第25話 救命処置だそうで――、また?
「言い訳をさせていただくことは――……」
「却下だ」
言うなり、ルゼルヴェは再び歩き出す。体調はまだ良くないのだろう。向き合った時にフルールが見た顔色は紙のように白く、冷や汗までもが凍っていた。
「だったら言いますけど! 旦那様も体調がかなり――」
「君のせいだ」
「はい?」
「砦で大量の魔石が割られた。そんなことを思いつくのは一人だ。侯爵家の者として、私をそう叩き込んだのは……、あの男だからな。そして寝起きにこんな状況を知れば、二度寝など無理だろうが」
フルールは、ルゼルヴェの予想外の切り返しに瞬きをした。
――魔石は確か……、割ることで救難信号として使うのよね。領内では一つ使うだけでよくて、それを大量……。
「お義父様、ですか?」
ルゼルヴェを起こすためだけに、距離が離れた王都でも気づくよう大量の魔石をわざと割った。そういうことらしい。
「フィアビリテから、暗号化された手紙も届いていた。寝起きだからと判断を誤るほど落ちぶれたつもりもない」
「……」
検閲されてもいいように暗号文にしたのか。フィアビリテはフルールの指示で場に留まったが、黙ってはいなかったと言うことだった。
――わりとすんなり行かせてくれたのは、何かあれば旦那様を起こして使えばいいと思っていたからね。
実際、様子を見ていたのだろう。そして時間切れということなのだ。
迷いの無い足取りで進むルゼルヴェに連れられて、フルールは久しぶりに空の下に出た。
「あの男は魔力を読むのに長けている。君は忠告されたはずだ。それを全く……」
「あの、タイミングよく旦那様が来られた理由は分かりましたけれど。それでしたら私、何もここではなく、もっと人里離れた場所で――」
フルールの目の前に広がる夕暮れ時のオレンジと紫が混ざりあった色。畑に続く道なのだろうか、美しい庭園がそこにあった。
埃っぽくもなく、紙の香りもない。いつも身近にあった緑の香りが胸を満たした。
「君の希望など聞かない。拒否も受け付けない。今から行うのは救命処置だからな」
庭園を抜ければ、城壁と門が見えた。その先には広大な土と干した作物がある。
門兵などは立っておらず無人だ。ルゼルヴェは躊躇いもなく、破壊して中へと入った。
畑の真ん中とはいかないまでも、ある程度建物から距離を取った位置でルゼルヴェはようやく立ち止まった。
「《護れ》」
ルゼルヴェの詠唱に呼応して、二人を囲う形で氷の壁が築かれていく。分厚い氷で向こう側の景色さえ見えない。
「旦那様。まさか、枯渇して……」
息の上がっているルゼルヴェを見て、フルールは驚愕した。頬を、顎を伝う汗が、今度は凍りつかずに滴っている。
魔力をコントロールするほど体調が戻っているのではない、顔色はさっきよりも悪いからだ。
「わざとだ。君の過剰な魔力を私に移すには、それでも足りるかどうかだがな」
「……移す?」
「枷を外せば溢れる。君が魔法を使って発散などする暇は無い。だから、即席で私を外付けの器にする。後天的に魔力増加をした者の中には、魔法が使えない昏睡状態のケースもある。これはその時に用いられるやり方の一つだ。心配は要らない」
ルゼルヴェは説明をしながら、自身の両手――指先を、風で切り刻んだ。パタパタと指の腹から血が滴り落ちる。
「旦那様っ!」
「通常は体内に触れる必要があるから、互いの傷口を合わせることで魔力を移すが、君の場合は出口を無駄に増やす方が危険だ。溢れる分はこっちで外に出す」
ルゼルヴェは血にまみれた手で鍵を握りなおし、フルールの手首を掴む。
「君に求めることは一つ。噛んでいい、爪を立てていい。暴れてもいい。が、耐えろ。自業自得だろう?」
――は、噛む……? 耐える?
「――っ」
それは二度目のキスだった。唇が合わさり、ルゼルヴェの舌が口内へと入ってくる。
同時に、ルゼルヴェがフルールの片手の枷を外した。甘くもなく、拒否する暇もなく――ドクンと動悸が起こり、フルールの視界が白く染まった。
さっきまでの倦怠感が消え、変わりに熱となって全身を貫いた。
「――っ!!」
バキッ。
もう片方の枷が、均衡が崩れたことで鍵を使う前に自壊した。フルールの魔力に耐えきれなかったのだ。
――熱い。痛い。殴られてるみたい!
ズキズキと脈打つように、全身の血管が悲鳴を上げている。内から破られるのではないかと錯覚するほどに、フルールの身体中を何かが蠢き、刺すような痛みが絶え間なく襲う。
「……っ……はっ……」
だが、ルゼルヴェが枷が外れたのを確認すると、フルールを離さないように力強く抱きしめた。
口移しでの魔力譲渡。ルゼルヴェの切れた指の腹からは、ドクドクと止めどなく血が溢れる。彼の足元を中心に、さらに氷が作られていく。血を吸った氷が、次々と赤い花を象った。
――耐えろって無茶言わないでよ!? 痛い。痛い。痛いっ!!
噛めと言われた、噛めるわけがない。ルゼルヴェが、フルールが舌を噛まないように押さえ込んでいるからだ。
「――っ!!」
「…………ん、っ……」
フルールの手が痛みを逃す為に、ルゼルヴェの腕にしがみつくように爪を立てた。指が白くなるほど力が入り、ルゼルヴェの皮膚を布越しに裂き、シャツを赤く染める。
――いくら夫婦だからって、名ばかりなんだから!!
痛みで、フルールの目から涙が溢れる。それは瞬時に、ルゼルヴェが放出する魔力によって氷の粒へと変わった――。




