134 説 得
「だから、私にも都合とかプライベートとか、他の仕事とかもあるんだよ!」
「具体的には?」
「デ、デートとか……?」
「「嘘だっっ!!」」
失礼だね、キミタチ!
劣勢である。サーラスポンダである。
困った……。
コレットちゃんが、コマッタちゃんに……。
どうすべぇ……。
仕方ない、本当のことを教えるか。……一部分だけ。
「よし、じゃあ、私が何をしているか、見せてあげるよ!」
そう言って、ふたりの手を握って、転移。
「こ、ここは……」
わけが分からず、そう言うのが精一杯のサビーネちゃんと、無言のコレットちゃん。
私達3人が出現したのは、1メートル四方より少し広いくらいの、窓も何もない、狭いスペース。上の方に明かり取りのスリットがあるから、真っ暗闇というわけじゃないけど、照明も何もない。あるのは、ただ、ドアがひとつだけ。
そう、ここは、ギャラリーカフェ『Gold coin』の一部である。店の裏側の壁面にくっつけて後付けで作った、小さなボックスなのである。
何のために作ったかというと、転移用だ。
建物の中は、1階部分はお店関係、2階部分はルディナの生活スペース。
ルディナの部屋はひとつだけで、他の部屋は空き部屋だ。倉庫代わりに、食材や普段は使わない器材、予備の食器とかを置いているけど。
でも、私がいきなり2階に出現して階下に下りてきたら、あからさまに怪しいだろう。しかも、それがしょっちゅう、とかになると、ルディナに怪しまれる。
だから、この外付けのスペースに転移して、ドアを開けて、外に出る。
私がここから出てきたり、中にはいったりするところを他の人に見られても、ここが独立したスペースだとは知らない人達には、私が裏口から店内に出入りしているとしか思われないだろう。
そしてルディナとシルアがそれを目撃する確率はとても低いし、もし見られたところで、物置の中を確認していた、とか言えば済むことだ。
うむ、完璧のカムフラージュである。
「さ、こっちだよ!」
ドアを開け、ふたりの手を引いて、外へ。そしてぐるりと廻って、店の正面側へと移動した。
転移室は、外側から鍵を掛けたりはしない。そんなことをすれば、次に転移してきた時に出られなくなってしまう。どうせ中は空っぽなのだから、何かを盗まれる心配はないし。
転移室から戻る時は、内側から掛け金を掛けておく。ま、気休め程度に。
「じゃ~ん! これが、雑貨屋ミツハ、領地邸、日本邸に続く、ヤマノ子爵家の4番目の拠点、ギャラリーカフェ『Gold coin』だよ!」
「「えええええ!」」
店の正面で、ふたりに店のお披露目というか、紹介。そして、ふたりを連れて、店内へ。
「あれ、オーナー、何か御用ですか?」
店内では、シルアが棚に食器を並べていた。ルディナは、食材店に最終確認に行っているらしい。
「いや、ちょっとお友達にお店を見せてあげるだけだから、気にせず準備作業を続けててね」
そう言って、サビーネちゃんとコレットちゃんにお店の案内を。
1階の店舗関連の部屋を見せた後、2階へ。但し、ルディナの部屋は、案内の対象外。さすがに、いくら私が借りている建物でも、他人の部屋に勝手にはいるわけにはいかない。
「ん~……」
小さな店だから、案内はすぐに終わった。そしてサビーネちゃんとコレットちゃんは、微妙な表情。
うん、まず、私とシルアの会話から、ここが自分達の国ではないということは分かったはず。ふたりが知らない言葉で話していたからね。そしてここには、お店関連、つまり調理器具や食器の類いは色々とあるけれど、テレビやDVDその他の、ふたりが興味を持ちそうなものは、何もないんだよねぇ。日本の自宅みたいな『楽しそうなもの』はあまりない。なので、どうやらあまりお気に召さなかった模様。
「じゃ、次、行くよ」
「「え?」」
そしてふたりを連れて店を出て、ぐるりと廻って転移室へ。
内側からちゃんと鍵を掛けて、転移!
