
必死の決心で自決しようとしたら、外れ。
うん、そりゃ、心が折れて、呆けるわ……。
あ、クルマのドアは、さっきラッチ部分そのものを転送したから、黒服の人達が外側から開けようとしたら、簡単に開いたよ。僅か1ミリ秒で転送したから、私の姿が一瞬ブレた程度で、もし見られていたとしても、自分の眼のちらつき程度にしか思われていないだろう。
あ、もう1回転移して、武器とかをクルマの中に戻しておかなくちゃ。
罪が軽くならないように、ちゃんと武装誘拐団だという証拠を残しておかなくちゃね。