第6話:臨時休校は暴落のサイン? 恐怖の「全校一斉・家庭訪問」!
1. 静寂の月曜日と「空売り」の予感
「……静かすぎる。これは、嵐の前の静けさなんてレベルじゃないぞ」
週明けの月曜日。私立八重洲学園の正門前で、俺、高坂優人は戦慄していた。
いつもなら、俺が校門をくぐった瞬間に「筆頭株主、登校ォォ!」という野太い叫び声が響き渡り、カレン株の急騰に合わせて校門にレッドカーペットが自動展開されるはずなのだ。あるいは、アリスの風紀委員軍団が俺の登校時間をミリ秒単位で計測し、ひまりが背後からタックルをかましてくる。それが、俺にとっての「日常」だった。
しかし、今日、目の前にあるのは、固く閉ざされた鉄門と、風に舞う一枚の掲示板だけだった。
『本日、システムメンテナンス(教職員研修)のため、生徒は終日自宅待機とする。なお、担任および関係者による「抜き打ち家庭訪問」を実施する場合がある。生徒諸君は身の回りを清め、市場の安定に努めること』
「……嫌な予感しかしない。っていうか、最後の一文、誰が書いたんだよ」
『ピコンッ』
俺のポケットの中で、スマホが冷たい通知を鳴らした。
【市場速報:学園市場、一時閉鎖。全銘柄、場外取引(OTC)へ移行】
【理由:教育的指導という名の「市場直接介入」が発生。各ヒロインのバックボーンが動く気配あり】
佐藤からLINEが入る。『高坂、今すぐ逃げろ。今回の家庭訪問、ただの面談じゃない。カレン様たちの「実家」が、お前のプライベートを直接査定しに行くっていう極秘情報を掴んだ。お前の部屋が「優良物件」か「ジャンク債」か、その目で確かめるつもりだぞ!』
「査定だと……!? 俺の六畳一間のアパートが、神宮寺財閥の監査に耐えられるわけないだろ!」
俺は自転車に飛び乗り、ペダルを全力で漕いだ。
自分の城を守るため、そして、俺という「資産」の平穏を守るために。
2. 第一の刺客:神宮寺財閥の「資産査定」
午前10時。俺が自室で息を切らし、脱ぎ散らかした靴下をクローゼットに押し込んでいた、その時だった。
ズズズ……と、古い木造アパートが地震のように揺れた。
窓から外を見ると、住宅街にはおよそ似つかわしくない、全長10メートルはあろうかという漆黒の防弾リムジンが、我が家を包囲するように鎮座していた。
ピンポーン、とインターホンが鳴る。
「……はい」
恐る恐るドアを開けると、そこには黒いサングラスに耳の通信機、そしてピシッとしたブラックスーツに身を包んだ屈強な男たちが、ラグビーのスクラムのような陣形で立っていた。
「高坂優人様ですね。神宮寺財閥・特殊資産運用部、および『令嬢幸福守護委員会』の者です。本日、お嬢様の投資先……失礼、大切なご友人の生活環境が、将来的なリターンに見合うものか精査に参りました」
「いや、リターンとかないです! ただのクラスメイトですから!」
俺が叫ぶのを無視して、黒服たちが土足厳禁を無視して(代わりに白い布を靴に被せて)一斉に部屋になだれ込んできた。
「壁の薄さ、遮音性、共にDランク。セキュリティ……鍵が一つ。論外だ」
「冷蔵庫の中身を確認……。使いかけの納豆、半分残った豆乳。庶民的かつ堅実。Cプラス評価」
「本棚の漫画……。少年誌がメイン。市場のトレンドに敏感と判断」
「勝手に査定するな! 恥ずかしいだろ!」
「お黙りなさい!」
男たちの後ろから、顔を真っ赤にした神宮寺カレンが、高級そうなシルクのワンピースを翻して現れた。
「いい、優人くん。これは財閥の正式な『内定調査』なの! うちの父が、あなたの部屋に『怪しい女(隠し銘柄)』が潜んでいないか確認して、神宮寺家の婿……じゃないわ! パートナーとして相応しいか白黒つけるって聞かなくて!」
『ピピピピッ!』
【カレン株:場外価格 320,000円(ストップ高)】
【理由:カレン様、自分の部屋以外で優人くんと密室にいるシチュエーションに、恥ずかしさが成層圏を突破したため】
カレンは真っ赤な顔で俺のベッドの匂いを嗅ごうとして、「っ……! 変な匂いはしないわね!」と自分を誤魔化すように叫んでいる。
「お嬢様、この枕の硬さでは、将来的な安眠が保証されません。至急、スウェーデン製の特注ベッドを搬入すべきかと」
「そうね……! 手配しなさい!」
「勝手に家具を増資するな!」
3. 第二の刺客:生徒会の「強制捜査(ガサ入れ)」
カレンたちのドタバタが終わらないうちに、今度はアパートの外から「止まれー!」という叫び声と、マイクのハウリング音が響いた。
「そこまでよ! 特定の個人に対する不透明な贈与および、独占禁止法違反の疑いがあるわ!」
ドタバタと階段を駆け上がり、ドアを勢いよく開けたのは、生徒会会計の四宮アリスだった。
彼女は「生徒会監査」という派手な腕章を巻き、手にはノートPCを抱えている。
「四宮!? お前まで家庭訪問かよ!」
「当然よ! 会計として、学園の筆頭株主が、特定の巨大銘柄と密室で癒着・インサイダー取引を行っていないか、ガサ入れに来たのよ!」
アリスは俺の部屋に入るなり、クローゼットをバッと開け、カレンが連れてきた黒服たちを「邪魔よ、公務執行中よ!」と蹴散らした。
「四宮さん、あなたこそ、生徒会の権力を私物化して優人くんのプライベートに介入するなんて……。市場への背信行為よ!」
