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2 届かなかった姉の想い

 私たちは仲のいい姉弟だったと思っている。

 小さいころは私の方が静かで、弟の方が活発だった。

 私が中学生だったころに友達の影響で活発になりだした。

 代わりに弟はサッカーをしていたけど物静かになってきた。

 姉弟だったせいか、争いごとはほとんどなかったと思う。

 阿吽の呼吸じゃないけど、姉弟で察しながら育ってきた。

 それが今は避けているし避けられてもいる。

 私は弟を傷つけてしまったと思った。

 弟はずっと前から悩んでいた口ぶりだった。

 興味本位で聞くべきではなかったと反省した。

 そしてゴールデンウィークの前日に仲直りしたくて弟の部屋をノックした。


 二十一時前に弟の部屋をノックしたけど返事はなかった。

 もう一度ノックした。それでも返事はなかった。

 疲れて寝ているのかと思って、そっとドアを開ける。

 部屋の中は明るくて、弟は机に向かっていた。

 起きているのならと、部屋に入ると弟が振り向いて「何?」と口を開いた。

 穏やかな口調だ。

 もしかしたら怒っているのかもしれないと想像していたから安心した。


「ちょっと話があって……」

「だから何?」


 だから?だから仲直りしたくて考えた言葉を口にした。


「この前のサトルの話はびっくりしたけどうれしかったよ。それでね、私も考えたんだけど、今、彼氏がいないから、次のができるまでなら付き合ってあげてもいいかなって」

 弟は「そう」と口にして頭を下げてしまった。


 そして次に頭を上げた時には涙を流していた。静かな涙だった。

 弟の泣き顔は何年ぶりだろう。大きくなってからは初めてな気がする。

 うれしいのかなどとも思った。

 でも弟の口から出た言葉に身が凍る思いがした。


「姉ちゃんは酷いよ。俺の気持ちを知ってるのに繋ぎの間だけ使ってやるって。そして次ができたら俺を捨てるっ言うんだ」

「違う、そうじゃない」


 サトルの言葉を慌てて否定するが、何が違うのかと問われる。

「だから仲直りがしたくて……」と答えるけど、

「仲直り……仲直りのためなら好きじゃなくても付き合うんだ。そして自分の都合で捨てるんだ。……姉ちゃんには人の心がないの?別れる前提で付き合うってうれしいと思う?」

