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転校生 ― 十代の衝動 ―  作者: 村松康弘
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45 ―最終話―

「晃児くん・・・晃児くん・・・」俺を呼びかける声に気づいて振り返る。久美子が離れの入り口の滑り戸を開けて、俺を呼んでいた。部屋の中は真っ暗になっている。

「明かりもつけないで。・・・寝てたの?」久美子が壁のスイッチを押して電気をつける。俺はベッドに腰かけたまま、膝の上に開かれたままの中学時代のアルバムを載せていた。

「今、何時になる?」俺が聞くと、「もう7時よ、居間でふたりとも待ってるわよ。早く来てね」久美子はそう言ってエプロンのポケットに片手をつっこむと、滑り戸を閉めて母屋へ向かっていった。

(・・・2時間以上こうしていたのか・・・)アルバムを閉じて横に置く。ポケットからピースライトを出して火を点ける。机の引き出しを開けると、クリームソーダのドクロマークの灰皿があった。

高校の頃、原宿に遊びに行った友達が買ってきてくれたものだ。真ん中が茶色に変色していた。俺は灰を落としながら、あの後のことを思い出した。


・・・神社の庭で意識を取り戻した時には、もうデイムラーもなく誰もいなかった。そしてその時を最後に、カズオの行方を知るすべは完全になくなった。


あれから32年。・・・32年という歳月は、苗木なら大樹に、倒木なら朽ち果て腐りあとかたもなくなる。あの時に生まれた子供なら、当然32歳になっている。そんな年月だ。

だが激烈な俺の思い出は色あせることなく、記憶の引き出しに保存されていた。

・・・カズオとの糸が切れたその後の俺の人生には、襲撃もなければ乱闘も破壊もなかった。ただ淡々と流されるように、そこそこの高校へ進学し、そこそこの大学でそこそこ遊んで社会に出た。

無難な人生のレールを選び、何事も想定内におさまる、予定通りの人生だと言ってもいいだろう。


・・・ピースライトをもみ消して離れ部屋を出る。母屋の居間のコタツの上には、年越しにふさわしいご馳走が載っていた。両親と久美子は、勇介と千尋の話で笑っていた。俺は親父の焼酎をもらい、お湯割りを作って飲む。

テレビの7時のNHKニュースは、『今年の10大ニュース』として、危険ドラッグのこと、消費税が8%になったこと、有名人の覚せい剤問題、女子高生が同級生を無残に殺害した事件などを取り上げていた。

ニュースが終わると久美子がチャンネルを民放に替える。・・・東京の自宅でもそうだ、俺が7時に自宅にいる場合は必ずNHKニュースを観るので、それが終わると家族がチャンネルを替える。

俺は最近のバラエティー番組が嫌いだから観ない。特に、教養のなさ知識のなさを売り物にして笑われているタレントが出る番組には、虫酸が走る。

今夜はテレビがついていても、もっぱら家族の会話が中心だからテレビはついているだけ、といった感じだった。

年末特番で、『海外で活躍する日本人』という内容のがやっている。ちらちら観てる程度だが、名前の聞いたことのないような国で、ドラマティックな人生を送っている日本人が次々に紹介された。

俺は地元でしか味わえない料理をつまみながら焼酎を飲む。


『続いての日本人は、田中和夫さん。48歳』(・・・!)司会者の紹介の言葉に心臓が高鳴った。(タナカカズオ?・・・まさか)俺は食い入るようにテレビを見つめる。

『K&Kトラスト・セキュリティー・カンパニーの創業者で社長の田中和夫さんは、治安の悪さで有名な南米ベネズエラに30年ほど前に渡り、当時現地になかった民間のセキュリティーとガードの会社を設立。警察機構までも腐敗したベネズエラの社会で、田中さんの会社は主に要人の警護、またトラブル処理などの業務で信頼を得て、以来めざましい発展とともに、現在は他の国でも業務を展開・拡張しています』

画面にタナカカズオが映った。・・・いくらか白髪まじりの濃い頭髪、浅黒い顔にはしわが刻まれていたが、間違いなくカズオだった。

現地の事務所らしきところで、撮影とインタビューを受けている。・・・スペイン語らしき言葉で誰かとあいさつを交わしたあと、カズオは日本語で訥々と語りだした。

「・・・私はこの国に来て32年になります。今ではすっかり自分の国というように感じていますが。・・・私がこのベネズエラという国に来たキッカケですね?・・・日本にいるわけではないので話せますが、私が日本にいた頃、実の父と兄と激しく対立しておりました。父と兄はキラー、日本語では殺し屋ですね、それを雇って対立する私を抹殺しようとしていました。・・・私は私で、拳銃やライフル・刃物などを扱うことに長けていましたので、逆に彼らを暗殺しようと企てたのです。・・・ところが実行する間際に『ある組織』・・・あまり公表するべきではありませんが、どこの国にも闇に存在する組織があるものです。・・・日本の『ある組織』に私の暗殺計画は阻止されたのです。そして私の戦闘能力を高く評価した組織は、治安の悪い南米で新たなビジネスの先駆者として、私のベネズエラ行きを勧めたのです」

カズオの話は一度中断し、巨大な本社の社屋と思われるビルと、社員たちの活躍の様子を映し出す。・・・撮影用に特別にやったのかも知れないが、カズオが社員にライフル射撃を教えている映像も流れた。

またカズオの話しがはじまる。「・・・来てみると、この国の治安の悪さは想像以上でした。庶民による発砲や殺人事件や誘拐は頻繁、政治不信によるデモで衝突するのも日常茶飯事。特に外国人に対する犯罪は他の国とは比較にならないほど多いです。・・・人間同士の信用・信頼といった精神も、この国では希薄に感じます。女性への人権無視も甚だしく、平気で人を裏切る・傷つけるといった国民性があるのかも知れません。そんな中、私は『信頼こそ第一』という信念でがむしゃらにやってきました。その甲斐あって現在があるわけですが・・・」

カズオは言葉を一度切った。インタビューする側も沈黙していた。

「私はこの国に来てから、ずっと後悔し続けていることがあります。・・・実は私が日本を離れる前に、何も知らせずに来てしまった相手がいるのです。・・・私は10歳ぐらいの時から屈辱と闘争の日々でした。そのため他人を心から信用したことはなく、『人は裏切るもの』と決めていたのです。しかしその男は私に『信頼』という信念を教えてくれた。生涯最高の親友だったのです。」

俺は胸にこみ上げてくるものが抑えられなくなる。

「・・・日本の番組だと聞きましたので、もしこの放送を観てくれたらと願います。・・・コウジ、お前を裏切る形で日本を離れちまったこと、本当に申し訳ねえと思う。お前にはずっと謝りたかった。でも出来なかった。俺を信頼してくれてたお前に、電話の1本で手紙の1通で詫びを入れるなんて出来なかった。・・・許してはくれねえと思う。だからもし、お前が観てたとしたら、「この馬鹿野郎が!一生許すか!」と、怒鳴ってくれよ」カズオの映像は、また会社の業務の様子に替わる。・・・社員教育のようなワンシーンに、百瀬女史が笑顔で教えている映像もあった。相変わらず綺麗でかわいい女だった。


「・・・この馬鹿野郎が!・・・時間も空間も超えて、見返りを求めない『純愛』があるなら、時間も空間も超えて、見返りを求めない『純友情』だってあるじゃねえか。・・・許すも許さねえもねえさ」

俺はにじむ画面を眺めながら、ひとり言をつぶやいた。・・・さっき観た天気予報は西高東低の気圧配置で、等圧線が混んでいた。深夜にはしんしんと降り積もるだろう・・・。


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