第105話:インフラの「完全掌握(システム・ジャック)」! 如月ミアの熱暴走(オーバーヒート)と、孤独なハッカーの素顔!
1. 19:00:市場のルールを書き換える「見えない手」
「いいか高坂。マーケットにおいて、どんなに莫大な資本を持っていようと、どんなに素早い機動力を持っていようと、絶対に逆らえない絶対的な支配者が存在する。……それは、取引が行われる『市場そのもの』を管理している存在だ。高坂、お前は今、物理的な逃走劇に気を取られすぎて、自分が誰の手のひらの上で踊らされているのかを完全に忘れているぞ!」
文化祭前夜、すっかり日の落ちた静寂の校舎。
俺、高坂優人は、小悪魔な後輩・七星くるみと手を繋ぎ、巨大資本の追手から逃れるために夜の廊下を走っていた。しかし、インカムから響く親友・佐藤の切羽詰まった警告の直後、学園のシステムに異変が起きた。
――ガシャンッ!
突如として、俺とくるみの間を遮るように、廊下の防火シャッターがけたたましい警報音と共に降下したのだ。
「えっ……!? せ、先輩! シャッターが!」
「くるみ! 大丈夫か!?」
シャッターの向こう側でくるみが叩く音が聞こえるが、分厚い鉄の壁はピクリとも動かない。それどころか、俺の背後にある階段の防火扉までが自動でロックされ、俺は第二校舎の三階廊下に完全に一人で閉じ込められてしまった。
『……対象(高坂優人)の隔離に成功。これより、学園の全メインシステムを『如月ミア・ローカル環境』へと移行。外部からのアクセスを完全に遮断します』
無人の廊下に設置されたスピーカーから、ノイズ混じりの、しかしひどく透明で無機質な声が響き渡った。
学園の電子ネットワークを束ねる天才ハッカーにして、技術セクターの絶対的トップ、如月ミアの声だった。
「佐藤! ミアが学園のシステムをハッキングしたのか!? 防火シャッターまで動かすなんて、いくらなんでも……」
インカムに叫ぶが、佐藤からの返答はない。代わりに「ザザッ……通信、傍受……強制切断……」という機械音と共に、俺と佐藤を繋ぐ唯一の生命線すらも完全に断ち切られてしまった。
『……優人。あなたの誘導ルートは、全て私の計算通りよ。さあ、私の用意した『一本道(専用ポート)』を通って、私のもとへ来なさい』
廊下の天井の蛍光灯が次々と消灯し、代わりに床に設置された非常用の緑色のLEDライトが、チカチカと奥の部屋へ向かって光の道標を作り出す。
巨大資本の武力でも、後夜祭の暗闇でもない。学園というインフラそのものを完全に私物化した、最も静かで、最も逃げ場のない『電脳空間のテイクオーバー(強権的買収)』が始まったのだ。
2. 放送室の密会:冷たい機械と、オーバーヒートする感情
光の道標に導かれて辿り着いたのは、防音扉で完全に密閉された「放送室」だった。
恐る恐る重い扉を開けると、中はエアコンが極限まで効いており、肌寒いほどの冷気に包まれていた。暗い室内を照らしているのは、壁一面に並べられた無数のモニターの青白い光だけだ。
「……アクセス、承認。おかえりなさい、優人」
無数のケーブルが這う機材の奥。最も青白い光が密集するキャスター付きのチェアの上で、両膝を抱えるようにして座っている如月ミアがいた。
彼女はいつも通りの、身体のラインにフィットした近未来的なテック・スーツを着込んでいる。しかし、普段は完璧にセットされている銀色のショートヘアは少し乱れ、その透き通るような白い頬は、モニターの光に照らされても隠しきれないほど、熱を帯びて赤く染まっていた。
「ミア……。お前、学園のセキュリティを全部乗っ取ったのか。他の奴らが血眼になって俺を捜してるのに、こんな密室に閉じ込めたら……」
「……警告。私の行動に対する批判は受け付けないわ。それに、他の投資家たちの動きは、全て私が偽のGPSデータと校内放送で別の棟へ誘導している。……今、この学園のネットワークにおいて、私とあなたの境界線を邪魔するものは、1バイトも存在しないの」
ミアはゆっくりと立ち上がり、キャスター付きの椅子を蹴り飛ばして、俺の目の前まで歩み寄ってきた。
冷え切った放送室の空気とは裏腹に、至近距離まで近づいた彼女の身体からは、尋常ではないほどの熱気が伝わってくる。微かに甘い、オゾンとミントが混ざったような彼女特有の香りが、俺の嗅覚を静かに、しかし確実にハッキングしていく。
「優人。……私のプロセッサは今、深刻な熱暴走を起こしているの」
ミアはそう言うと、俺の胸にコツンと自分の額を押し当ててきた。
制服越しでもはっきりと分かる、彼女の額の熱さ。彼女の細い腕が、俺の背中に回り、逃げ場を完全に塞ぐようにゆっくりと、力強くホールドしてくる。
3. 孤独なハッカーの「ポートフォリオ(内なる本音)」
「……私はずっと、あなたの心拍数、視線の動き、体温の変化、そのすべてをデータとして収集し、最も最適化されたアプローチであなたを『独占』するはずだった。……カレンのような暴力的な資本力も、アリスのような権力も持たない私にとって、情報の完全掌握こそが、あなたという最高の銘柄を勝ち取るための唯一の武器だったから」
ミアの顔が俺の胸元に埋もれたまま、彼女の震える声が放送室に響く。
その声には、普段の無機質で冷静な天才ハッカーとしての余裕は一切なく、ただただ一人の少女としての「焦燥」と「孤独」が痛いほどに滲み出ていた。
