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男が近づき、ようやく顔や姿が認識できた。180cm以上あるガッシリした体格を、夏なのにネクタイをきっちりと締め上げたダークスーツで隠している。
柄は悪くないが、フレームのない眼鏡の奥の目つきが異様に鋭い。俺から2mほどのところで立ち止まり、「君は何者だ」と、押し殺した低い声で聞いてきた。
「俺は川島晃児、西田さんて人に会いたくて来たんだけど」俺が答えると、「総帥に何の用だ」と、男が言う。(・・・総帥とは大層な呼び方だな)と思う。
デイムラーのそばに立っているふたりのうちのひとりが、「俺になんか用か」と、声を掛けてきた。ひどいしゃがれ声だった。(・・・あれが西田という男か!)
「俺は川島晃児といいます、話がしたくて来ました」と、声を張る。
総帥が手招きしたので歩きはじめたが、メガネの男は俺を警戒してる様子で、目を離さずにすぐそばを歩く。
総帥と呼ばれた男は長身で痩せているが、肩幅が広いのでダブルのダークスーツがよく似合っていた。混じり気なしの真っ白なオールバックの頭髪に真っ白な長いヒゲをはやしている。多分70歳は過ぎている老人だろう。
となりの男もメガネ同様の長身でガッシリした体躯で、ネクタイをきっちり締めていた。頭髪は角刈りだった。一見すると任侠の世界の男だ。
総帥の両脇をふたりの男が、隙のない間合いをとって立っている。俺が妙な動きでもしたら、すかさず取り押さえる準備は出来ているといった立ち方だ。(・・・まるで水戸黄門みてえだな)俺は思う。
「まあ、立って話すのもなんだ、乗れ」黄門様が言った。「総帥・・・」メガネの男が諌めるような目を向ける。「構わねえさ、乗れ」黄門が後部座席のドアを開けて乗りこむ。
メガネの男は、「ちょっと失礼」と言って、俺の身体チェックをする。武器らしいものを持っていないのを確認すると、「君は向こう側に乗ってくれ」と指差した。
角刈りが運転席、メガネが助手席に乗り込む。デイムラーは英国製なので日本と同じ右ハンドルだ。
俺はダブルシックスの後ろを回り、後部座席に乗り込む。車内は冷房で快適な温度で、外の蒸し暑さと湿気が嘘のようだ。黒い本革シートまでもがヒンヤリしている。
「それで、俺に話とは」西田がこっちを向いて言った。・・・前歯は数本しかない、前席のふたりと違ってボンヤリとした目つきで、今にも居眠りしそうな眼差しだ。まるで緊張感のない顔をしている。
「・・・6月1日の深夜、俺の親友の『田中和夫』という男が瀕死の重傷を負って、西田さんの地下室で治療を受けました」俺は西田の眠そうな目を見ながら言った。
「・・・ふうん、俺は知らねえなあ」西田は座席の前にしつらえた簡易テーブルの上のパイプを手に取り、葉を詰めながら言う。
「報告は聞いております」メガネの男が後ろを振り返って言った。「玉井忠雄氏の依頼で、矢島ドクターと沢崎瑶子が治療と看護にあたっております」メガネの男は、黒い革の手帳を確認しながら言う。
(・・・メガネは西田の秘書のようなものだろう。あの体格を見ると、運転手とふたりで用心棒というかSPの役割も果たしているのだろう)
「ほう・・・」話に興味のなさそうな顔の西田は、バーズアイの出たパイプに火を入れ濃厚な煙を立ちのぼらせるが、真っ黒な防弾ガラスは下げようとしない。すぐに車内いっぱいに煙と独特な匂いが立ちこめた。
「その田中和夫なんですが7月の終わりに、ある理由で東京に行ってしまい、まったくの行方知れずになりました。8月の中旬、俺はヤツの住んでいた町営団地に行ってみました。するとヤツの家財は一切なくなってました。役場で聞いてみると、『西田商事』という会社がすべて片付けたと言ってました。・・・これはどういうことなんですか?カズオと西田さんはどういう関係があるんですか?」
俺が言うと、西田はパイプの煙を美味そうに吐き出しながら、「ほう・・・そんなことがあったか・・・」と、他人事の言い方をした。まるっきり興味を示していない。
「そんなことがあったかじゃないっすよ!俺はダチの行方がわからねえんでイライラしてんだ!」思わず声を荒げる。途端に運転席の角刈りが後ろを振り向く。相手を凍らせそうなほど冷徹な目つきだ。
メガネの男が手帳を繰って口を挟む。「総帥、その彼は例の・・・」と言葉を濁す。(彼は例の?・・・やっぱり俺の知らないところでつながっているのか)俺はメガネと西田を交互に見る。
西田はやっと思い出したという顔をした。「そうか・・・例のな。・・・川島といったか、お前」俺はうなづく。
「そのことについては、お前には悪いが、今は何も言えん。・・・田中という小僧が死んだのか生きてるのか、もな。・・・時が経ったら、いつかわかることがあるかも知れねえ。・・・理解できねえだろうが、言えるのはそれだけだ」
・・・西田が言い終わるのを待っていたように、前のふたりがドアを開けて車外に出る。
「川島君、悪いがそういうことなんだ」メガネはそう言うと、有無を言わさず俺を車から引き降ろした。
「ま、待ってくれ!それじゃ何のことかわからねえ。・・・俺はカズオの行方が知りてえだけなんだよ!頼むよ、西田さんともう一度話をさしてくれよ!・・・西田さん!頼むよ!もう一度・・・」
ふたりの用心棒の力は強靭だった、抵抗するも簡単に引きずられていく。神社の庭に放り出されたが、俺は必死に食い下がる。・・・角刈りの拳がみぞおちに入ると意識が途絶えた。
―――昭和58年8月19日。いや、日付は20日の深夜のことだ。




