第1話 お茶会という名の作戦会議
一か月も前に個室を予約しておいて良かったですわ。豪華に飾ることなく、壁に小さな花瓶の絵が飾られているだけの部屋。
広くはない部屋だけれど、三人で気兼ねなくおしゃべりができます。
ケーキが美味しいと評判のこの喫茶店でのティータイムが楽しみでした。
純白のテーブルクロスがかけられた丸いテーブルは、窓からの光で部屋を明るくさせているようです。
私たちの前には大きなお皿に乗せられた小さなケーキが五つ並べられています。
三人ともすべて同じではなく、一人ずつ少し違うラインナップになっていました。
お皿の隣には、花柄のティーカップと同じ柄のティーポット。
学業の息抜きには少々贅沢すぎたでしょうか。
いえ、今の私たちには必要ですわ。畏まることなく学生服でお店に来られるのも学生の特権です。
「なんて可愛らしいケーキなのかしら」
黄色の瞳をキラキラさせながら、サフィニア様の口からため息が漏れます。
デマンド伯爵家の令嬢で、年齢は一つ上ですが、幼い頃から仲良くさせていただいています。青いショートボブが彼女の溌溂さを感じさせます。
もうお一方、隣に座るのは波打つ薄紫の髪を背中に流しているイベリス様は言葉もなくケーキを見つめています。
とても嬉しそうで何よりですわ。
ターフェイト伯爵家の令嬢で、年齢はサフィニア様と同じ。イベリス様も幼い頃から仲良くさせていただいております。
「さあ、せっかくです、いただきましょう」
私が促すと、二人は頷いてフォークを手に取りました。私もフォークを握ります。
手前にあったチョコレートでコーティングされているケーキをフォークで半分に切ります。ケーキは抵抗なく切れました。
なんて柔らかいのでしょう。
チョコレートに包まれた中はスポンジケーキとチョコレートムースの層になっていました。
パクリと一口。
外のチョコレートの苦味と中のムースの甘味のバランスが心地よい。
苦味と甘味を堪能して出るのは、ため息。
感嘆のため息ではありません。疲労からくるため息です。
「どうしたものでしょうね」
美味しそうなケーキたちに目を落としてこんなことは言いたくありません。
でも、口からつい出てしまいます。
サフィニア様もイベリス様も同様でした。
「マリーがやんわりと言っても聞く耳を持たなかったものね」
サフィニア様が困った顔をします。そうなる気持ちもよく解りますわ。
イベリス様も難しい顔で考え込みました。
「三人とも、いったいどうしたんでしょう?」
イベリス様の言う三人。それは私たちの婚約者たちです。
私たちは今、貴族が通うミアトリクス学園に在籍しています。そこで座学、魔法、剣術など高等教育を受け、それぞれの進路へ進みます。
私は今年入学した一年生、サフィニア様とイベリス様は二年生です。
申し遅れました。
私はメリディアナ侯爵家の長女、マリーローズと申します。
私の婚約者は生まれた時から決まっていました。ハックナイト公爵家の長男であるアスター様です。
サフィニア様の婚約者は騎士団長の息子であるラタム・ヘリオード伯爵令息。
イベリス様の婚約者は宰相の息子であるニゲラ・アデシン伯爵令息。
婚約者たちは、私と同じ一年生の女子生徒に付きまとっているのです。
お相手は平民から召し上げられたプルーム男爵家の養女、ルピナスさん。
噂ではルピナスさんが秘める魔力の多さからプルーム男爵が金で買い上げたと聞いております。その証拠に、ルピナスさんの生家である商会は事業を拡大しているそうです。
それが三年前の話です。
ルピナスさんは隣のクラスなので直接お話したことはありません。遠目で見ている限り、貴族の礼儀作法はまだお勉強段階、と言ったところでしょう。
当初は貴族社会に不慣れなルピナスさんに気を遣っているのかと思いました。
平民出身の彼女を快く思わない者もいます。
アスター様もプルーム家の養女の話を聞いて
「平民が貴族になれるわけがない」
などと鼻で笑っていたくらいです。
ですが、様子がおかしいのです。
お昼休みには他の同級生たちを押しのけて昼食を共にし、放課後もルピナスさんを取り囲むように過ごしています。
生徒会のお仕事は大丈夫なのでしょうか?