「……でも、データなんて無意味だった。あなたがララの涙を拭う映像を見るたび、暗闇でくるみと手を繋いでいる熱源反応を感知するたび……私の胸の奥が、物理的に軋むのよ。どんなに冷却ファンを回しても、どんなに論理的思考で抑え込もうとしても、この不快で、狂おしい熱が下がらないの」
ミアは顔を上げ、潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに見つめ返してきた。
デジタルな世界で全てを支配してきた彼女が、自分自身の「嫉妬」という名のバグに完全に飲み込まれ、途方に暮れている。その不器用で人間らしい姿が、俺の胸を激しく締め付けた。
「……ひまりのように、昔からの思い出であなたを安心させることもできない。……他の女の子たちみたいに、素直に甘えて、可愛い言葉であなたの気を引くようなアルゴリズムも、私には組めない。……私にあるのは、こんな冷たい機械と、あなたを監視するシステムだけ」
彼女の指先が、俺の胸元をぎゅっと強く握りしめる。
「だから……私を、バグらせた責任を取りなさい。……私以外の女の感触なんて、今この密室で、完全に上書き(オーバーライト)してあげる。……あなたを動かすOSは、一生『如月ミア』だけでいいのよ」
4. 20:00:システム陥落と、感情の「完全同期」
それは、冷徹なハッカーの宣言であると同時に、一人の少女が感情の限界を超えて絞り出した、不器用で真っ直ぐな「独占プロポーズ」だった。
「ミア……」
俺は、胸元で震える彼女の華奢な背中に腕を回し、その熱を持った身体を強く抱きしめ返した。
彼女の小さな肩がビクッと跳ねる。だが、すぐに俺の背中に回された彼女の腕の力が強まり、俺の制服を握りしめる指先に、彼女のすべての感情が込められているのが伝わってきた。
「お前は冷たい機械なんかじゃない。……こんなに熱くて、こんなに俺のことを想ってくれている。お前のその莫大な気持ち(データ)、俺が全部、真っ正面から受け止めるから」
俺の言葉に、ミアの瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。
彼女は背伸びをし、俺の首元に熱い吐息を吹きかけながら、その柔らかく震える唇を、俺の唇へとそっと重ね合わせた。
防音扉に守られた、冷たい放送室。
規則的なサーバーの駆動音だけが響く中、二人の鼓動が完全に重なり合う。
ほんのわずかな触れ合い。しかしそれは、何千時間ものデータ分析よりも深く、どんな巨額の資本よりも重く、俺の心の一番深い場所に「如月ミアという名の絶対的な価値」をインストールする、究極の『同期』だった。
唇が離れた後、ミアは俺の胸に頬をすり寄せながら、甘く、そして強い決意を込めて囁いた。
「……同期完了。……もう、絶対に私のネットワークから逃がさないわ。優人のこれからの人生(未来)は、全て私が最高の環境でプロデュースしてあげるから」
5. エピローグ:物理的破壊(外資の襲来)へのカウントダウン
「――おい高坂! 応答しろ! 通信が復旧したぞ!」
インカムの奥から、佐藤のノイズ混じりの絶叫が突如として響き渡った。
「気をつけろ高坂! ミアの電子防壁は完璧だったが、マーケットにおいてデジタルの壁を最も容易く無効化する手段が一つだけ存在する! ……それは、システムそのものが設置されているハードウェア、つまり『物理的な建物ごと破壊する』という、外資系の最も暴力的な実力行使だ!」
「え……? 物理的破壊……?」
俺が呟いた、まさにその瞬間だった。
――ズドドドドドォォォンッ!!!
放送室の分厚い防音扉が、外側から巨大なハンマーか何かで叩き割られたように、ひしゃげて吹き飛んだ。
舞い散る粉塵と、廊下から吹き込む夜風。
そして、ひしゃげた扉の向こうから、眩いブロンドの髪をなびかせ、肩に巨大な破壊用のハンマーを担いだオリビア・サマーズが、不敵な笑みを浮かべて姿を現したのだ。
「Oh, ユウト! 日本のサイバーセキュリティは優秀かもしれないけれど、ドアが薄すぎるわ! デジタルの鍵が掛かっているなら、ドアごと更地にして迎えに来るのがニューヨーク流の『アグレッシブ投資』よ!」
文化祭前夜の静寂は完全に打ち砕かれた。
密室でのしっとりとした同期の余韻も束の間、規格外の外資系ブラックシップの強襲により、俺という銘柄を巡る狂乱相場は、日付が変わる直前になってもとどまることを知らず、さらなるハイパー・インフレへと突入していくのだった。
(第105話・完)
本日の市場ニュース(個別ピックアップ:如月ミア編)
如月ミアの時価総額: 学園のインフラを完全掌握し、物理的な包囲網を電子の力で分断するという「最強のサイバー・テイクオーバー」を実行。さらに密室で見せた「孤独な涙と熱暴走」という強烈なギャップが投資家の心を鷲掴みにし、単独のストップ高を記録した。
佐藤のアナリスト・レポート: 「普段は論理とデータで動く技術セクターのトップが、感情(嫉妬)に振り回されて見せた不器用な『上書き宣言』。あの破壊力は、高坂の理性を再起不能にする絶対的なボラティリティを持っている。投資家は、彼女の『涙』に全財産を張る覚悟が必要だ」
高坂優人の現在の状況: 放送室の冷たさとミアの熱い吐息のギャップに完全に当てられ、理性がシステムダウン。「……俺のOS、もうミア仕様で一生アップデートしなくていいかもしれない」と呟く重度の『ハッキング・デレ受容障害』を絶賛発症中。




