55.日記△〇年〇◇月〇4日
―フィリップスの日記より―
△〇年〇◇月〇4日
我が家が辺境伯に昇格した。きっかけは私自身だ。
「フィリップス、偉いぞ」
「貴方は我が家の誇りだわ」
「フィリップス兄さま、素敵です!」
家族も祝ってくれる。あの兄さんも喜んでいる。
「フィリップス、よくやったぞ。通り魔になり下がった女から女学生を守りぬくなんて貴族の鑑じゃないか」
……本当に心から、喜んでくれている。家族みんなが……。
一か月前、私はある通りでナイフを持った女に襲われた平民の学生を助けた。その時に私自身が腹を斬られるという重傷を負ったが、駆けつけた警備兵に病院に運ばれて医師による懸命な治療を受けて何とか生還できた。
この事件は、貴族の男子学生が平民の女学生を命を懸けて救ったという話になって、学園でも広まった。私の功績をたたえられて、我が家の爵位の昇格まで叶ってしまった。おかげで落ち目貴族から抜け出すことができたというわけだ。
だからこそ、家族みんなが喜んでくれる。…………私を除いて。
◇
あの日、あの通りに足を運ぶように指示したのは兄さんだったのだ。何故、と聞いても答えてくれなかった。一年前の話を聞かされてから、私は兄さんに従うようになっていた。
そして、言うとおりにしたら女性が通り魔に襲われているという場面に出くわした。
恐ろしい事件が起ころうとしていると思った私は、襲われた女性を守るために通り魔に立ち向かった。その時に通り魔はこんなことを言っていた。
「邪魔しないでよ! そいつ、その女のせいで私は……破滅したんだ!」
通り魔に立ち向かったものの私は武器無しで素手で相手をするしかなくて、実は怖くてうまく考えられなかったのだ。更に襲われた女性もこんなことを言っていた。
「わ、私はただ、殿下に、ちょっと、心配されてただけで……今は、そんなことは無いのに……」
彼女たちの言葉の意味を今思えば、恐ろしい事実が浮かび上がった。通り魔は二年前に退学した辺境伯令嬢で、襲われた女性は二年前にいじめを受けた平民の学生だったのだ。
気づいた私は、傷が治った後で二人を調べようと思ったが、時すでに遅かった。
通り魔になった女性は今も逃亡中、襲われた女性は精神を病んで退学したという話を兄さんに聞かされたのだ。
「そういうわけだ。お前が心配することは何もないぞ」
そう言って兄さんは笑う。悪魔のように。この事件の黒幕はもう分かってしまった。だが私はどうすることもできない。無力な自分が情けない。
それに両親と妹が喜んでいるのだから、三人の笑顔のためにも黙るしかない。私が黙っていれば、いいのだ。




