93話 今度の龍神様は
「あ、レイクーリア様!」
お屋敷の玄関に向かっていると、廊下の向こうからぱたぱたとカルメア様が走ってこられた。後ろにはトレイスが付き添っているから、祠のお参りは済まされたようね。
「あら、カルメア様。龍神様にお話は」
「しました! そうしたら」
そうお答えになって、カルメア様はくるりと背後を振り向かれた。あら、トレイスと一緒に小柄な殿方がいらしてるわ。髪は深い青で、魔術師のようなローブを纏っておられる。……もしかして。
「ナジャっ子が来てると聞いたんじゃが?」
「あ」
ナジャっ子、ですか。というかナジャ、確実にお知り合いというかこの方がここの龍神様ですわね、間違いなく。
龍神様はナジャを見つけると、つかつか歩み寄ってきて下からじろりと睨みあげられた。ええ、ナジャより小柄ですもの。でも、眼力は相当のものね。私も一瞬、足を引きかけたもの。
「おう、また大暴れするつもりかえナジャっ子!」
「わあ! そんなつもりはないですようクリカおじさまあ!」
「おじさま……」
あらら、ナジャ頭を抱えこんでしまったわ。それにしても、おじさまなのね。アナンダ様のことをナジャは兄様と呼んでいたから……もしかして、こちらのクリカ様? の方がお年を召しておられるのかしら。まあまあまあ。
そんな風に思考を巡らせていたら、カルメア様と目が合ってしまった。
「……というわけですの」
「そういうことみたい、ですわね……」
お互いうんうんと頷き合って、ひとしきり収まるまで待つことにした。クリカ様、ナジャに向かってお説教始めてしまったものね。
「……ナジャ、君の悪名とどろきまくってるんだね……」
「うわーん、だから違うんですってえ!」
アルセイム様まで呆れていらっしゃるじゃないの。しばらくがんばりなさい、ナジャ。
とは言え、そんなにお説教は長くはなかったわ。せいぜい、お茶を淹れ始めてから飲み始めるくらいまでかしら。「ふう」と満足げに口を閉ざされたクリカ様に、恐る恐る声をかけてみる。
「あ、あの」
「おお、待たせたのう。さすがにこの、おてんば娘には言いたいことが山ほどあっての?」
「まあ、分かりますが」
ですよねー。あの時は龍女王様も青筋立てておられた……いえ、龍神様なので分かりませんがおそらく、なんですもの。ええ、分かります。
と、クリカ様は私をまじまじと見つめられて、それから口を開かれた。
「それはそうと、そなたがエンドリュースの娘御じゃな?」
「はい。レイクーリアと申します」
「うむ、わしはクリカじゃ。老体ゆえ、人の名などすぐ忘れるやも知れぬが許せよ?」
改めて名乗っていただいたクリカ様は、どう見てもその、少年というくらいの外見である。口調がお年を召された方のそれでなければ、老体と言われても分かりませんわ。第一、基準が龍神様でしょうしね。
「ご老体なのですか?」
「人の十数世代は余裕で生きとるからのう。ところで、ナジャっ子連れて我が領まで来るとは何用じゃね?」
「はい、実は」
人の十数世代……えーと、1000年ほどは生きていらっしゃると言うことかしら。さすがは龍神様、長く生きておられるわね。
それはともかく、私たちがスリークのお屋敷に来た理由を、ざっとお話することになった。やっぱり、主にアルセイム様がなのだけれど。
「ふうむ。魔龍に、もしかしたら魔女か……」
「はい。グランデリアも以前魔女に侵入されまして、その時の状況と今のスリークがよく似ておりますので」
「なるほど。魔女なぞ滅んだと思うとったが、まだあちこちに生きとるのかもなあ」
アルセイム様のお言葉に、クリカ様も頷かれた。そうね、パトラ1人だけなんてことのほうが珍しいでしょうからね。
けれど、その後にクリカ様が思い出されたように口にされた言葉に、この場は固まってしまったわ。
「そういえば、スリークは昔に魔女を出したことがある家系じゃったな」