第23話 妥協案を模索していきましょう
本日は変則で、21時10分に次話投稿します。
明日から毎日7時10分投稿に戻ります。スローライフ再開予定です!
ルゼルヴェの横暴に、ギッとフルールが睨む。
対する彼は涼しい顔で、ハーブティーを口にしている。その味にわずか一瞬、目を見張りすぐさま表情を整えていた。
――ムカつくのだけど?
そのルゼルヴェの余裕に、フルールは苛立ちを覚える。
足のことを言うのは軽卒だったかと、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
「本当は、もう一人付けたいところだぞ。譲歩はここまでだ。
走れないのなら、いざという時にガルドだけでは物足りないからな。
それが呑めないなら、本邸に連れて帰る」
そんなフルールを見て、ルゼルヴェが説明を付け加えてきた。
「好きにして良いと仰ったではありませんか、横暴でしてよ」
最初と言っていることが違うと、フルールは抵抗を試みた。
一度自由を知ったのだ。今さら、貴族らしい生活になんて戻りたくなかった。
「一人で好きにして良いとは、最初から言っていない。不足が生じたら、追加するのは当然の処置だろう。
君はまだ侯爵夫人なのだから、私の庇護下にある」
――今まで放置していたくせに、よく言えたものね?
今から離縁を突きつけようか、本気でそう思ったフルールに、場違いなほど明るい声が割って入ってきた。
「まぁまぁ夫人。そんなにずっとピリピリしないで。可愛い顔が台無し。
人手が増えると思ってさ、ほら、俺もこき使ってくれて良いんだよ?
ルゼルヴェの心中も、少しは察してあげてほしいな。コイツ人付き合い拗らせてて、これでもすごく心配してるんだよ、ね?」
フィアビリテが無遠慮に、ルゼルヴェの肩を持つように進言してくる。
「……ずいぶんと、旦那様と仲がよろしいのね?」
――入籍、昨日、今日しか会ってない旦那の肩なんて持てるか。
旗から見たら、台詞と顔が合ってないだろうとフルールは思う。気遣いなど不要の相手なのだから良いだろう。
ガルドもカームも、ハラハラと成り行きを見守っているのが分かった。ここでルゼルヴェに物申せるのは、妻のフルールだけだ。
「夫人とガルドほどじゃありませんよ。夫人はもう少し、ご自身の価値を高く見られた方が良い」
「貴族としては欠陥品よ」
飄々としたフィアビリテの態度に、フルールは青筋を立てて冷たくあしらう。
カームではなくガルドを出してきた辺り、フィアビリテはかなり良い性格をしているようだ。
「えぇ。個人としては、とても魅力的だと思いますが?」
軽蔑の眼差しでフィアビリテを見つめ、自虐的にフルールは笑った。
「あら、男としては萎えるわよ。傷跡の残る女なん――」
「そこまでだ!」
苦々しい顔をしたルゼルヴェが、聞くに耐えないとフルールの言葉を遮った。
射るような眼差しでルゼルヴェはフィアビリテを黙らせた。もろ手を上げて、彼もすんなりと引き下がっている。
「君が私のことが嫌いなのは十分に理解した。だからといって、必要以上に貶めるな」
フィアビリテから視線を外し、ルゼルヴェは幾らか声のトーンを落として、フルールを嗜めた。
「あら、旦那様。私、旦那様が嫌いだとは一度も言ってませんわ」
「……は?」
痛ましげに見てくる目の前のルゼルヴェから視線を外して、フルールはその隣のフィアビリテを見る。
「他人なだけです。そこの男と同じ」
フィアビリテを指差して、フルールはルゼルヴェにピシャリと告げた。
「わあ、どうしよう。ルゼルヴェ、俺は嫌われたらしい。これは先行きが怪しいぞ」
そう言いながら、とても愉快そうに笑うフィアビリテに、フルールはさらに嫌悪感を滲ませた。
「……フィアビリテ、外の警護に戻って良い。顔合わせは済んだ。お前がいると話が進まない。
ガルドとカームも、少し席を外してくれ」
「良いけど、ちゃんと話し合えよー?」
「元より壁の花です。気になさらないでください、旦那様」
「……」
「――頼む」
離席を拒否するカームに無言のガルド、彼らに再度ルゼルヴェが願い出る。
渋々といった体で彼らは、フィアビリテと共に出ていった。
――えぇ、置いていかないでよ。
すごく居心地が悪くなったフルール。部屋に残ったのはルゼルヴェと二人。
長い沈黙を破って、おもむろにルゼルヴェが席を立った。
フルールが無言で身構えると、目の前で彼は流れる所作で床に膝をついた。
「婚姻を始めとした初夜から今日に至るまで、全て謝罪する」
「必要ありませんわ。お陰で楽しく暮らせていましたもの。ついでに護衛も撤回してくださって構わないのですけど」
ルゼルヴェの真摯な眼差しを、フルールは顔を背けてやり過ごす。
普通の侯爵夫人として過ごしていたら、今の生活は無かった。
やりたいことへの自由が得られて、フルールは一応、ルゼルヴェには感謝しているのだ。
「それでも、不誠実であったのは事実だ」
己の過去を後悔するように、ルゼルヴェは視線を彷徨わせた。
――謝罪のために自ら膝を折る、それ以外の手段を知らないとか。なんて不器用なのかしら。
見下ろす形となったフルールは、横目でルゼルヴェを観察する。両極端な人間だと思った。
「もっと酷い貴族は、たくさんいますわ」
反対に良い貴族もいるが、下には下がいるものだ。亭主関白を極めた輩や女を物として扱う下衆。
膝をつき後悔や謝罪を女性に述べることが出来るルゼルヴェは、マシな分類だろう。
――許すか許さないかは、別として。
「……謝罪を、受け入れなくても良い。侯爵家の外聞のためと捉えてくれて良い。
ただ、ここで暮らすなら先程の条件を呑んでほしい」
初夜では、ルゼルヴェの意表を突けたのか、彼が勢いに流されたのか、それともどうでも良かったからなのか、フルールの要望をほぼそのまま叶えてくれた。
けれど今回はやはり、そうはいかないらしい。
「確かに私、失敗はしましたけど。一人で生活出来ますし、自分で人を雇えますわ」
最初からひっそりと暮らしていたら、また別だったかもしれない。
人にあげるだけの品物を作る余裕だって、無かったはずだからだ。
――カームとガルドが居て、ずいぶんと甘えてしまったわ。
フルールのお手製を凄いと褒めて、物々交換の下地を築いたカーム。
常にフルールの側に居て危険がないように見守ってくれたガルド。
いつの間にかフルールにとって、家族と言って差分がなかった。
「私の安心のためだ。貴族は思惑が絡みやすい。得体の知れない部外者を、君の近くに置いてほしくない」
「それでも三年後には離縁します。三年後、急に全てを新しく整えるのは、大変なのですよ、ご存知で?」
離縁の三年後を見据えて、今から準備をしたいのがフルールの正直なところだ。特に人間関係は。
「……離縁したからと即、君を一人で放ってしまうことはしない。
君が良ければ、そのまま護衛たちと過ごしてもらって構わないい」
「それは侯爵家として不義理になりますわ。新しい夫人を迎えるに辺り、しこりにもなりましょう?」
貴族はややこしい。愛人として扱われるのは、巻き込んでくれと言うもので、フルールとしては勘弁願いたいところだ。
「私に後妻を娶る予定はない。だから、その辺りの心配はしなくて良い。条件を受け入れてはくれないだろうか?」
ルゼルヴェはそう言って、フルールに再度願った。