ルピナスさんの様子を見ていると、愛想笑いを浮かべるだけでどうしていいかわからない、といった様子でした。
淡紫の瞳が困惑で揺れているのは一目瞭然です。
高位の貴族に囲まれて、戸惑うのは当然のことです。まして男爵という身分で、彼らに意見を言うことなどできるはずもありません。
このままではルピナスさんにお友達ができません。
ただでさえ、社交の場に出たことがないのです。顔を知っている人すらいないでしょう。
同級生も公爵家相手に近づくことは困難です。いくら学園内では平等と言っても、やはり今後のことを考えると失礼なことはできません。
ですから、私がやんわりとルピナスさんから離れるよう進言しました。
「アスター様、もうルピナスさんのことを蔑む人などいませんわ。生徒会のお仕事もあるでしょう? これ以上はアスター様の負担になってしまいます」
「気にするな。それくらい大丈夫だ。ルピナスは俺が守らねば」
アスター様は紙を丸めてゴミ箱へ投げ捨てるように、私の言葉を跳ねのけてしまいました。
ですから、それが要らないのだと言いたいのですが、伝わっていない様子でした。他のお二方も同じです。
「ルピナスは貴族になってまだ間もないからな」
「僕たちが気を遣ってやらねば」
その言葉に悪意はなく、善意に満ち溢れていました。だからこそ厄介なのです。
これでは、お三方が婚約者を蔑ろにしている。
ルピナスさんがアスター様たちを侍らせている。
そんな噂話が生徒たちの間を駆け巡ります。
それに伴ってルピナスさんの肩身がどんどん狭くなっていきます。
入学して一か月ほど様子を見ていましたが、これではルピナスさんの心労が溜まる一方です。勉学にも支障がでます。
「ここはもっと強く言ってみたほうがいいかもしれませんわね」
私は紅茶を口に運びます。口に含み、飲み込むと同時に香りが鼻を抜けていきました。ホッとする香りです。
サフィニア様が頷きました。
「そうね。私も一緒に言うわ。多少口論になるかもしれないけど、このままじゃルピナスさんが気の毒だもの」
「私もお供します」
イベリス様も同意します。
お二人も一緒なら心強いわ。
公にアスター様へ進言できるのは婚約者であり、侯爵家である私だけ。よろしくない行動を諌めるのも婚約者の務めです。
私たちは美味しいケーキを食べて英気を養い、お店を後にしました。
「おや、マリーじゃないか。久しぶり」
すると、声がかけられました。聞いたことのある声です。振り向くと、見覚えのある金髪と水色の眼差しが目に留まりました。
「ローダン様。お久しぶりでございます。今日はお休みですか?」
私はスカートの裾を軽くつまみ、お辞儀をします。
セレスタ侯爵家の嫡男ローダン様です。王太子の側近を務めてらっしゃいます。
お勤め柄、なかなか会う機会はありませんでした。最後に会ったのはいつだったでしょう。
「ああ。久々に喫茶店巡りをしようと思ってね」
ローダン様は柔らかな笑みを浮かべ、私たちが出てきた喫茶店を見上げました。
「ここのケーキは美味しいと聞いたけれど、どうだった?」
「はい。大変美味しゅうございました」
小さな悩みが吹き飛ぶくらいは美味しかったです。
「じゃあ、今日はここにしようかな」
ローダン様は一つ頷いた。甘いものがお好きなローダン様は、お休みの日は様々なお菓子屋さんに足を運んでいるそうです。
「ぜひ。おすすめしますわ」
私はニッコリと微笑んでこの店を薦めました。
個室もありますし、また予約してここで作戦会議をするのもいいかもしれません。
まるで悪だくみをするようで、ちょっと楽しいですわ。悪いことではないですけど。
お読みいただきありがとうございます。
続きを読みたい!と思う方はぜひブックマークをご活用ください。
マリーローズたちの奮闘をどうぞ見守ってくださいませ。




