第119話:絶対的インフラの「株主優待(プレミアム・ケア)」! 橘ひまりの看病と、卒業(上場ゴール)へのカウントダウン!
1. 08:00:第4四半期(冬)の足音と、市場の「一時休場」
「いいか高坂、よく聞け! カレン、アリスと続いた強烈な『個別独占』の連続により、お前の精神と肉体はすでにボロボロだ! しかも季節は11月下旬。学園という市場において、我々3年生に残された時間はあとわずか……そう、あと数ヶ月で俺たちはこの学園から『卒業(上場ゴール)』を迎えることになるんだ!」
水曜日の朝。
俺、高坂優人は、ベッドの上でインカムから響く親友・佐藤の解説を、熱でぼんやりとする頭で聞いていた。
「卒業という名の『市場からの完全退場』が近づくにつれ、六大資本の焦り(ボラティリティ)はさらに加速していくはずだ。だが高坂! お前の現在の体温は38.2度! 完全にオーバーヒート(風邪)を起こして市場が一時休場しているじゃないか! これでは今日の担当である……」
「……優人くん、おはよう。佐藤くん、優人くんの熱が上がるから、インカムの通信は強制切断させてもらうね?」
佐藤の騒がしい声がプツンと途切れ、代わりに、ひどく優しくて、どこか甘い声が鼓膜を撫でた。
重い瞼を開けると、そこには、俺の部屋の合鍵を当然のように行使して侵入してきた、幼馴染の橘ひまりの姿があった。
彼女は学園の制服の上から、フリルのついた可愛らしいエプロンを身につけている。
そして、その手には氷水を入れた洗面器と、冷たく絞ったタオルが握られていた。
「ひまり……。お前、学校は……」
「優人くんが熱を出してるのに、わたしが学校(公開市場)に行けるわけないでしょ? 今日は水曜日。わたしの『完全独占日』なんだから、優人くんの看病は、わたしが全額出資して引き受けるの」
ひまりはベッドの脇に丸椅子を引き寄せると、俺の額の汗を優しく拭い、冷たいタオルを乗せてくれた。
ひんやりとした感覚と、ひまりから漂う甘いシャンプーの香りが、熱で火照った俺の理性を優しく包み込んでいく。
2. 10:30:17年目の「株主優待」
カレンのような高級ホテルのスイートルームでの療養でもなく、アリスのような厳格な医療マニュアルに基づいた看病でもない。
ひまりの看病は、俺の「いつもの部屋」で、俺の「一番安心する距離感」で行われる、究極の『インフラ的ケア』だった。
「はい、優人くん。お水飲む? それとも、少し汗かいたからお着替えする?」
俺が少し咳き込めば背中をさすり、喉が渇いたと身じろぎすれば絶妙な温度の白湯がスッと差し出される。17年間という途方もない時間、俺の隣で行動データ(ビッグデータ)を蓄積し続けてきた彼女にとって、俺の些細な体調の変化や欲求を先読みすることなど、呼吸をするのと同じくらい簡単なことなのだ。
「悪いな、ひまり……。せっかくのお前の担当日なのに、俺がこんなんじゃ、デートもできないし……」
「ううん。わたしは、ここ(優人くんの部屋)が一番の特等席だもん」
ひまりはベッドの縁に両手をつき、俺の顔を至近距離で覗き込んだ。
熱のせいか、彼女の瞳がいつもよりしっとりと潤んで見える。
「それにね……優人くんが弱っていて、わたしの言うことを素直に聞いてくれるこの状況って……インフラを独占している筆頭株主にとっては、最高の『株主優待』なんだよ?」
ひまりは悪戯っぽく微笑むと、俺の前髪を指先でそっと梳き、そのまま俺の頬を優しく撫でた。
彼女の手のひらの冷たさが心地よく、俺は無意識のうちにその手にすり寄るように目を閉じてしまった。
「……えへへ。今日の優人くんは、すっごく素直で可愛い。このまま、優人くんの生活基盤ごと、わたしが全部乗っ取っちゃおうかな」
3. 12:30:究極の安定資産「特製・卵粥」と未来への投資
お昼時になると、キッチンから食欲をそそる出汁の香りが漂ってきた。
「優人くん、起きられる? 消化に良くて、栄養満点の『橘家秘伝・ふわふわ卵粥』を作ったよ」
ひまりは湯気の立つお椀をトレーに乗せて運んできた。
俺がベッドの上で身を起こすと、ひまりは当然のようにスプーンでお粥をすくい、ふーふーと息を吹きかけて冷ましてから、俺の口元へと差し出してきた。
「あーん、して?」
「いや、流石に自分で食べられるって……」
「だーめ。今日はわたしの独占日(絶対的ルール)なんだから、優人くんはわたしに『お世話(投資)』されることに専念してね?」
有無を言わさぬ幼馴染の圧力(現物出資)に屈し、俺は大人しく口を開けた。
口の中に広がる、優しい出汁の味と卵の甘み。それは、どんな高級レストランの料理にも勝る、俺の胃袋に最も最適化された「究極の安定資産」の味だった。
「……美味い」
「でしょ? 優人くんの胃袋の設計図は、わたしが一番理解してるんだから」
ひまりは嬉しそうに微笑みながら、次々と俺の口にお粥を運んでくる。
その手際の良さと、一切の迷いのない距離感。彼女の存在そのものが、俺の日常に深く根を下ろした絶対的なインフラであることを、病気という非常時においてこれでもかと見せつけられていた。
