第21話 鉛の化学検証を実践しましょう
――なんで隣に座るのよ。
隣に座ったルゼルヴェを見て、フルールは言葉に出さず面食らう。
テーブルを支えに静かに立ち上がると、ガルドとカームにそれぞれお願いをした。
「カーム、食料庫から卵一つ、とうもろこしパウダーを持ってきて。
ガルド、調合用の器三つと混ぜるもの、クレイパウダーとお酢を持ってきて」
そうして、テーブルの向かい普段はガルドが座る椅子にフルールは腰掛けた。ルゼルヴェから距離を取ったのだ。
ルゼルヴェの斜め対面の席で、一つの白粉を手に取る。
それに、ピクリとルゼルヴェが片眉を吊り上げたのが見える。
「……もう付けたりしませんわ、お止めになるのでしょう?」
鋭い眼差しを向けてくるルゼルヴェに対して、フルールは冷ややかに告げた。
頼んだものが届いた状態で、白粉を一つ蓋を開けて説明する。
「これは、輿入れ前に私が以前使っていたことがある白粉と同じ店の物です。ああ、肌に合わなかったので今は使ってません。
ちょうど良いので、見ていてくださる?
鉛は、酸に溶ける性質がありますので、今回は、お酢を使いますわ」
調合用の器に、白粉を容器の四分の一ほど取っていれる。そこにお酢を入れて混ぜた。
ツンと鼻を突く香りが、部屋に広がる。酢の目の前にいるフルールは、むせないように息を潜めて作業する。
咳き込んで白粉をばら蒔く醜態など、ルゼルヴェの前でしたくない。
「それから、卵には硫黄という成分がありますの。これを混ぜると……鉛は、硫化鉛といって反応を示すことがあります」
卵を割って、殻を器用に使い卵黄と卵白に分ける。不必要な卵白は空の調合用器に入れ、カームに調理場へ下げてもらう。
また卵白ラメを作るのも良さそうだ。
――カームが好きそうだし。
白粉と酢を混ぜた中に卵黄を入れてさらに混ぜると、みるみるうちに変色が始まる。器の中が真っ黒に染まった。
その現象に、フルールは内心で安堵する。
――良かった。ちゃんと反応が出たわ。
「「「――っ!?」」」
初めて見る反応に、フルール以外の三人が息を呑んで言葉を失くす。
ガルドとカームは普段からフルールのすることに心動かされることがあるため予想がつく。反対に普段を知らないルゼルヴェでも、驚くと顔に出るのかと、フルールは意外に思った。
――よくいる極悪非道の冷血漢かなと、勝手に思ってたけど。
「鉛入りには、こういう反応が起こりますけど。全てに対してではなく、正確性はありませんの。
鉛の含まれている量、卵に含まれている硫黄の量など、バラつきがありますから」
フルールはタオルで汚れた手を拭きながら、淡々と続きの説明をした。
そろそろ酢の臭いに、鼻が麻痺してきたように思う。
「旦那様でしたら、一番確実なのは原材料の調査でしょう。実際に被害が深刻なのであれば、国として原材料の明記を義務づければ良いのです」
「……それだけで、防げると?」
ずっと黙っていたルゼルヴェが、半信半疑に言葉を発した。
そう思うのも仕方ない。企業秘密に始まり、成分の不確定、商品ラベルの文化もない。前世と違って不足している物は、現状とにかく多いのだ。
前世では当たり前だった内容量順に明記するなども、今は難しいだろう。
「ええ。鉛入り白粉に限れば、高地鉱山から産出した白粉。これを禁止すれば良いだけなので話は簡単です」
けれど、前世のように原材料をただ明記するだけなら、今世でも出来る。
別に、産地や製法を書けと言っているわけではない。門外不出の落としどころは、今後詰めていけば良いだけだ。
それは、フルールの領分ではなく知ったことではない。
――でも原材料を明記すれば、もう一つ防げることがあるのよね。
まだ、市場に多く出回っていないハチミツ。これも一歳未満の乳児には毒だ。
直接の被害は無くとも、乳母や母親が使用すれば、万が一はいつでもあり得る話だった。
――失わずに済む命があるなら。
ハチミツは栄養豊富だ。美容にもいい。一歳未満でなければ利点なのだ。だからこそ防がないといけないだろう。
やるのなら、徹底的に制度化してほしい。最初が肝心だとフルールは思う。
「そして鉛入りの白粉の代替え品としては、こちらですわね」
フルールは空の調合用器に、とうもろこしパウダーとクレイパウダーを少量入れる。それをルゼルヴェの前に出した。
「とうもろこしの粉末です。私が作ったのでまだ粒が荒いですけど、小麦のようにキチンと臼で引けば、それなりになります。
それからこちらの粉は、土から取れる粘土を乾かしたものです」
以前見つけたラベンダーもどきは、そのままラベンダーだった。開花後に採取をして干したものは、良い香りつけと美容素材として使っている。
そしてそこで採れる粘土も、前世のカオリンと同質と見て良さそうだった。
「これを、作った、君が?」
間抜けにも聞こえる声で、ルゼルヴェが不思議そうに見ている。
突っ込みどころがそこなのかと、フルールが思ったのは内緒だ。
「お話は、二人から聞きましたでしょう?
手伝いは頼んでますけど、基本は全て私の手ずからの品ですわ」
レシピ集もなければ、計りもない。個体差が生じる香りや使用感について、微調整はフルールの譲れない分野だ。
泥の採取もそう。フルールに抵抗は全くない。小学生の頃は、立派な泥団子を作るためによく地面を掘ったものだ。
まさか今世、大人になってから美容の為に掘るとは思わなかったが。
現在、その泥の採取はガルドの仕事だった。フルールはその近くで、ラベンダーを摘んでいる。
「……君は、どこからその知識を……」
「あら、旦那様。情報はいついかなる時でも武器ですわ。無益に開示することはありません。秘密です」
思慮深く呟いたルゼルヴェに、フルールはクラッカーを手にとって食べた。辺りがお酢臭いせいで、味が酸っぱく感じる。脳の錯覚に眉を下げる。
けれどそれを表には出さず、ルゼルヴェには弱みを見せたくないと、フルールは不敵に笑うのだった。




