1.オカマバー「アコーリス」は今日も客が少ない
琥珀様企画「春の異世恋推理'26」参加作です。
やがて、小さな峠が見えて来た。
「いいか、お前はこっちの道を行くんだ。」
「どうして?」
「あの峠には甲冑を着た悪魔がいる。その悪魔は、お前を見つけたら殺してしまうだろう。」
「お兄さんたちも殺されるの?」
「私達は大丈夫だよ。」
男の子は、泣いてしまった。
「……一緒に行きたい。」
「駄目だ。ここでお別れだよ。」
「この細い道を真っ直ぐに行けば里に下りられる。さあ、行きなさい。」
…………………………………………
「暇ねー。」
ここは新宿の一角、表通りから路地を二本入った所にある、ちょっとさびれた雑居ビルの三階にある、オカマバー「アコーリス」だ。
「こういう日は、来たりするのよねー。」
「誰が?」
「あんたみたいなのが。」
マスター(性別オス)が、カウンターの客にぼやき始める。
カウンターには、背中の開いたドレス姿の若い女性が一人座っていて、ブラディー・マリーを飲んでいた。この女性、もう二時間程こうして飲んでいるのだが、少しも酔った様子がない。
そして、女性の背中には、青緑の輝きをもつ大きな漆黒の翼が生えていた。
「相変わらず酔わないわね、ダンタリオンちゃん。」
「なんか体質みたい。」
彼女の他にも客は何人かいるのだが、彼女の背中の大きな翼のことを気にするものは誰もいない。いや、いるのかも知れないが、それを口に出して言うものはひとりもいない。
ここはオカマを中心に色々なセクシャルマイノリティ達が訪れる店。マスターも客も、この店の中で見聞きした事は、店の外では一切口外しない。そう言う不文律がある。だから、背中から羽が生えた客がいたところで、誰も気にしたりはしない。ここはそういう場所だ。
そして、誰も気にしない理由はもう一つある。この店のトイレである。
そこからは、ごくたまに、背中に羽の生えた人間が、突然現れるのである。それは、常連客なら先刻承知の事実であった。
◇
「あんた、クロアチア出身だったっけ?」
「そうよ。」
「こうして喋ってても日本人にしかみえないわー。」
「日本ももう長いからね。」
「クロアチアって、羽の生えた人多いの?」
「そんなわけないでしょ。」
もう何遍も説明したでしょ、みたいな顔をしながら、不老不死の悪魔ダンタリオンが自らの出自を語る。
「昔、クロアチアの台地の上の山の中に、背中に羽の生えた一族が小さな村を作って暮らしていたの。私はそこの出身なのよ。」
「その村って、まだあるの?」
「とっくに消えて無くなったわ。昔は里の人達とは仲良くやってたんだけど、クロアチアにキリスト教が伝わってから、あいつらは聖書に出てくる悪魔だ、って言われるようになって、ある日、王が軍隊を差し向けて村を潰したの。」
「良く生き残れたわね。」
「王の軍隊の中に、討伐に疑問をもって、私達に事前に知らせて逃がしてくれた人がいたの。それからクロアチアを離れて、西ヨーロッパを放浪して、結局最後に日本にたどり着いた、ってわけ。」
「苦労したのね。」
「色々ね。ジントニック頂戴。今日はそれ飲んだら帰るわ。」
「はいはい。」
◇
マスターがジントニックを作り始める。
ダンタリオンがブラディ・マリーを飲み干す。
「ところでマスター、店の名前の『アコーリス』ってどういう意味?」
「あれはね、ラテン語で『茎が無い』って意味。」
「え?マスター……もしかして取っちゃったの?」
「それはまだ内緒。」
と、突然、トイレのほうが騒がしくなった。
トイレの方に目をやると、一人の女性が出て来た。背中には大きな黒い羽を背負っている。
「勘が当たったみたいね。久しぶりだわ。」
ダンタリオンが、その女性を見て固まる。
「カイラ?」
その女性が驚いた顔で答える。
「姫様?」
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姫様?




