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アーティストとファン

 イヤホンから流れるメロディー。集中すれば頭に入ってくる詞。

 スメールチはそれらを聞き流しながら、休日の真っ昼間を一人で過ごしていた。街は人で賑わっていて、店にも道にも人の波が出来ている。


「似合わないなぁ……」


 そんなことを言いながら、表情を変えずにスメールチは呟く。それが何に対してなのか、何が似合わないのか、それは彼自信しか知らないし、そんな呟きなど誰も聞いていない。

 音楽を止めてイヤホンをはずしても、同じ曲が何処からか聞こえてくる。流行りの曲なんて大抵こうだ。流行っているときであれば、何処にいたって嫌でも聞くことができる。


「本当に、似合わないねぇ」


 ヒヒヒとスメールチは口だけで笑った。そして真っ直ぐに前を見る。

 視線の先には一人の女がいた。


「似合わないとはぁ、なんですかー」


 不機嫌そうに彼女は言う。

 真っ黒な長い髪の毛に、緑色の瞳。泣き黒子が特徴的で、なんだか大人びて見える。

 だというのに子供っぽいキャスケットをかぶり、細身のパンツと白のTシャツ、それから黒のカーディガンという格好はどこかアンバランスだった。


「その格好かなーーヒヒ、なんてね、嘘だよ。格好自体は似合ってるさ。可愛いよ、何時でも。勿論今日も、ね」


 その一言でさらに機嫌を悪くしそうになったロレーナの反応を楽しみながら、スメールチは言う。


「でも、その髪はおかしいよね」


 そう。本来ロレーナの髪は金髪なのだ。それを今、わざわざ染めて黒くしている。


「仕方ないじゃないですかぁ……こうでもしないとぉ、町を歩けないんですからー」

「ヒヒヒ、大変だねぇロチェスさん」

「ロチェスって呼ばないで下さいー」


 ロレーナはロチェスと名乗り歌手として活動しているのだ。その正体を隠すためにわざわざ髪の毛を黒くしているというのに、名前を呼ばれてしまっては意味がない。


「まぁ、僕が言ってるのは外見のことじゃないんだけどね」

「? 髪色がおかしいってぇ、話じゃあないんですかー?」

「別に。残念ながら似合ってるよ、黒髪。ヒヒヒ……似合わないってのはロチェスさんの活動その他諸々かな」

「……全否定しないで下さいよー」


 悲しそうな顔をするロレーナに対し、スメールチは無表情だがどこか笑っている。きっと本気で似合わないなどと言っているわけではないのだろう。きっと、彼の本心は何処か違うところにある。


「『君と僕とで物語(せかい)紡ぎ』『果てない世界(そら)へ手を伸ばして』……だっけ?」

「……音痴過ぎてぇ、なに歌ってるかぁ、全然わからなかったですー」

「言ってくれるねぇ。散々聞いてるから歌えると思ったんだけどなぁ」


 音痴はなおらないね、とスメールチは言った。多分笑っている。

 スメールチが歌ったフレーズは、今町中で流れており、さっきまでスメールチがイヤホンを使って聞いていたロレーナ……ロチェスの新曲だ。普段とは一変したロック調の曲で話題になっている。スメールチはその曲がロレーナに似合わないと笑っているのだ。


「なんでこんな歌歌ってるんだい?」

「……別にぃ、歌うこともぉ、好きですしー」

「でも本当にしたいことじゃないんだろう?」


 優しく、諭すようにスメールチは言った。相変わらずその表情は何一つ変わらないのだが、しかし不思議なことに微笑んでいるようにも見えた。


「はい、これ。お土産だよ」

「これはぁ……?」

「とある喫茶店の店員が作ったスフォリアテッレだよ。働きづめの君にってさ」

「……わざわざぁ、これのためにー?」


 言いながらロレーナは茶色い小さな紙袋を受け取った。紙袋には小さなリボンと丸いシールで簡素なラッピングも施されている。

 そのお土産の意味をロレーナは知らない。そして、スメールチにもそれを伝える意思は無いようだ。


「ヒヒヒ、人気アーティスト様は忙しいからね。これひとつ渡すだけでも骨が折れるよ」

「これひとつぅ、受けとるためにー、予定を全部キャンセルしてきたんですけどー……」

「そいつは良かった」


 ジト目で不満を訴えるロレーナにスメールチはにこりと笑った。無表情ではない。きちんと、表情筋を動かして。

 それは決して不自然で歪な笑顔ではなく、自然で見とれそうな、そしてどこか、悪戯っぽさも含む笑顔だった。


「それじゃ、いこうか」

「? どこに、ですかー?」

「んー、デートかな」

「またそんなぁ、ふざけたこと言ってー」


 二人は笑いながら歩き出す。

 その本意はお互いまだ知らない。

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