「ヤマノ子爵家5番目の拠点、『ヤマノ物産店』だよ!」
「「え……」」
今度は、新大陸のヴァネル王国の王都にある拠点、『ヤマノ物産店』である。
そして、転移で着いた場所は、勿論お店の2階の、何もない、がらんとした空室。一応、名目上は私が住んでいることになっている部屋である。
「何もない……」
サビーネちゃんが、がっかりしたようにそう言うが、この部屋はただの転移用の場所に過ぎない。さっきの、ギャラリーカフェ『Gold coin』にあった後付けの転移室と同じだ。
ふたりを連れて1階に降りたけれど、まだオープン前の店に並べてあるのは、ふたりの母国で普通に売っている品々のサンプルと、一部の『この世界にあってもおかしくない程度の、高品質の日本製品』くらいである。宝石やアクセサリーの類いは、盗難対策として、営業時間以外はここには置かないことにしている。
「……つまんない……」
コレットちゃんも、ヤマノ子爵家の2箇所の新拠点は、お気に召さなかった様子。
そりゃ、この店には地球のものが殆どないからねぇ。『Gold coin』も、ただの食べ物屋に過ぎないし。
そして、ここも『Gold coin』がある場所も、ふたりの言葉は通じない。つまり、私が通訳しないとどこにも行けず、何もできないということだ。ふたりには、この2箇所にいるくらいなら、雑貨屋ミツハか日本にいる方がずっと楽しいだろう。
「サビーネちゃんもコレットちゃんも、いつも私と遊んでばかりじゃないでしょ? サビーネちゃんは、行儀作法や王女様としてのお勉強、コレットちゃんはミリアムさんやラシェルさん、アントンさん達から色々なことを教わって勉強しているでしょう? それと同じように、私もひとりでやらなきゃならない仕事が色々とあるんだよ。つまらないことや、やりたくないこともね」
「「…………」」
よし、どうやら理解してくれたようだ。これで、しばらく放置しても大丈夫!
新大陸の方は、毎日貴族のパーティーがあるわけでなし、店で寝泊まりするわけでもないから、たまに行けばいいや。店も、稼ぐためのものじゃないから、用事があって行った時にときたま開ければいい。
今の優先事項は、……ギャラリーカフェ『Gold coin』の開店だよね!
* *
そして遂にやってきた、ギャラリーカフェ『Gold coin』の開店日。
別に、大々的な宣伝やイベント、客引き等をやったりはしない。一時的に無理に集客しても、碌なことはない。普通に、地味にスタートして、ゆっくりと街に馴染んだ店になってくれれば充分だ。
お店はルディナとシルアに任せて、私は余計な口出しはしない。店長の名はルディナのものであり、私はただのオーナーだ。なので、陰からそっと様子を窺うだけ。
宣伝無しでオープンしたため、開店前に行列ができたり、客が殺到したりすることもない。ルディナ達には、開店から数日間はお客さんが来なくても気にしなくていい、この店は経費が賄えてみんなへの給料が払えれば、内部留保や利益剰余金とかは考えなくていい、と言い含めてある。
あまり赤字が大きいと困るけれど、少し位なら構わない。先物取引やFX(外国為替証拠金取引)でレバレッジをかけるわけでもなし、小さなカフェで巨額の損失が出ることはない。それくらいなら、新大陸でひと稼ぎすれば、いくらでもカバーできる。あの店での稼ぎは、領の予算ではなく、私の個人資産に入れても構わないだろうからね。
敵国を儲けさせるのはあまり良くないから、金や宝石、その他の物資等を大量に捌くのは控えるべきだけど、国家規模の予算から考えると、個人的な少々の金額なんか、殆ど影響はないだろう。
そして、『Gold coin』を作った本来の目的である、外貨を正当な手段で日本に送金し、山野光波の口座に入れるという本来の目的が果たせれば、それでいい。
日本の税金やら何やらで半減しそうだけど、私が年齢を誤魔化しきれなくなって日本を去るまでの10年くらいの間の生活費や、異世界持ち込み用のものの買い付け資金……、って、こっちは正規のルートで持ち込まなくてもいいか。私の日本での生活に使われるわけじゃないから、届けてある収入に対して生活が派手、とか勘ぐられる心配もないし。そもそも、収入じゃないしね。
よし、これは脱税じゃない!
正直に使途を届けられないから省略するだけであって、決して脱税ではない!!
よし、店の外から、ガラス窓越しにそっと店内を窺ったけれど、特に問題はなさそうだ。
……まだ客がひとりもはいっていないのだから、問題の起こりようもないけどね。
では、柱の陰からの『飛雄馬……』を終えて、撤収!