4. 15:00:卒業(上場ゴール)を見据えた「長期保有契約」の更新
食後、薬を飲んで再びベッドに横になった俺の隣で、ひまりは俺の手を両手で包み込むようにして握りしめていた。
部屋の中は静かで、冬の始まりを告げる冷たい風が、窓を微かに揺らしている。
「……ねえ、優人くん」
ひまりが、ポツリと呟いた。
その声は、いつもの明るい幼馴染のトーンではなく、どこか切なさを帯びた、一人の「女の子」としての声だった。
「佐藤くんが言ってたね。わたしたち、あと数ヶ月で……この学校から卒業するんだって」
「……ああ。そうだな。あっという間だったな」
「うん。……卒業したら、みんな別々の道(市場)に進むかもしれない。カレン先輩は神宮寺財閥を継ぐ準備で海外に行くかもしれないし、アリス先輩も一流大学に進学する。ミア先輩やオリビア先輩だって、もっと広い世界で活躍するはずだよ」
ひまりの握る手に、きゅっと力がこもる。
「……わたしには、お姉様たちみたいな特別な才能はないから。卒業という『市場の解散』が来たら……優人くんとの距離が、遠くなっちゃうんじゃないかって……ずっと、不安だったの」
彼女はゆっくりと顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめた。
「でもね。……今日、こうやって優人くんのお世話をして、確信したんだ」
ひまりはスッと立ち上がり、ベッドで横になる俺の胸の上に、覆い被さるようにして顔を近づけてきた。
甘いシャンプーの香りと、彼女の柔らかな胸の感触が、布団越しに伝わってくる。
「……わたしは、優人くんの『日常』を手放さない。学校を卒業しても、大人になっても……優人くんが帰ってくる場所は、絶対にわたしが守り続ける。……17年間の実績(歴史)に賭けて、優人くんのこれからの人生全部……わたしが『長期保有』してみせるから」
それは、幼馴染という仮面を完全に脱ぎ捨てた、卒業(上場ゴール)のさらに先を見据えた「生涯契約」に等しい宣言だった。
「ひまり……」
「……だから、早く風邪、治してね。優人くんの元気な心拍数、また一番近くで聞かせて?」
ひまりは俺の額に、自分の額をコツンと押し当てた。
熱を帯びた俺の肌に、彼女の少し冷たい、けれど熱い想いのこもった肌が触れ合う。
ゼロ距離で交わされる、幼馴染からの圧倒的な純情。俺の理性の防衛線は、病気による弱りも相まって、完全に機能不全に陥っていた。
「……ああ。お前のおかげで、すぐに治りそうだよ」
俺は繋がれた彼女の手に力を込め返し、その絶対的な安心感と、深すぎる愛情の沼へと、静かに沈み込んでいくのだった。
5. エピローグ:次なる刺客、木曜日の電脳空間へ
「――おい高坂! 熱は下がったか!!」
夕方になり、ひまりが「夕食の買い出しに行ってくるね」と部屋を出た直後。俺のインカムから、佐藤の絶叫が復活した。
「心拍数のデータが、風邪のせいなのか『幼馴染の看病(絶対的インフラ攻撃)』のせいなのか判断できないが、とんでもない数値を叩き出していたぞ! 密室での看病という『株主優待』をフル活用し、卒業後まで見据えた『生涯ホールド宣言』を叩きつけるとは……橘ひまり、恐るべき長期投資家だ!」
俺はベッドの上で、まだ残るひまりの甘い香りと、額の温もりを反芻しながら、深く息を吐いた。
「……佐藤。俺、このままじゃ卒業(150話)を迎える前に、ひまりのヒモ(絶対的被扶養者)として完全非公開化されちゃうかもしれない……」
「甘ったれるな高坂! タイムシェアはまだ水曜日だ! 明日木曜日は、お前のスマホも生活もすべてを電子の海から掌握する絶対的ハッカー、如月ミアの担当日だ! お前の風邪の治り具合すらもデータ化し、完璧にコントロールされた『電脳デート』が待ち受けているぞ!」
卒業式という名の「グランドフィナーレ」まで、残り約30話。
冬の足音が近づく中、六大資本による「個別独占」の狂乱は、季節の深まりと共に、さらに濃厚で、逃げ場のない究極の甘さへと加速していくのだった。
(第119話・完)
本日の市場ニュース(個別ピックアップ:橘ひまり編)
橘ひまりの時価総額: 高坂の風邪(市場休場)というピンチを逆手に取り、合鍵を利用した「密室での独占看病」という最強の株主優待を行使。さらに、迫り来る『卒業(上場ゴール)』の先を見据え、「一生の日常を私が保証する」という『超長期保有宣言』を叩き出し、圧倒的なストップ高を記録。
佐藤のアナリスト・レポート: 「看病という行為は、対象の抵抗力が最も弱っているタイミングで『安心感』を刷り込む、極めて凶悪な買収戦術である。17年間の実績を持つ彼女が放つ『お粥のあーん』と『密着額合わせ』のコンボは、高坂の理性を容易くデフォルト(陥落)させる劇薬だ」
高坂優人の現在の状況: ひまりの圧倒的な献身と甘いシャンプーの香りに完全に毒され、理性がメルトダウン。「……俺、もう一生風邪を引いたまま、ひまりに看病されて生きていくのが正解なんじゃないか」と呟く重度の『幼馴染・インフラ完全依存症』を絶賛発症中。明日の如月ミアのターンに向けて、システム(体力)の再起動が急がれる。




