第5話 素材採取へ出掛けよう
「あ、ラベンダー」
町から近い丘陵地になっているなだらかな斜面に、紫の花が見えた。
手に取ってみると香りがまだ弱く、見た目からして満開ではなさそうだ。
「数日後に、また来てみよう」
前世と同じ、似たような物をこちらでもチラホラと見かける。
それが本当に同じかは、一つ一つ検証しないといけない。
――たまに、違うのよねぇ。
ミニトマトだと思ったら、梅干しみたいに酸っぱいのが当たった時は大変だった。
フルールは辺りを見渡して、草が生えていない剥げた箇所へと歩を進める。
ラベンダーもどきが生息しているということは、土はアルカリ性かもしれない。
前世頼りではあるが、石灰質の土壌が多い可能性がある。
そうだとすると――。
「泥パック作れるかなぁ?」
ザクザクと手で土を掘り始める。欲しい土は比較的浅い場所にあるはずだ。
ガルドがそれを、不思議そうに覗き込んできた。
「何をしてるので?」
「粘土が出てこないかなぁと。皮脂の汚れや場合によっては、ミネラルも含んでたり、美容に使えるのよ」
フルールがそう伝えると、不思議そうにしながら、ガルドも隣に来て屈む。
「……手が汚れるので、代わります」
「あら、ありがとう」
そこから出てきた粘土質の土を幾らか採取し、布袋に入れる。
採取場所を複数回に分けて、それを繰り返した。
太陽はもうすぐ真上、この後は大回りにぐるりと回って、町へ帰るのが良いだろう。
「ガルド、昼食にしましょうか」
フルールは汚れた手を水魔法で洗う。ガルドの手にも、水魔法を出してあげた。
ガルドは平民の中でも特に、魔法が苦手らしい。
ちなみに生活レベル以上の魔法が使えるのは、貴族に多い。
「……フルール様は、美容で今後の生計を立てるのですか?」
ガルドがそう訊ねてきた。確かに、昨日から離縁だスキンケアだと、口にするフルールを見ればそう思うかも知れない。
「どちらかと言うと趣味ね。商いに出来るほど、成功するかは分からないし。
それに私、離縁後働こうと思えば、どこでも働けると思うの。
でもその時に、髪も、肌も、手も、ボロボロなんて嫌なのよ」
料理も掃除も苦ではない。前世で一人暮らしをしていたし、ある程度一人でやっていけると思う。
見渡す限りの青空、広大な草原を眺めながら、フルールはサンドイッチを頬張った。
――前世の死因は、なんだっけ?
覚えていない過去を振り返る気はない。
でも、出来るなら少しでも綺麗に死にたい。
夜遅くまで仕事して、朝起きて目の隈を化粧で隠す。
取れない疲れを、栄養ドリンクで押し流す毎日。
機能性表示食品で昼食を済ませて、同時進行する仕事の過密スケジュール。
顔色の悪さを化粧で隠して、さらに荒れる肌。悪循環も良いことだ。
――そんなのは嫌だ。
さらに、みすぼらしいのは平民に落ちたからだと、貴族たちの肴にされ、嘲笑われるような最期は嫌だ。
ただでさえ、事故後の社交界では傷物として揶揄されたこともあるのに。
「だから、この三年の間に自分に合った美容法を見つけたいの。
ここだけの話、貴婦人の間で流行っている白粉の粗悪品には、体調を害する鉛も混ざっているのよ」
輿入れの際に見目を良くするためと、化粧品を一通り見直すことになった。
その際使ったもので異常に白く、使うと肌荒れを起こすものがあった。
害のある鉛入りは、見た目では分かりにくいのだ。
「はい?」
「あ、聞き流してくれて良いから。鉛入りを貴族が手にすれば、一年も使えば危ないんじゃないかしら。ま、自業自得よねって話よ」
社交界で美白を求めていた貴族を思い出して、そう口にした。
フルールが見ると、ガルドは唖然として、食事の手が止まっていた。
――急に言われても困るわよね。
くすりと小さく笑って、眉を下げてフルールは謝罪した。
「ここは誰も聞いてないわ、ガルド。教えたところで、ほら吹きだと言われて終わるだけ。ごめんね、突然変な話をして。
そういうことで私は、安心して使えるものが欲しいのよ」
科学が発展していないのであれば、成分分析などが出来ない。
市場の化粧品に関して、安全性は使ってみないと分からないというリスクが、常につきまとう。
肌荒れや倦怠感、体調不良を隠すために粗悪品と知らず白粉の量が増えるだろう。
そうなれば、さらに美白を求めて厚塗りをする。結果、起きるのは鉛中毒だ。
前世の歴史では過去、毒と分かった上で染料で染めたドレスを着用する例もあったという。人の美への追求は、時に恐ろしい。
――私も気をつけなくちゃ。
風が吹くと、ラベンダーもどきの群生地から、ほのかに安らぐ香りが漂ってきた。
昼食を終えると丘陵地を後にして、日の位置を確認しながら、ぐるりと散策を続ける。
途中で、香りのする葉や花を見かけては採取をした。
「何してるんですか!?」
ふと、灰が欲しかったとフルールが思い出して、火魔法で適当に草や小枝を燃やし始めた時だ。
ぎょっと慌てたガルドが止めに入ってきて、ちょっと面白かった。
その後からは、彼との距離が縮まったように思う。行きよりも、帰りに雑談をする余裕が出来たくらいだ。
日が傾く頃、そうしてフルールたちは家に帰り着いた。




