最終話 男爵令嬢はがんばった
さて。
レイクーリア・エンドリュースは、レイクーリア・グランデリアとなった。夢にまで見た、アルセイム様の妻になった。もう男爵令嬢ではなく、公爵夫人なわけ。
でも、妻になったからと言ってそうそう、生活が変わるわけではないのよね。
朝の散歩を終えて館に戻る道すがら、元気そうに槍を突き出す衛兵部隊を見つけた。部隊長がこちらに気づいて、手を上げて彼らの動きを止めさせる。うん、きれいな動きね。
「おはようございます、奥方様!」
「おはよう。今朝も訓練ははかどっていて?」
「はっ」
衛兵部隊の皆は結婚式で私にぎったぎたに伸されたのが堪えたらしく、以前よりも厳しい訓練をこなすようになった。
聞いた話では、スリークの衛兵たちも同じように訓練を厳しくしたらしい。カルメア様が、私の模擬戦を見て「とてもかっこいいですわ!」と感動したとか何とか。……スリーク伯爵家も、何となく安泰そうで何より。
「まだまだ、奥方様には及びませんが」
「大丈夫よ。あなたがたには、連携という武器があるのですからね。基本的には、数こそ武器と言ってもいいのよ」
「はい!」
基準を私に取ってもらっても困るのよね、とは口には出さずに答える。エンドリュースの女は特別だし、私の場合他にも特別な事情があるし。
「主様に数こそ武器、って言われてもですねえ」
「ナジャ。我ら龍神を2柱も従えているのですからそれこそ、数こそ武器なのでは」
「まあ、普通はそっかあ」
私に付き添う侍従が、その特別な事情。ヴァスキもかなり引き締まっては来たけれど、アルセイム様やクロード様に比べるとまだ太め……というか、これはこれで可愛らしいから良いのかもしれないわね。
そうそう、最近は龍神様たちもよく出てきておられるそうよ。この前ご挨拶に来てくださった、山の長様がおっしゃってたわ。
アナンダ様は、領内のあちこちにある祠を周りながらのんびりと過ごしておられるらしい。
龍女王様は最近人との交流が楽しくなったらしく、エンドリュースの実家で時々お茶を飲んでおられるとか。ついでなので、お兄様の奥方にふさわしそうな令嬢を紹介していただけないかしらね。きっと、お母様のようなお強い方が来てくださると思うのだけれど。
「そういえば主様。昨日、ルナリア様からお手紙来てましたよね」
「ええ。スリークの旦那様もラグナロール様も、すっかり変わられたそうよ」
ナジャの言葉に、少し笑って答える。この場合の変わった、というのは……ええまあうん、ルナリア様の配下としてとても従順になられたということ。ルナリア様、いろいろな意味でビシバシ鍛えられたそうだから。
「ヴァスキもすっかりおとなしくなりました、とお返事を書いておいたわ。あとで出しておいてね」
「は、はい。承知しましたっ」
当のヴァスキに、お手紙の差し出しをお願いしておく。あら、姿勢を正して固まらなくてもいいのよ?
そんな他愛もない会話を交わしながら屋敷の玄関まで戻ってくると、そこには最愛の旦那様が待っていてくださった。
「レイクーリア!」
「アルセイム様!」
そのお顔を見た瞬間私は駆け出して、そうしてアルセイム様の目の前で急停止。いえ、普通のお嬢さんがたがやるように胸元に飛び込むということは私の場合、タックルで相手をふっとばすということにもなりかねないから。
だから、目の前で止まってそこからぎゅうと抱きしめる。もちろん、アルセイム様も私のことを抱きしめてくださって。あらトレイス、呆れた顔で見てないの。
「駄目だよ、レイクーリア。いくら落ち着いたとは言え、あまり外を出歩くものじゃないだろう」
「大丈夫ですわ。ただの散歩ですもの」
「さすがに、いつもみたいに訓練されても困るよ」
アルセイム様はそうおっしゃって、そうして少し離れた私のお腹をそっとさすってくださった。
「君1人の身体じゃないんだから、ね」
「はい」
うふふ。そうね、無理はしないわ。
ねえ、アルセイム様。私、これでも少しは変わったかしら。
1人で無理をしないように、必ずナジャかヴァスキを連れて歩くようにはしているのだから。
でも、私頑張ったでしょう? アルセイム様の妻になりたくてなりたくて、一度は諦めたけれどでもなれたんだもの。
だから、これからも私は頑張るの。男爵令嬢レイクーリアから、公爵夫人レイクーリアになって。
あなたの妻として、あなたを守る者として、がんばりますわ。