82話 どうやら殴っていいらしい
山の長様をクロード様のところにご案内してから、少し後。ええと、アルセイム様と一緒にお茶を飲み始めて、お茶菓子がちょうどなくなる頃かしらね。籠いっぱいのクッキーはとても美味しかったから、早く食べてしまったけれど。
「アルセイム様、レイクーリア様。クロード様がお呼びでございます」
ブランドが、そう言って私たちを迎えに来た。私はナジャを、アルセイム様はトレイスを連れてそのお呼びに答える。多分、山の長様のお話……先程聞いた魔龍とやらに関することでしょうし。
あ、お茶を飲んでいる最中、魔龍の話はほとんど出なかったのよね。唯一その言葉を知っていたナジャも、嫌な相手だと聞いているけれど直接会ったことがないのでよく分からない、と言っていたし。
「悪いな。婚約者同士のお茶会の邪魔をして」
「いえ、大切な話だから呼ばれたのでしょう?」
「そうでなければ、公爵閣下がわざわざお呼びになるはずはございませんものね」
ご自身のお部屋でクロード様は、山の長様と一緒にお茶を嗜まれていた。そこに私たちが入っていくと、相変わらずのいたずらっ子のような笑顔でお迎えくださる。
長様も、もともと細くていらっしゃる目を更に細めて笑っておられる。ええ、お年を重ねられた方の笑顔はとても深いものね。
「ご当主様にお話をさせていただいた結果、坊ちゃまやお嬢様にもお話をご理解いただきたいということでしたのでお越しいただきました」
「まあ、さすがにうちの後継者とその婚約者だしな。知ってもらってて損はないだろう」
席を勧められて、2人で並んで座る。その間に私たちの分のお茶まで用意していただいたので、お茶会はここから再開できそうね。話の内容にもよるけれど。
さて、まずはクロード様のご説明から始まった。山の長様が率いておられる民について、アルセイム様はそれなりにご存知なのだけれど私は知らないから。
「長殿が率いている山の民はな、古い時代から山の中で暮らしてきた民族なんだ」
「我らが崇めておる龍王様は、我ら山の民とともに龍王山に居を構えたと伝わっております」
山の中で、龍王様と呼ばれる龍神様と一緒に暮らしている民。田畑を造るのは大変そうだけれど、そういう民はやはり狩りをして生活しているのかしらね。
「エンドリュースに住まわれる龍女王様はそのお連れ合いとも、御息女とも言われておりますが詳しいことは分かっておりませぬ」
「まあ、龍神様にあちらの龍神様の奥方か娘か、なんてあまり聞く人間もいないしなあ」
そのようなお話を聞いて、私はふとナジャに視線を向けた。あら、首を傾げているようだからあの子も知らないようね。……実の娘が知らないことを、お尋ねするのは野暮よね。
でも、龍王様と龍女王様。呼称がよく似ているのだもの、何らかのつながりはあるわよね。ええ。
「その龍王様に、5代ほど前の長が伺った話がございましてな。それが魔龍でございます」
長様の口から、その言葉が出てきた。それで私たちは、自然と姿勢を正す。私のそばにいるナジャが緊張したのも、はっきりと分かったわ。クロード様も、一瞬だけどこちらをちらりと伺われたみたいだし。
そんな中で、長様は言葉を続けられた。
「魔龍、と申しましてもいわば、龍神様の中では少々やんちゃ者という扱いであったようです。ですが、それはあくまでも龍神様がたの中でのこと」
……やんちゃな龍神様。ええ、私の側に1人いるわね。でも、彼女は魔龍というわけではなさそうだから……もっと、すごいのかしら。
「何しろ、龍神様ですでな。数年前にエンドリュース領で少々水が荒れたようでございますが、その数倍……いえ、数十倍にもなるであろう嵐を巻き起こすのだそうでございます」
「……」
やっぱり。というか、比較対象がナジャが暴れた時で、あの数十倍にもなる嵐を巻き起こすのが魔龍。
やんちゃ、という言葉がこれほど似合わない相手も珍しくないかしら。
それと……やはり、全力で殴って良さそうなお相手ということね。だって、アルセイム様がお顔を曇らせておられるもの。
アルセイム様の麗しいお顔に影を落とすなんて、許せない。今からもう、拳とメイスがうずくわ。




