5-1
「それじゃ行こっか」
レストランを出た途端、クライヴは自らリンの手を取った。どころか指先を絡めて、リンの左腕に抱き着いていく。
「あ? 何だ急に」
訝るリンに、クライヴは上機嫌で答える。
「んー、奢って貰った分と、あと褒めて貰った分はサービスしてもいっかなって。アンタ美人だしね」
本格的に取り入る必要も出てきた事だし、とは内心に留めて、クライヴはきゅっとリンの腕を抱く。女性に媚びる手法も無いではないが、精神構造が男寄りのリン相手になら下手に出た方が得策だろうと、安直に判断した結果だった。
「そりゃどうも」
残念ながら反応は芳しくないが、それは午前中の様子からも予想済みだ。すかさず次の手を畳み掛ける。
「つれないなぁ。アンタみたいなクールで気前の良いおねーさん、俺割と好みなんだけど。もしかして彼氏持ち?」
「過干渉せず金払いが良い客の間違いだろ」
唇を尖らせるクライヴに呆れ混じりで突っ込みつつも、何故か質問には律儀に応じるのがリンだ。
「まあ今の所はそれどころじゃなくてな。無能な上役、街のゴロツキ共、最近じゃ女狐にまで熱烈なラブコールを頂いてる」
そこで一旦言葉を切ると、リンは半身クライヴへと向き直る。少年が身構えるよりも早く、『悪い大人』の顔をしたリンの右手が伸ばされた。
しなやかな指先が、つうっとクライヴの輪郭を撫でていく。頬のカーブをなぞり切ると、そのまま顎をくいと上げた。
「この上可愛い顔の仔犬にまでじゃれつかれてもな」
低く囁いて、中性的に整った顔がにっと口の端を吊り上げる。クライヴ自身にも覚えのあるその笑みは、自分の顔の魅せ方を良く心得ている人間のものだ。
思わぬリアクションと思った以上の至近距離に、言葉を失ったクライヴが硬直した。分かりやすい反撃の手応えに、リンは一瞬満足そうに目を細める。しかし調子付いたクライヴをやり込める以上の意図はなかったようで、フリーズからなかなか回復しないクライヴを不審そうに覗き込む。
「何固まってんだよ、百戦錬磨なんだろ。好みってまさか本気じゃないだろうな?」
勿論、クライヴは本気でもなければ羞恥に固まった訳でもなかった。ただし困惑していたのは確かだ。
触れられた指先の感触は、予想とあまりに違いすぎた。午前中ずっと握っていた掌は女性にしては肉厚で、細かな傷跡や銃だこの触感ばかりが目立っていた。しかし今、まるで大事な物にでも触れるような絶妙な繊細さでクライヴの頰を撫でていった指先は、その印象とはかけ離れている。決して華奢ではないものの、比べてしまえば明らかに細く柔らかな、これは確かに女性の指だ。
だから、という訳では決してないが、クライヴは自分でも驚く程に、その接触を抵抗無く受け容れてしまった。それは今までにクライヴに触れて来た誰よりも、嫌悪感のない手だった。
そう。まるで、あの日の──。
「……指、が」
「あ?」
やっとのことでそれだけ零したクライヴに、リンが訝しげに眉根を寄せる。その反応と表情は如何にも男性じみていて、クライヴの混乱は余計に加速する。
「いや、その。混乱したっていうか、乗ってくるとは思わなかったっていうか」
しどろもどろの言い分をどう解釈したのか、リンは挙動不審のクライヴを鼻で笑った。
「はっ。十は歳食ってから出直せ、ガキ」
先程とは明らかに別種の笑みに、クライヴの頭脳は急速に冷静さを取り戻していく。そもそも勝率の低いハニートラップとはいえ、こうもあからさまに対象外通告されては、何のとは言わないが沽券に関わる。
「なぁに、歳上が好みなワケ?」
これ見よがしに腕にしがみ付き、軽く頰を膨らませて小首を傾げる。持てるあざとさを全て注ぎ込んだクライヴ渾身のぶりっ子は、しかしリンには通用しない。
「バカ、年季の話だよ」
微苦笑を漏らすと、リンはクライヴの額を指で弾いた。




