83話 思い出すのは嫌なこと
まあ、私の気持ちはともかくとして。
「それで、その魔龍が目覚めようとしている、という話だったな」
「はい」
クロード様と山の長様の会話に、改めて耳を傾けることにしよう。何となく、背後でナジャがへこんでいる気はするけれどそれは気にしない。
「龍神様がたにとってはたかがやんちゃ者でございますが、それでも迷惑なことには変わりありませぬ。故に魔龍は同族である龍神様が、そのお力をもって眠らせ封印をしておられたわけですが」
「ああ、やはり迷惑は迷惑なのか」
「同族が暴れましておりますれば、龍神様がたへの信仰心も薄れますでな」
割と現実的なところがあるわね。逆にこわい神様だから、崇めておとなしくしていただくなんて方法もありそうな気がするのだけれど、まあその辺りは置いておきましょう。何だか、長様のお顔が暗くなった気がするから。
「近頃、魔龍の力を欲してとある者が探し回っている、ということが分かりましてな」
そのお言葉に、それは暗くなるわねと納得した。だって、このパターンって。
「長様、それはもしかして」
「……お恥ずかしながら、我が民の1人でございます」
ほら、そういうことでしょう。
ご自身が率いておられる民の中から、愚か者が出てきてしまった。それ故の、今の表情ですわ。
「更にお恥ずかしいことに、事が判明した時にはその者は既に山を離れておりました。急ぎ、配下に追わせたのでございますが、行方は杳として知れませぬ」
更に長様の、本当ならば隠したくなるようなお話は続く。長様としても、隠してはおけないのだろう。隠しておいてとんでもないことになってからでは、遅いものね。
「ですが、その頃より龍王様が、魔龍の気配をお感じになられ始めました。おそらく山を離れた愚か者が、魔龍の封印を如何にしてか解いたものであろう、と」
「解けるのですか?」
待って待って長様。それって既に、とんでもないことなのではないかしら。アルセイム様が涼やかな目を丸くされて問うたのも、当然だと思うのよ。
そのアルセイム様の問いに対し、長様は本当に困られたお顔で解答を下さった。
「封印は岩に刻まれた印の形でそこに残されている、と龍王様は仰せになりました。ですので、その印を物理的に破壊すれば可能ではないかと」
あのうクロード様、アルセイム様、トレイス、ナジャ。皆して私に視線を向けないでくださいな。確かに、人として物理的な力では私が一番強い、と言うのは分かりますが。
と言いますか、私だと可能だったりするのでしょうか? 長様に伺ってみないと。
「どのくらいの力があれば、それは可能なのですか?」
「お噂に伺いしエンドリュースのお嬢様であれば、十分可能でございましょう。それかもしくは、協力者を募り大型の機器を用いるか、ですな」
「大型の?」
……可能なのですか。ちょっぴりヘコみますわ。いえでも、私はそんなことは致しませんもの。
そうすると、長様が提示された後者の条件ということになるのですが……ええと?
「一例ですが……お城を築くときなどに、深く杭を打つために土台を作り、岩を綱で引き上げては落とす。そういう杭打ち機がございますな」
「なるほど。それは人の数を揃えれば何とかなるな」
まあ、そういうものがあるのですか。さすがはクロード様、公爵閣下ともなられるといろんなことをご存知なのですね。……だって、お城を築くところなんて見たことありませんもの。
それはそれとして、クロード様はがしがしと髪の毛を掻き回しながら、言葉を続けられた。
「しかし……魔龍ってのは要するに大暴れする龍神様、ということなんだろう? その封印を解いて、何をしたいもんだか」
「そうですね。その方は、何を考えておられたのでしょう?」
アルセイム様も、クロード様のお言葉に頷かれる。言われてみれば、確かにそうね。
うちの侍女みたいな小娘でも、龍女王様のお言葉とお力がなければ私には制御できないわ。それよりももっと強い魔龍を解放して、その方は何をしたいのかしら。
「我ら山の民が山に住まっておるのが、国を治めておられる王家の方々のせいだと思いこんでおるのでございますよ」
その疑問に対して長様が出してくださったお答えは、正直めちゃくちゃではないかしらと思えるものだった。
「我らは、王家のご先祖様が龍女王様とお会いになるずっと以前から龍王山に居を構えております。ですが、我が民の一部にそれは過去の捏造だと思い込む者が出てきておりまして」
「何だ、そりゃ」
クロード様と同じお言葉を、私も思わず口に出しかけた。はしたないので、ぎりぎりのところで止めたけれど。
それにしても、思い込み、ね。
「我らの諌めも、そして龍王様のお言葉ですらその者には通じませんでした。まるで、何者かに操られているかのように」
……あの、クロード様。何だか、思い当たるフシがあるのですけれど。
言葉にしていいかしら。いいわよね。もし間違っていても、まだなんとかなるでしょうから。
「……もしかして、魔女でしょうか」
「え」
私の言葉に、長様も含めた全員の視線が今度こそ、完全に集中した。