「サトル……」なんとか取り直しをしたいと思うけど言葉が見当たらなくて黙っていたら、

「もういいよ。戻ってよ」と。

 最後まで穏やかな口調だった。



 世間はゴールデンウィークが始まったけどうちには関係なかった。正確には子供には関係なかった。

 両親は連休だったけど、私は受験を控えて塾があった。

 弟は……家にいなかった。部活とそしてどこかに出かけていた。

 結局、弟とは仲直りはできなかった。むしろ悪化したような気がする。

 状況からしてたぶん悪化したんだと思う。

 でも、よくわからない。

 ご飯の時なんかには、お醤油取ってと言えば渡してくれる。普段通りだ。

 ただ弟が家にいないだけ。

 仮に弟が家にいたとしても、普段から親密な話はしていないから、いてもいなくても変わらなかったかもしれない。

 それでも、違和感があった。

 その違和感は罪悪感からくるものなんだと思っていた。


 そうしてゴールデンウィークが過ぎていって最終日の夜、今度はちゃんと謝ろうと思った。

 連休中は何もなく過ごしたから状況がさらに悪化してるとは考えられなかった。

 それに私自身が罪悪感で苦しくなっていたから。


 夕食後に弟の部屋を訪れた。

 ノックをしたがやはり返事はなかった。

 だから今日は一回目でドアを開けて部屋の中に入った。


「どうしたの?」今日も穏やかな言葉使いだった。

「今日は、その、話しにきた」

「何を?」

「いろいろ」

「いろいろ?」

「いろいろって言うか、その、どうして私のことが好きになったっとか……」

「そう」

「うん」

「じゃぁ座ってよ」と床の上にクッションを置かれた。差し出されたクッションに座って椅子に座っているサトルを見上げるが会話が始まらい。


 会話がないことに耐えられなかったのか弟の方から話しだしてきた。

 たぶん子供のころから好きだったんだと。

 初めて実感したのは小学校四年生の時に風邪で学校を休んだ日だったと。

 学校を休んだ日の夕方、私が学校の給食のゼリーを持ち帰って渡してくれたことがうれしかったと言った。

 そんなことがあったなんてお覚えていないと伝えたら、苦笑いをされた。

 優しい私が好きだった。嫌われないように、なんでも言うことを聞いたと言った。そして私に憧れて私のようになりたいと思ったとも伝えられた。

 私にはいいところを見せたいとがんばったけど平凡な結果で、並ぶのが精いっぱいだったと告げられる。

 それでもさすがに中学生になればわかる。姉弟では付き合うこともできない。結婚なんて許されないって。

 だからずっと黙っていた。この気持ちは一生抱えてひとりで生きていこうと思ったと。

 そして「でも、もういいんだ」とつぶやいた。


 私は椅子に座って話し続ける弟をずっと見て上げていたが、視線が合うことはなかった。

 弟は話をしている間、頭を下げて床を見ているようだったから。

 でも頭を上げて視線が合ったら、


「普通に片思いをして振られただけだから」と言われた。


 話の途中には、そっか、そうなんだと相槌も入れられていたけど、最後の言葉には何を言っていいのかわからなかった。

 そして話し終えて静かになったところで、トイレに行くからと弟に言われて二人で部屋を出て、私は自分の部屋に戻った。


 部屋に戻って考えた。

 そんなに小さいころから好きだったんだ。全然わからなかった。もう六年?七年?人生の半分くらい私のことを思ってたんだと。

 そして「でも、もういいんだ」と言う言葉で、弟が心の整理を終えたんだと思った。



 ゴールデンウィークが終われば中間テストが待っている。

 中間テストの前には部活が中止になるが、弟の行動には変化がなかった。

 朝練がなくても早く登校していたし、部活がなくても帰りが遅かった。

 さすがに心配になった父親が、あまり遊んでないで勉強もしろと言っていた。

 そして弟は小言を受けても、してるよと軽く返事をしていたが、結果は遊んでいて取れるような成績じゃなかった。

 確かに毎晩勉強をしているようだったけど、それでも学年ひと桁はすごい。

 部活をしていないけど私は取ったことがなかった。

 なんとなく週末の不在と成績が関係しているような気がした。先輩に教わってるとか、友達と勉強をしてるとか。

 気になったから、土曜日の朝から弟の後を追ってみた。すると図書館に着いた。それでひとりで勉強を始めた。

 こんなことしてたんだと思って家に帰った。

 そしてお昼に戻ってきて、食事をしてまた出かけた。

 土曜日の午後は塾があったから終わった後に図書館の様子を見に行ったらまだ勉強をしていた。

 私を避けてどこかに行ってるんだと思ってたけど、ちゃんと勉強している。それならあの成績も理解ができる。

 次の日曜日も夕方に図書館に行って弟を探したらいた。ひとりで勉強をしていた。

 やっぱりかと納得もしたが、それなら家で勉強をしてもいいのにとも思った。

 さらに次の月曜日。十九時になるころ、ちょっと買いものにと言って家を出て図書館に向かう。

