90話 まずは可愛いお嬢様から
カルメア様は、ひとまず私たちをご自身のお部屋に案内してくださった。わあ、白や暖かい色を基調としたとてもご令嬢らしい部屋ですわ。フリル多めのカーテンとか、愛らしいぬいぐるみとか……私には絶対似合いませんわね。
「すぐにお茶を用意させますね。お茶菓子は何が良いかしら」
これまた可愛らしい、淡い赤髪の侍女が専属でついているみたいね。彼女にお茶を用意してもらうのもいいんだけれど……さて。
「おっと、その前に」
「はい?」
アルセイム様のお声で、カルメア様の動きがピタッと止まった。今このお部屋には私たち4人の他にカルメア様と侍女、そして扉は閉まってる。
まずは、カルメア様とその近くからよ。
「ナジャ」
「はーい、いっきまーす」
私が名前を呼んだのとほぼ同時に、ナジャがお清めの水を思いっきりカルメア様たちにぶっかけた。ああ、かかる時はきちんとお水だもの、驚くわよねえ。
「きゃあ!」
「ひゃっ! い、いきなり何ですの!」
「すぐ乾きますので、ちょっと我慢してくださいねー」
ナジャが笑いながら言っている間に、本当にさあっと乾いていく。お水はお水のはずなのに、すぐに乾くというのは本当に不思議ね。
そうして、あっという間に水をかけられる前の状態に戻ったことでカルメア様たちは、ぽかんとご自身を見下ろしている。まあ、ねえ。
おっと、いきなり水掛けたお詫びと説明をしなくてはね。……先に説明すると、下手したら逃げられたりするかもしれませんから。敵にでも連絡されたりしたら、大変ですものね。
「済みません、カルメア様。今のは、龍神様のお力を込めたお清めの水なんです」
「お清め? あ、あら、そういえば以前、クロード叔父様たちに掛けたような」
「はい、それですわ」
あ、思い出して頂けたようで何よりですわ。そういえば、あの時は彼女やミリア様の目の前でやっちゃったものね。
カルメア様も侍女も、何度か深呼吸をしてから不思議そうなお顔になる。ああ、効果はあったのね。効果があるということは、つまり。
「……あー、何だか気分が晴れた感じがします。これって、お清めの効果ですの?」
「そういうことですわ。やっぱり、呪いがかけられていたんですのね」
「そのようだな。カルメアもそうだが、彼女も被害者だったようだ」
アルセイム様が小さく頷かれながら、侍女の方を伺う。あの魔女のようになってはいないから、この侍女も呪われた被害者ということで良さそうね。
「ということは……あの、ご連絡申し上げていると思うのですが、最近入ったはずの使用人が誰だかわからない、なんてことになっていたのですが」
「うん、皆の記憶を混乱させたか何かして、分からなくしたんだろうね。リストは偽造した、という可能性もあるし」
カルメア様のお言葉にも、アルセイム様は頷かれる。トレイスがおとなしいわねと思ったら、窓から外を確認しているようだった。ああ、誰かに見られたらことですものね。
こういう場合は、カルメア様よりは侍女に話を聞いたほうが良いわね。使用人同士なら、ある程度話は分かるかもしれないし。
「ある程度の記憶の混乱は収まっていると思いますが、大丈夫かしら」
「は、はい」
侍女は慌てたようにこくこくと大きく頷いてくれる。動きが落ち着いたところで、本題を切り出してみましょう。
「一番新しく入ってきた使用人が誰か、分かります?」
「えっと……あ、もしかしたらテンポウさんかと」
テンポウ。
……さっきスリーク伯爵と一緒にお出かけした、あの人か。おのれ、私に殴られる前に逃げたか。
何だかスリーク伯爵の御身が危ない気もしたけれど、今から追いかけて追いつくにはナジャを使うしかないしねえ。ひとまず、お屋敷をどうにかしないと。
とにかく、侍女の話を続けて聞くことにしよう。情報は重要なのよ、うん。
「入ってきたのは多分、ついこの間だったと思います。旦那様がお連れしていたのですけれど、お顔を存じ上げなかったのでおかしいな……とは思ったんです。でも、すぐにああ、前からいるテンポウさんだなって」
「うわ」
何となく、何となくだけど分かる。私がパトラに籠絡されたときの感覚と、多分それは同じ。
やはり、あのテンポウが魔龍を解放しようとしている山の民、ということのようね。
「アルセイム様、カルメア様」
直ぐ側にいるのだから、彼らも今の話は聞いていたはず。もちろんというか、カルメア様は顔を青ざめさせている。まあ、悪党がお父上のそばにいるってわかったんですものね。
「……テンポウ、今、お父様について出ていますわね……」
「そう簡単に手出しはされない、と思いますよー。そんなことしたら主様とアルセイム様と私にぶっ飛ばされるの、多分分かってますし」
ナジャ、例によって空気読めないんだから。でもまあ、龍神様くらいは分かるのでしょうし、私はエンドリュースの娘だものね。そこまでテンポウも、馬鹿ではないでしょう。
馬鹿だったら、生かしてはおかないけれど。