「うるさいわね! 私はただ、学園全体のインフラ(優人くんの生活)を標準化しようとしているだけよ! ……な、何よこの引き出し。プリントが溜まってるじゃない。……不潔よ、私が整理してあげるから、じっとしてなさい」
アリスは俺のプリントの束を整理し始めたが、その手は激しく震えている。
「……四宮、お前、さっきから俺の数学のノートを抱きしめてないか?」
「なっ、何言ってるのよ! これは、筆跡からあなたのストレス値を算出しようとしているだけで……! 決して、あなたの匂いを確認しているわけじゃないわ!!」
『ピロリンッ♪』
【四宮アリス株:場外価格 195,000円(爆騰)】
【理由:優人の私物に触れ、理性のインフレが止まらないため。現在の脳内はデレ100%】
「お嬢様、生徒会による介入を確認。対抗措置として、この部屋の土地を神宮寺財閥が買い占める提案をします!」
「許可するわ! 今すぐ地主に連絡を!」
「待て! 俺の部屋を領土問題に発展させるな!」
4. 第三の刺客:幼馴染の「無償の昼食供給(TOB)」
「あーっ! 二人とも、優人くんの家で何やってるのー!」
最後に現れたのは、自転車のベルを「チリンチリン!」と乱打しながら、坂道を爆走してきた橘ひまりだった。
彼女はカゴいっぱいに詰まったビニール袋を抱え、玄関にノーブレーキで突っ込んできた。
「優人くん! 臨時休校ってことは、二人きりで『おうちデート』のチャンスでしょ! はい、これお母さんから預かってきた、特大のすき焼きセット! 生卵も10個あるよ!」
「ひまり……お前まで……。っていうか、六畳間に三人と黒服5人は無理だろ! 酸素が足りない!」
狭いアパートの室内は、もはや「住居」としての機能を失っていた。
カレンが持ち込んだ高級シャンパン(ノンアル)の栓が抜け、アリスがノートPCで俺の過去の成績をグラフ化し、ひまりがカセットコンロを畳の上に直置きして肉を焼き始める。
「いい、優人くん。今日の夕食は、神宮寺家専属シェフがヘリで運んでくる最高級フルコースよ!」
「いいえ、生徒会が推奨する、栄養バランスと彩りに優れた完全定食を私がここで作るわ!」
「すき焼きだよ! 割り下の匂いでお腹空かせてあげるんだから!」
三人の少女による、俺の胃袋と「生活権」を巡る、熾烈なバトルロイヤルが始まった。
「お嬢様、調理スペースが不足しています。壁を壊して増築しましょうか?」
「いいわよ、許可するわ!」
「許可するな! 賃貸なんだぞ!!」
『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』
俺のスマホが、警告音を鳴らし続ける。
【場外市場:パニック。主要三銘柄が狭い密室で同時接触した結果、好感度のエネルギー密度が臨界点を突破。アパート周辺の時空が歪み始めています!】
5. 結末:大引けの「家族会議(株主総会)」
結局、三人が作った(あるいは持ち込んだ)料理によって、俺の小さなローテーブルは「一食の推定価格200万円、総カロリー3000kcal」という、バグったような和洋折衷コースへと変貌を遂げた。
俺はカレン、アリス、ひまりの三人に囲まれ、代わる代わる「あーん」を強要された。
「ほら、優人くん。このフォアグラ入りの卵焼きを食べなさい。神宮寺家の味よ」
「高坂くん、この私が自ら皮を剥いたリンゴよ。ビタミンCは大切なんだから、早く口を開けなさい」
「優人くん! お肉焼けたよ! ほら、熱いうちに食べて!」
俺は必死に食べた。胃袋がストップ高どころか、破裂寸前だ。
だが、そんな俺を囲む三人の表情は、不思議と柔らかかった。
「……ふふ。優人くん、口の横にソースがついてるわよ」
カレンが、高級なハンカチで俺の口元をそっと拭う。
「……全く、世話が焼けるわね。ほら、動かないで」
アリスが、少しだけ微笑んで俺の髪についた埃を払う。
「優人くん、おいしい? わたし、ずっとこうしてたいな」
ひまりが、俺の腕にちょこん、と頭を乗せる。
その瞬間、部屋の中の刺々しい「査定」の空気は消え去り、ただの高校生たちの、賑やかすぎる放課後の風景に変わっていた。
黒服たちも、いつの間にか玄関の外で「お嬢様が良い笑顔だ……。買いだ……」と涙を拭いながらスマホを操作している。
『パラリラパラリラ♪』
【市場状況:大引け。本日の場外取引、全銘柄「最高値更新」で終了】
【理由:高坂優人の部屋が、世界で最も価値のある『愛の集積地』として認定されたため】
夕暮れ時。
結局、カレンが「増築」を強行しようとしたせいで(未遂に終わったが)、アパートの屋根が少しだけ浮き上がってしまったが、そんなことはもうどうでもよかった。
三人を送り出し、静かになった部屋で、俺は窓から星空を見上げた。
学園が休みになろうが、自宅に引きこもろうが、このヒロインたちの「過熱しすぎた愛」から逃げる場所なんて、この宇宙のどこにもないのだということを。
「……なあ佐藤。俺の家、明日からどうなると思う?」
(アパートの植え込みに潜伏して、特ダネを狙っていた佐藤が、双眼鏡越しに親指を立てた)
「おめでとう高坂。お前の部屋、明日から学園指定の『重要文化財(恋愛パワースポット)』として、観光バスが来るようになるらしいぞ」
俺の高校生活は、もはや六畳一間の壁すら突き破って、銀河系の果てまで上昇し続けていくのだった。