 図書館は真っ暗だった。

 月曜は定休日と書いてあり、そして毎日の閉館時間は十九時だった。

 じゃぁ、平日は?週末の行動がはっきりしたせいか、どこで何をしているかわからず不安になった。



 六月になってサッカー部の練習試合があることを母親から聞かされた。

 それも明日の土曜日だ言う。知らなかった。

 弟とは普通に過ごせていると思っていた。

 でも家にはほとんどいないから、家族みんなは弟と話す機会が減っていると思っていた。しかし母親とは今まで通りに会話をしていたんだ。

 もしかしたら私だけが話しをしてもらってないんだろうかと思うと悲しくなる。

 なんだかこのまま弟が離れていってしまうのではないかと不安になった。

 だから弟が帰ってくるまでリビングで過ごした。そして弟の食事中に世間話を装って練習試合の話を振る。

 家族みんなで弟のサッカーの話になって家族団らんって感じになった。

 そこで私は練習試合の観戦を提案してみたが、あまりよい返事は帰ってこなかった。

 弟は一年だから出場する機会はないとか、二時間も暑いグラウンドにいるのは大変だとか、土曜は塾の日だろうとか、拒絶されている感じがした。

 それでも、どんなふうなのか気になるから見てみたいと、少しだけでもといいと観戦を押し切った。


 土曜日の午後に自分学校のグラウンドにきた。

 顔見知りのサッカー部員が誰の応援だとからかってきたので、弟の様子を見にきたと伝えたら、な~んだと言って離れていった。

 その弟は、試合前から動きまわっていた。なんとなくマネージャーっぽいなと思った。

 試合中もこまめに動いていて、試合が止まるたびに選手に水筒やタオル渡して、そして回収していた。

 ハーフタイムもラインを引き直したり、監督なのか大人からの指示を受けては動いていた。

 正直試合はどうでもよかった。弟のことが気になっていただけだから。

 だから弟の働きぶりを見て感心した。勉強もがんばって部活もがんばっている。

 そんな弟が私のことを好きなんだと思うと不思議な気持ちになる。

 そして今は選手じゃないけど、選手になったら絶対にモテると思った。

 でも、モテてる弟の姿を想像するのはなんとなく嫌だった。


 家に帰って弟のがんばりを両親に報告した。出場していないのに両親は喜んでいた。

 そして弟が帰ってきてからみんなでねぎらった。

 今日の夕食も楽しかった。


 夕食の後、自分の部屋で考え込んだ。

 昨日と今日、夕食が楽しかった。久しぶりに見れた弟の笑顔がうれしかった。

 昼間グラウンドでも考えけど、成績もよくって、部活の裏方も一生懸命がんばってる弟はかっこいい。

 そんな男の子が自分のこと好きだって言ってくれてる。それもずっと昔からだって。

 だったら、隠れて付き合ってもいいんじゃないかと思い始めた。

 それにきっと弟も喜んでくれる。そう考えると、もう付き合うしかないと思った。

 だから浮かれた気分で弟の部屋に向かった。


 気持ちを決めたはずなのに、弟を前にすると恥ずかしさがこみあげてくる。

 それでも今日のがんばりを改めて褒めた。勉強のがんばりも褒めた。

 そしてそんな男の子が私を好きだって言ってくれたことがうれしいと伝えた。

 だから姉弟でもちゃんと付き合ってもいいし、最後までしてもいいとも伝えた。

 これから二人の関係が始まるんだとドキドキしていた。

 しかし弟は喜んでくれなかった。


 弟は顔を真っ赤にして怒りだした。今まで見たことのない姿だった。


「姉ちゃんはなんなんだよ。成績がよくてスポーツができれば誰だっていいのかよ。セックスをちらつかせれば男が靡くなんて思ってるの?どうして俺を見てくれないんだよ」


 最後は泣き崩れた。


 私は混乱した。こんなことになるなんて想像してなかったから。

 弟は「もう意味がわかんないよ。なんなんだよ」と叫び、泣き続けた。

 だから私は「違うよ、そうじゃないよ」と伝えるが、「今までの男はそうだったんだろうけど、そうじゃないんだよ。どうしてわかってくれないんだよ」となじられた。

 そう言う弟にかける言葉がなく、ただ泣いている姿を見て、また間違ってしまったんだと思った。

 いたたまれない私は静かに弟の部屋を出た。


 変な話だけど、部屋に戻って思いついた言葉が慟哭だった。

 本に書いてあっても決して使うことはないだろうって単語だったけど、現実に目の当たりするとは思ってもみなかった。

 そして考えてみたけど、何が悪かったのか見当も付かない。

 弟のがんばりを褒めて、好きになったことを伝えて、抱かれてもいいと想いを告げた。それで怒られて泣かれるとは思わなかった。

 何を間違ったのかさっぱりわからなかった。

 わかったことは、私の身体なんてどうでもよかったこと。そして好きになった弟に拒絶されたことだった。





お読みいただいてありがとうございます


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